One day

□I'm sorry
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オニュside


選考会では異例の拍手までもらえた僕は、完璧に歌い上げれたと意気揚々と控え室に戻る。
「おっ、その顔じゃうまくいったな」
出番を待っていたワインレッドのスーツを着たジョンヒョンと拳を合わせ、抱き合う。
「多分、一次選考はいけると思う」
「おっ、ゆうねー」
「拍手もらえたんだ、滅多にないって聞いてるけど」
おおっとジョンヒョンのくりくりの目がますます大きくなるのがとても嬉しい。
負けてらんねーぞーって明るい声で笑うと、スーツの襟をぴしりと合わせ
「じゃあ俺もそろそろ気合いいれっか」
ジョンヒョンが真剣な顔つきになった。
ジョンヒョンは作曲の勉強の為にA国行きを希望した。ただ、永住権をもらえやすいA国への希望者は多くジョンヒョンでも困難なことになるかもと告げられたそうだ。
「頑張れよ」
僕の言葉に、ふっと目を細めて
「大丈夫だよ、俺だぜ」
と言い残して颯爽と控え室を出ていくジョンヒョン。
白に近いまでに色を抜いた金髪の彼を見送りながら、僕はヌナに連絡をとる為に携帯に手を伸ばした。


あんなside



「……元気そうだね」
薄暗い客席に浮かぶ白くて骨太いけれどすっきりとした大きな手が私の手に重なる。
「やめて、久しぶり、そっちもかわらずみたいで」
その手を振り払い、両手を組みながら、ユチョンを見上げる。
声が硬くなってしまうのは、最後に別れた時の記憶のせい。
こいつにかかわるとろくなことがない……
明らかに上質のスーツを着、高級腕時計を身につけたユチョンは財閥の次期総帥候補の貫禄充分で。
昔のどこか儚さをまとった空気は消えていて。
……そのユチョンを少しだけ懐かしく思いながら、オニュの歌声が響き渡るホールの中、しばらく見つめ合う。
オニュ、大丈夫、ちゃんと歌えてる、なのに集中できない自分が悔しい……
「……ユファンが気にしてたんだけど、あんな、あのガキと付き合ってんの?」
オニュの声が一層高くなった時、ぽつりとユチョンが呟いた。
「え……」
「……俺が転校してしばらくしてからお前退学?したんだよな?それから実家にも帰ってないみたいだし、なに、やってて、あんなガキと付き合うことになんの……」
「そ、そんなのユチョンに関係ないことでしょっ!」
思わず大きな声を出してしまい、慌てて口を押さえる。幸いなことにオニュの歌はサビに入っていて、私の声は影響がなかったようだ。
ほっとしていると、ぐっと手のひらごしに口元を押さえこま
れた。
ムスクの香りに包まれ、背中に腕が回ってる。
ユチョンに抱き込まれてる。
…はねのけるにも、今は……!
目の前にユチョンの大きな瞳があって。
私はただその瞳を睨むしかできない。
「……抱き心地かわんないな」
「ぅ、ふっ」
「……お前、なにやってたの?散々調べても見つかんないし、TVXQ帝国から変に警戒されてうちの財閥出入り禁止にされたし。お前のせい?それなのにあんな平々凡々なガキ、お前と付き合ってて、大丈夫なの?」
オニュの歌の最後の響きに重なるユチョンの言葉。
歌い終えた後拍手があがった。
それと同時にユチョンの身体も離れていく。

一瞬で凍りつかされた私の感情は。
次にぼきぼきと音をたてて崩れ落ちていく。

……ああ。 
やっぱり……私は……私には、もう……

「……多分あのガキ一次選考は残るけど、次は無理だな」
「え、あ、あれだけ歌えるのに!」
「……哀しさがない、オペラには哀しみもいるんだ……でもお前といたらどのみちなんかされそうだけど」
そう言い残すと、すっと席を立つユチョン。
「……離れてやったら……あいつの未来潰していいの?」
そう言いながら、ユチョンの指が震える私の唇を撫でる。
「……ユファンにも行かせない……俺んとここいよ……」
「……そんなことしたら生きていけなくなるのそっちでしょ……」
「……もうあいつが独り立ちしたから……いい……」
その指を振り払って、かがみこむ。
「……放ってといてや!……もうユファン君にも近づかんから!」
しばらくユチョンは私を見下ろしていたようだけれど、やがてムスクの香りは離れていって……

座席にかがみこんだまま、涙が止まらなかった。
オニュの笑顔ばかりが浮かんで。

『ヌナ、あんなヌナ』

私の名前を呼ぶ優しい声。
そっと背後から抱き締めてくれる太い腕。

ねだると照れながらも私を背後から抱き締めながら、耳元で歌ってくれた。

あの深みのある柔らかな声に満たされる日々を……
私は手離すしか……ない……の……?


