One day

□Nessun Dorma
1ページ/3ページ

あんなside


オニュとジョンヒョンの即興のセッションは大歓声と割れんばかりの拍手の海で幕を閉じた。
ジョンヒョンと共に沢山の生徒に囲まれ、照れ臭そうにしているオニュを確認し、私はそっと会場から出る。
涙でよれた(とゆうか溶けた)メイク顔を晒すのが恥ずかしくて、近くにあったトイレに駆け込み、顔を洗って化粧を直し、会場に戻ろうと歩いていると。
「ヌナ、どこいってたの、せっかく会えたんだからこれから食事に行こうってシウォンヒョンと言ってるんだ」
ユファンがにこにこしながら駆け寄ってきて。
「水質管理は完璧だったよ、確認してるから、行こう、森下さん」
いつの間にか私の荷物を持ったシウォンが車の手配をしていて。
……まさか近くでちらちらこちらを見ている男子高校生と恋人同士で一緒に帰宅する約束してます、なんて言えないよな……
そう思っていたら、キーが隣に来て。
「あんなヌナ、もう帰るんですか?」
「あ、ごめんね、キー君、設置の方は完璧にできてたね、凄く綺麗だったね水槽、大成功、またちゃんと……」
「僕達も打ち上げしようって言ってたじゃないですか、ヌナがいないなんて意味ないですよ」
本当は明後日撤収が終わってからの約束を口にしながら、ぐいっと私の腕を掴んでくるキー君。
つるつるの肌と小造りにまとまった顔立ちのせいで女の子っぽく感じることが多いのだけれど、その力の強さに男の子なんだなぁと思いながら、シウォンを振り返る。
「シゥオンさん、すみません今日は先に約束が……」
「なぁんだ、そうだったのか、じゃあ皆も来たらいい、バスを手配させよう!」
「「は」」
「うちの経営してるレストランだから打ち上げ代もいらないよ、そうしよ、じゃ、ヌナ行こー」
あっけにとられている間にユファンに車に押し込まれ(キー付きで)僕はミノ君達とバスで向かうよ、と手を振るシウォンに見送られ……
走り出す車内からちらっと見えたオニュはとても心配そうにこちらを見ていた。

「ヌナは相変わらず面倒見いいんだね、ゼミの一環としてもあれだけ大規模な設置大変だったでしょう」
車内でユファンは上機嫌で私に話しかける。シウォンの車は高級車なので後部座席も広くて、三人で座ってもそんなに狭くは感じはないけれど、それでもユファンが昔のノリで私の手を握ったり顔を覗き込んだりしてきて、その度にキーがぐいっと私の腕を掴んで引き剥がす。
ユファンが気を悪くしないかヒヤヒヤするけれど、
「あっはっは、なんか、昔の俺みたいな子がいる〜キー君〜」
ヌナって年下に好かれやすいのかな、ってニコニコしながら言うユファン。
「ねぇ、なんでこんなにヌナにベタベタするのこの人」
堪りかねたキーが耳元で聞いてきて。
「幼なじみの弟でよく遊んでたから、そこで距離感がとまってるんだと思う……」
「だからって……」
ぷうっと尖る唇が可愛くて、思わず吹き出すと背後からユファンに肩に手を置かれる。
「あ、二人で内緒話とかひどいな、ねぇ、あの水槽はキー君の設計なんだよね?」
「そうです」
素っ気なく返事しながら、ユファンの手をどかすキー。
「凄くデザイン力高いよね、色彩の配置が完璧だなって思ってたら一転して暗闇に浮かぶ星空なんてびっくりしたよ。何か作品他にある?うちの企業のデザイン何かやってみない?」
「えっ!ほんとですかっ」
途端にぱっと表情を明るくして、ユファンの方に身を乗り出すキー。
「僕はファッションデザイナーになりたくて」
「いいよ、今度新ブランド立ち上げる予定なんだ、担当者に連絡してもいい?」
「はいっ」
ユファンはにっこり微笑むと誰かに電話をかけはじめ、隣では嘘嘘とキーが連呼しながら跳ね回り、目まぐるしくて。
そのうち車はあるビルの一階にある高級レストランの前に停まった。
車から降りると、スーツを着た社員が何人か駆け寄ってくる。
「ユファン様」
「うん、お疲れ。キー君さっそくなんだけど、上に僕のオフィスがあって、ブランドの担当者呼んでるから、打ち上げ前に顔合わせだけしてもいい?」
「えっ、あ、それは嬉しいんですが」
きゃあきゃあとはしゃいでいたキーが少し困った顔で私を見る。
「大丈夫だよ、すぐに皆来るんだし」
小声で告げると、ごめんねって言いながら車を降りていくキー。
ユファンも一緒に降りると、車は駐車場に入り、そこから私は社員に案内されレストランの個室に通された。
「あの、もっと大きな部屋のはずですが……」
いかにもな高級感が漂うシャンデリアが飾られた部屋はどう見ても四人がけのテーブルしかなくて。
「森下様はこちらでお待ちくださいとのことです、お飲み物はジンジャーエールを用意しております、お好きだと聞いておりますが間違いないでしょうか」
「は、はあ……」
有無を言わせずの勢いで座らされると、部屋にユファンが入ってきた。
「ごめんね待たせたかな、あ、料理持ってきてね」
するりと私の向かいに座ると、
「ヌナ〜やっと二人で話せるね〜」
と嬉しそうに笑った。
「キー君は?」
なんとなーく、ユファンの企みに気づいた私が睨みながら腕を組むと。
「ちゃんと顔合わせしてるよ、あの話は嘘じゃないから。彼の才能を気に入ったのもほんと。そんな怒らないでよ、会えて凄く嬉しかったんだから……」
じっと上目遣いで私を見るユファン。

