One day

□END of a day
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あんなside


「ヌナ、あの……」
クリスに託される前に、私は無言で席を立った。
これから始まる茶番劇は大体想像がついている。どんなに抵抗したって結局は、なら、嫌な思いをするなら早い方がいい。
会場を出ようと歩き出すと、クリスが隣に来てそっと私の腰に腕をまわした。
思わずクリスを見上げると、昔と同じ笑顔で見つめられ……この腕を振り払い、すぐにでも彼を問い詰めたい気持ちが沸き上がった。けれど、今そんなことをしても……この子の立場を悪くするだけだろう。
……本当に大きくなってる……きっと彼らの中では一番の長身のはず……
「ヌナ、足元に気をつけてください」
その仕草やさりげなく段差などを気付かせる大きくて綺麗な手を見、沈んでいた私の心は更に重くなった。
エスコートの仕方を教えたのは確かに私だけれど。
私にすることになるなんて……
この子がどうして……こんなことに……
不意にクリスの腕に力が入り、引き寄せられた。
「そのまま進んでください、ユファン氏が見ています」
薄暗い客席の先から刺すような視線を感じる。
耳元で素早く囁いたクリスは、半ば私を抱え歩くようにしながら足早に会場を出、外で待っていた車に私を乗せると、指示をだし車を発車させた。
そこに、オニュが出てきてキョロキョロと周囲を見渡している姿があった。
「……!」
思わず座席から立ち上がり、窓を叩こうとするけれど、クリスに背後から両腕を抑えられ、座らされてしまう。

「ぁ、、ォ……」

オニュが遠ざかる。
まるで母親とはぐれた子供のような顔が胸に刺さって。

「ヌナ、お願いですから、動かないで……護送中の抵抗とみなされます!」

クリスの悲痛な声に、すぅっと心が冷えた。
きっとこの車内にも監視カメラが仕込まれているはず……

身体の力を抜いても、私を掴むクリスの手は離れなかった。
「……すみません……調査が終わるまで、少しだけ……我慢してください」
随分訓練を重ねてる……フォームに反撃する隙がない。
この綺麗な形をした長い指、大きな手はいともたやすく私の腕を折ってしまえるだろう。

ああ、いっそそれなら……
私は身体の力を抜き、そのまま背中をクリスに預ける形になった。
「ヌ……」
「もう、いい……」
じわじわとクリスの体温が伝わってくる。嗅ぎ慣れたアクアグリーンの香り。でも、身体の厚みが増したせいか別人といる気分だ……
スーツを着たクリスに拘束される日がくるなんて……思いもしなかった……
「眠らせなさい、クリス」
明らかな戸惑いが背後のクリスから感じられたけれど、私は自ら髪を手でたばね、うなじを晒した。
微かにクリスが息を飲むのがわかった。
「調査対象を眠らせて移送するのは鉄則でしょう」
「でも」
「……早くしなさい」
「……すみません」
つ、と肌に冷たい感触が走って。
視界が真っ黒になり。
なにも、わからなくなった。



オニュside


「おかしいな……」
何度ヌナの携帯に連絡しても、呼び出し音が虚しく響くばかりで。
そのうち、電源オフのガイダンスが流れる始末。
(今日は観に来てくれるって言ってたから、その後会えると思ってたのに……)
時間や場所の連絡に間違いがなかったか自分の送ったメールを読み返していると、
「オニュ〜やったぜっ俺なんて拍手喝采だぜ〜!絶対に俺とお前で決まりだなっ」
かなりのハイテンションなジョンヒョンが控え室に入ってきた。
「あ、ジョンヒョン……」
「…………なんだお前、俺がいない間になんかあったか?」
ハグするつもりで掴んだ僕の腕を振り回しながら、ジョンヒョンの顔色が真剣なものになる。
「ヌナと連絡がとれないんだ、来てくれてるはずなのに……」
「は?あんヌナだろ、後ろの方にいたぞ……」
「え」
「待ち合わせしてたのか?」
「うん、僕はそのつもりだったけど……今夜はヌナの家で食事をする話をしてたから……」
ジョンヒョンが何かを言いかけ、いや、と首をふった。
「なに、ジョン」
「……や、急用でもできたんじゃないか、大学生なんだろ、色々あんだろ」
「さっきいたんだよね、僕客席見てくる!」
「あっ、お……」
控え室を飛び出して、客席に行ってもヌナの姿はなくて。
もう外に出たのかと、会場の外に出てみても、ヌナらしき姿はなくて。

「……ヌナ」
「そのうち連絡来るだろ、安心しろ、お前の一次選考合格の紙もらっといたから……とりあえず……俺と帰ろうぜ?」
いつの間にか、ジョンヒョンが僕の分の荷物を持って背後に立っていた。
「あ、結果……」
「……お前がこんな状態になるなんて、なぁ、だけどよ……」
そう言いながら眉を寄せたジョンヒョンの憐れむような目。
「でも、だからこの声になってんならしょーがねーのかな……」
「ジョン?」
「や、とりあえず帰ろうぜ」
ミノとキー呼び出して祝杯だ〜と僕の首に腕をからめて歩き出すジョンヒョンに引きずられながら。
一瞬だけ、ジョンヒョンの瞳に浮かんだ奇妙な違和感が気になってしょうがなかった。
……なんなんだろう、この……気持ちは……?
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