「ヌナ」


ふいにアクアグリーンの香りと人の気配が近くに在って。
私はその声に間違いであってほしいと願いながら顔をあげる。

「……クリス……」

まるで彫刻のような繊細なラインで整えられた顔がそこにあった。
高く細い鼻梁にくっきりとした眉、私を見つめる瞳は切れ長で少しだけつり上がっていて。
整いすぎていて一見冷たさを覚えるほどの美貌の持ち主である彼は、少し会わなかっただけなのに、背も伸び身体のラインもしっかりしダークグレーのスーツを着こなす、すっかり青年の風貌になっていた。
「……なんでここにいるの」
本当はわかっていた。ユチョンの話から、私の行方が調べられていることがTVXQ帝国に知られたのだろう。
私の言葉に困ったようにクリスの睫毛が幾度か揺れ、頬に手がかけられる。
そのままクリスの手で涙をぬぐわれて。
「……だから、こんな時はハンカチでぬぐうものだと教えたでしょう?」
「あ、ご、す、すみません」
慌てて手を離してポケットからハンカチを出してくる姿は私の記憶にあるクリスのままで。
ふっと漏れ笑みに、クリスがほっと息を吐き、無言のまま私の顔にハンカチを当てる。
と、客席に微かにざわめきが流れ。
はっと舞台を見ると、

「ジョンヒョン……」
ワインレッドのスーツを着たジョンヒョンが、ピアノの前に座ったところだった。
白に近い金髪にワインレッドの赤、ピアノの黒。
まるで絵画のような舞台にピアノの旋律が流れ。

〜記憶の中の僕たちをちょっと見てみよう 君と僕の二人にとって楽しい記憶の中

ジョンヒョンの澄んだ声が音色に絡み流れていく。

〜笑ったり泣いたり たくさんの姿を共有してる
君には一体どんな記憶が残っているんだろう

オニュと過ごした日々が幾度も浮かび、消えていく。

〜本当に僕だけに良い思い出として残っているのか

切なげに揺れるジョンヒョンの声に、クリスも手を止めた。

〜いつも一人ぼっちの気分だ

そっとクリスの手が私の手を握った。

〜いつも僕と同じ心なんだって信じてた
君と同じ道を歩いて 君と同じ心で

ジョンヒョンの微かに脆さを含んだ綺麗な声が私の心をなぞって。
忘れようとしてきた日々が次々に浮かんでくる。

信じてた、信じてた……今度こそ信じれると……思ってた……

〜僕の錯覚の中に 僕の頭の中に 幸せな君の姿は 

ホール全体に響き渡る、ただ哀しく、でも壮絶に美しいジョンヒョンの歌声が描く景色。
そこに在る彼らの姿……

温もりがほしかった、助けてもらいたかった、救ってもらいたかった……!
あさましいぐらい誰かを求めて、でも、結局こうなるしかないなんて……
この、クリスの温もりさえ辛くて。これを振り払えればなにかがかわるんだろうか。
……そんなことできるわけがないから、この子がここにいるのに……

〜ごめん 本当にごめん
僕が悪かった ごめん

オニュ……ごめんね……


やがてピアノの音が止み、ジョンヒョンが椅子から立ち上がると、オニュの時より大きな拍手があがった。

お辞儀をし、ステージを去っていくジョンヒョン。
彼を見送っていると、
「ヌナ、すみません、しばらく……僕が傍にいることになりました」
クリスが握っていた私の手を離し、いつの間にかクリスに渡っていた私の携帯の電源ボタンを長押しするのを。

私は黙って見つめるしか……なかった……


…………ごめん、ね…………


人は……どれだけ何かを喪えば…………

赦してもらえる……の、だろう……


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