One day

□レイニーブルー
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オニュside


寝起きのヌナの無防備な顔を見たら、このわりきれない気持ちは消え去るかなと思ってた。
でも、朝目が覚めるとヌナの姿はなくて、テーブルにはラップのかかったミートボールと玉子のオープンサンドが置いてあって。

『 ゼミの用事で先に出ます 鍵はオートロックだからそのまま出てね 』

置き手紙が添えられてた。
今まで何回も泊めてもらったけど、ヌナが僕に何を言わず家を出たことなんてなくて……
(なんなんだよ……ほんと昨日から……!)
僕は半分苛立ちながら、ラップを剥がした。

「……なんか、オニュ今日怖いよ?」
今日は土曜日なので午前中に授業は終わり、生徒会に向かって歩いているといつの間にか隣に来ていたキーに声をかけられた。
「は……?」
「あんヌナと連絡とれなかったの?」
「え、や……会えたよ」
「え、じゃあケンカしたの?」
どんどんキーの顔が青ざめてくる。
僕そんなにひどい顔してる?
「ううん……」
「じゃあ、な」
「オニュ君ッ!ひどいよっ」
ドドドドドっ どんっ
けたたましい足音と共に何か柔らかい固まりが僕にぶつかってきた。
「いでっ、は、へ……?」
「いったぁっ、もぉっ袖汚れちゃったじゃんこのシャツ高いのに……ジョンア?」
僕と巻き添えを食ったキーも一緒に尻餅をつく形になり、目の前で泣き崩れる女子……あ、確かこないだ打ち上げの時に話したジョンアって子か……
が、ハンカチ片手にわぁわぁ泣きわめいてた。
「オニュ君、あたし許せない、絶対あの人オニュ君に似合わないよ、騙されてるよお!」
「ちょ、ジョンア落ち着けよ、何いってんの?」
キーがジョンアの腕をとろうとするけれど、ジョンアは上半身を振り回して泣き続ける。
僕はその光景に圧倒されてぽかんと口を開けるしかなくて。
「絶対別れたほうがいいよっ、二股かけてるし、大学で遊びまくってるよあの女!」
「ちょっと、ジョンア、誰の話してんだよ」
「オニュ君のかの……こないだの森下って人とオニュ君付き合ってるんでしょ?私あの人が男の人とホテル入るの見て、びっくりしたから大学に確かめにいったんだもん、そしたら他の男の人ともベタベタしてて、絶対オニュ君騙されてるよ!」
「なっ、勝手になんてことゆうんだよ、ジョンア!」
キーが声を荒げた時、

「廊下で騒ぐな!」

低い叱責が飛んできて。

「……ミノ」
「ミノ君……」

ただでさえ大きな目をさらにギラギラさせたミノが立っていた。
「オニュ、キー、とりあえず生徒会室に入れ。ジョンア、学校で同級生のプライベートの話題を好き勝手に言うな。それも、お世話になった人の悪口を!J高校の人間として恥ずかしい振る舞いだ!」
そう言い放つと、僕とキーの腕を掴み強引に生徒会室に入って。
「そんな、ミノ君っあたしはオニュ君のためにっ」
「本人が望まないものを押し付けるのはただの迷惑だ!」
ミノがビシャン!とドアを閉めると、うわあああと一層高い泣き声が響いて。
「とりあえず立ちなよ、ジョンア……」
恐らくジョンヒョンだろう。慰める声が聞こえる中、ミノがくそっと机のあしをけとばす。
「ミノ……」
「オニュ、お前がしっかりしてないからヌナがあんな風に言われんだろ!」
「ミノ、落ち着きなよ、一番ショックなのはオニュなんだから……オニュ、ジョンア最近のオニュのことクラスでもよく言っててファン気取りで騒いでたから嫉妬で勘違いしてるのかも、だし、あんまり気にしない方がいいよ……ヌナも男友達ぐらいいるだろうし……」
そうキーは僕の背中を叩いて慰めてくれたけれど……
僕は

(ホテル……一緒に……だから香水が……?)

点と点が繋がっていく思想に……

放心して座り込むしかなかった……




あんなside




オニュと素肌をくっつけて眠っていて……ふ、と意識が覚醒した。

(何かが……呼んで……)

かばりと身体を起こすと、私の上着のポケットから微かな呼び出し音が響いていて。

(クリスの仕業か……)

下着を身に付けながらその音の正体を取り出す。
五百円硬貨ほどの丸く薄いカード。中央にある赤いランプが点滅し続けていた。

その赤いランプに左手の薬指を押し付ける。

『 ヌナ…… 』

カードから光が溢れ、クリスのホログラムが立ち上った。
と、映像のクリスが一瞬顔を赤くし、横を向く。
「……クリス、下着姿ぐらいで……訓練うけたんでしょ?慣れなさい!」
(それもこの程度の身体でこんな反応大丈夫なの……)
と、映像のクリスが同じ衣装のままなのに気づく。どうやら背後の映像は……車内のようだ。
「クリス、着替えと休憩は?何人体制なの?」
ぐっと上を目を向いたクリスが咳払いし、話し出す。
『……失礼しました、あんな様。今のところ僕一人での担当です。あんな様が帰宅されたのを確認して休んでいます』
「ホテルは変えた?連泊は避けなさい」
『大学近くのマンションを用意しました。あんな様……そちらに来ていただけますか。オニュ氏がおられる場所に踏み込みたくはありません。今日から擁護もさせていただきます、その為の準備があります』
「……わかった、向かいます」