ぅっ……

普段はおとなしくて素直なユファンが時折言うワガママが可愛くて、いつも聞いてあげてしまっていた。それはこのお目目うるうるの上目遣いに弱かったからなんて本人は知らないだろうけれど……
……しかし、こゆ仕草って遺伝するのかな……ユチョンもよくしてたなぁ……
仕方なく腕を下ろすと、ユファンはグラスを持ち上げて乾杯と言った。
食事が運ばれて来て、しばらく今回の計画に協力してもらった企業や自治体の話で盛り上がる。
「よかったと思うよ、地域活性化に繋がったしね、ただ持続的には無理なものだというのが痛いかな」
「そうなんだよね、アクアリウムを続けてもいつか飽きられてしまうだろうし、正直生徒達だけで継続していける規模じゃないのがネックで」
「……あんなヌナは、ずっとJ大学にいた?」
不意の問いかけに、心の底がひやりとする。
「うん、三年間あっちにいたよ、シウォン館長も言ってたでしょ?」
ゆっくり水を口にしてから返事をした。
「そうだね、J大学で知り合ったって言ってたけど……」
「SM学園を中退してから色々な国を放浪して大学に入ったから、正確には三年じゃないかも、そのあたり曖昧かもね」
大丈夫。TVXQ国民のデーターベースは国家機密として保護されているので、他国に流れることはない。そして私が各大学に提出しているTVXQ帝国の作った経歴は完璧なはず。
……私がボロをださない限り。
「そう……兄さんが転校してから、あんなヌナの様子がよくわからなくなって……留学したって聞いて、兄さんに留学支援の団体を立ち上げてもらったんだ」
「え……」
「ずっと色々な国の留学生データーを見たけど、ヌナはいなくて諦めかけてた。まさか、帰国してたなんてびっくりしたよ。灯台もと暗しってこうゆうことなんだね」
「あー……私、父親がTVXQ国籍だったから、あっちの人間として登録されてたのかも、それならわからないでしょ。とにもかくにも、ユファンに会えて私も嬉しい、無事に大きくなってくれたね〜って感じ。親戚みたいな心境だったから」
いつもどこか寂しげな空気をまとっていたユファンがそっと握ってくる小さな手が本当に愛しかった。
……思えば私のショタコン性癖ってユファンがきっかけだったのかな……
ユファンは私の言葉に少し真顔になると、またニッコリと微笑んだ。
「僕のこと気にしてくれてたんだ」
「うん、当たり前だよ」
「なつきちゃんは元気?」
「うん、帰国してから一度会いに行ったけどもうすぐ中学生だよ」
「そっか……ねぇ、ヌナ、今日歌った二人のうちジョンヒョンはよく知ってるんだけど、オニュって子はどんな子なの?」
不意にオニュの名前を出されて、口にしていたサーモンのソテーを押し込みすぎてしまう。
「ぶっ、ふっ、あ、ご、ごめん……ぐぶ、えっと、副会長の子ね、穏やかでいい子かな、歌は私は凄くうまいと思うんだけど学校の評価はそんなに高いものじゃないって聞いてる、でも、声の随一さ素晴らしくない?」
「うん、ちょうど声楽の留学生選考の大会があるから彼どうかなって思ったんだけど、そういうの興味ある子じゃないかな?」
「えっ、ほんとっ!絶対喜ぶよっ、あ、聞いてみるね!」
オニュが欲しがっていた留学へのチャンスがきたことに浮かれて。
私はその時のユファンの目に浮かぶ色に気づけなかったんだ……