もう一度ランプが点滅していた場所に薬指をつけるとクリスの映像は消えた。
着替えを取りに寝室に戻ると、ソファーベッドにすやすやと眠るオニュがいて……

正面から見ると穏和な顔立ちのオニュだけれど、横顔は鼻筋が通っているのでとてもシャープな印象になる。
鼻先と唇のラインが好きで……
この唇から奏でられる歌が。
この子が私を光に満ちた日々に連れてきてくれた……
少し硬い髪を鋤いて……
この感触を忘れないようにと……握った。

(……ごめん……ね……)

そっと鼻先にキスをし、傍を離れた。

支度をし、マンションを出ると、クリスが運転する迎えの車が停まっていて。クリスが運転席から出て、後部座席のドアを開ける。
「クリス、上下関係がない場合は助手席に乗り込むの。設定は私の友人?」「ヌ、あんな様、あ、ゆ、友人です」
「では帝国との連絡以外はヌナ呼びで、助手席のドアを開けなさい」
「は、はい、ヌナ、その荷物は……?」
ボストンバッグを後部座席に入れたクリスは私が膝にのせるトートバックを不思議そうな顔で見る。
「朝御飯、お茶も入れてきたから、クリスも食べ……」
「やった!ヌナのご飯!あ、でも、僕達は万が一の時の為に自分で調達したものしか食べてはいけなくて……」
ハンドルを握りながら、一瞬はしゃいですぐにしゅんとなるクリス。無邪気な笑顔が見れ、鬱々していた私の心が少しだけ晴れた。
クリスは初夏の青空みたいな笑顔をする。
どこまでも綺麗な薄い青色に輪郭のはっきりした真っ白な雲が流れる空。
この子がその笑顔で周りの人を見つめている姿が……深い優しさを感じられるもので。
好きだったな……
私はトートバッグから取り出したオープンサンドをばくりと齧る。
その様子を横目で見て、口の端を下げているクリスにサンドの食べかけを押し付ける。
「え?」
信号待ちのタイミングでこちらを向いた口に押し込むと、あふあふ言いながらもぐもぐと頬張って。
「対象者に薬をもられないように、でしょう、こうして私が口にしたものを食べてれば大丈夫よね」
もう一つのサンドは齧った瞬間、クリスの顔が直接寄ってきて浚っていった。
「もごっ、こらっ、クリスっ」
「ふぐ、だってずっとヌナのご飯食べたかったんです……!ぅめっ」
そうこうしているうちに、車は私の部屋からも大学からもほど近い高層マンションの駐車場に入った。
「帝国出身者が貸し出している分譲マンションを借りました」
モノトーンを基本にしただだっぴろい玄関にリビング、キッチンダイニング。
どさりと荷物を乱雑に置くと、まだ未練がましくトートバッグを覗き込んでいるクリスを小突く。
「すぐ着替える!TPOに合わせてなるべく目立たない姿をするもの基本!」
「え?スーツ姿の大学生もいると聞いていますが」
「クリスは似合いすぎて浮くの。ジーパンにシャツカーディガンにしときなさい。黒ぶちの眼鏡と。髪も崩す!」

なんの変哲もないジーンズに白いシャツグレーのカーディガン。髪は下ろして大きな眼鏡をかけさせても、クリスは目立つようでゼミでも講義中でもクリスの話題で持ちきりだった。
「ねぇ、森下さん、転入してきた彼、前の大学の知り合いってほんと?」
普段話したことのない生徒にまで声をかけられる始末。
「クリス、あんまり一緒に行動しない方がいいわ……」
休憩時間に隣に座るクリスに呟く。
「えっ、でも、それでは擁護できないです、反勢力がいつ嗅ぎ付けて来るかわからないのに!」
「……とりあえず、大学に潜入した報告してきなさい、私は最低限身を守ることはできるから……目立ちすぎてる……対策を考えないと……」
渋々といった様子でクリスが私から離れ、講義室から出ていく。
長い足が進む度に周囲の女子が振り返っていて。
「ほんと、あれでNo.2?潜入捜査基礎教えてる?で、どうせならNo.1寄越せよ……」
(まぁそれだけ私への警戒も緩んだってことなのかな……)
はぁと溜め息をつきながら、机に突っ伏した。
「クリスじゃなかったら、もっと好き勝手に動けたし……」
隙がありすぎて気になってしょうがない……
「だから、クリスを派遣したんですよ」
声と共に何かの気配がし、私は反射的に手をあげた。
がつんと手のひらに拳がうちつけられる。
その拳を握り、身を翻そうとしたけれど振り払われ。
防御の姿勢を取りながら立ち上がる。
「一発ぐらい殴らせてくれませんかね、ほんと可愛いげのない方だ」
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