オニュside


わぁぁぁと沢山の歓声に包まれる。
会場にいた皆が僕とジョンヒョンに拍手を送ってくれて。
初めての体験に、僕は半ば夢心地で沢山の生徒に囲まれただ笑うしかできなくて。
ああ、本当に楽しい、気持ちいい、歌うこと……好きだ……
「よかったな!絶対気に入られたぞ、俺達!」
ジョンヒョンに抱きつかれて、あははと上機嫌で抱き締めかえしていると、脇腹に衝撃が走った。
「凄かったのは認めるけど、ちょっと注意もしなよ!」
痛みに顔をしかめながら振り返ると、あんなヌナとユファンさんがまた並んでいて、車が……え。
「ああもう、あれ絶対そのまま連れてかれるパターンじゃん!」
キーがヌナに駆け寄っていって、引き留めようとしてくれたけれど、何故かシゥオンさん達と生徒全員で食事に行く話になり、結局ヌナはユファンさんと車に乗ってしまった。
「なんでキーがヌナと一緒なんだよ」
小声でミノがブツブツ言っていたけど、僕にとってはそれがせめてもの救いで。
車が走り去る時、キーと並んで僕を見つめるヌナの目がとても不安そうで……

シゥオンさんが手配してくれたバスでは、色々な生徒に声をかけられたけど、さっきみたいな高揚した気持ちにはなれなかった。
僕とそう違わない歳なのに、社会的地位もお金も手にしている人がヌナの近くにいる……

『オニュ、好き……』

ヌナと抱き合っている時、ヌナが繰り返す言葉。僕が動く度にヌナの唇からこぼれるその声は、いつしか心地よい歌のように僕を包み込む。

『好き……好き……す、き……』

僕の肩を掴むヌナの指、汗ばむ胸元、蕩けたヌナの瞳。
全てが甘くて……気持ちよくて……

「オニュ君?元気ないけど大丈夫?バス酔ったの?」
耳元で大きな声を出され、慌てて目を向けるとアクアリウム計画の実行委員の確か……
「え、と、」
「ジョンアだよ〜ひどいなぁ、オニュ君」
ああ確かキーのクラスメイトだったっけ……たまにミノに話しかけてるのを見たような……
ロングヘアーの女の子が僕の前でかがみこみながら、僕の顔を見つめていて。
「体調悪いなら、こっちの席にきたら?あんまり揺れないよ」
ぽんぽんと自分が座っていた席を叩く。
「あ、ありがとう、でも大丈夫だから」
「そう?エネルギー使って疲れちゃったのかな、オニュ君歌うまいね、びっくりしたよー格好よかったー」
ずいっと手を握られて、え、とうろたえていると、
「おい〜オニュだけかよ、こら」
ジョンヒョンがぐいっと間に割り込んできて、僕をもう1つ奥の席に押し込んだ。
「あっ、ジョンも格好よかったよ!当然じゃんっ」
「褒めるのおせーよ」
「えーなにー妬いてるのぉ〜」
わきゃわきゃとジョンヒョンと盛り上がりだし、僕はほっとして窓の外に目を向けた。

……格好いい、か……僕にあるのはこの声だけ……

ジョンヒョンの言葉が甦る。

『留学できるぞ』

もし、もし、できるならO国がいいとずっと思ってた。オペラ発祥の地で、音楽学校のレベルも世界一と名高くて……
一流のオペラ歌手になれば地位も名誉もお金も桁違いのものが手に入る……
そうなれば……誰にも引け目を感じることなくヌナといられる……
ただ、ヌナは今四回生、就職もどうするのかまだ具体的な話をしたことはなくて留学先に来てもらったとしても……しばらくは遠距離恋愛になる。
……ヌナの周囲には沢山男性がいる……離れていても僕を好きでいてくれるだろうか?

僕が、拳を握りしめると同時にバスはレストランに到着した。
打ち上げ会場に案内される。ただっぴろい会場の中、立食形式のパーティー料理はお金持ちの子供ばかりの生徒達にも驚くような内容の物が並んで。
僕はやたらとジョンアを含む女子生徒に世話をやかれながら、ヌナがどこにいるのか捜したけれど、キーすら全く見当たらなくて……
やっとキーが会場に現れた時は、少しきつめの声で詰め寄ってしまう。
「ちょ、キー、ヌナは?一緒だよな?」
「えっ、まだこっちにいないの?あー……」
上機嫌だったキーの表情がさっと曇る。僕は嫌な予感がして、ヌナに直接連絡しようと携帯を取り出した、時。

「あ、森下ヌナ!」
ミノがヌナを見つけて駆け寄る姿が見えた。隣には当然のように……ユファンさんがいて、ヌナの肩に手をまわしていた。
「……遅かったですね、何処か行かれてたんですか?」
「まぁまぁいいじゃないか、ミノ君、とにかく森下さんが来たんだから、乾杯しよう!」
シウォンさんがグラスをあげて、乾杯と叫び生徒達が続く。ヌナもシウォンさんやミノとグラスをぶつけて……ふと僕と視線が合うと、とても嬉しそうに微笑んだ。

あの、花が咲いたような笑顔。

ユファンさんに……肩を抱かれたまま。

僕はくるりと背を向けて、そのまま会場の隅の方に行き、ひたすら料理を口に運びながら。

絶対に……留学して……して……

ひたすら留学する未来にある、僕の姿を思い描くしか、なかった……
次へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