One day

□Please Don't Go
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オニュside

気がついたら、自分の家への帰路ではなくて、ヌナの家の方向をさまよっていた僕は。
幾度も震える携帯をポケットに入れたままヌナのマンションの近くの道に立っていた。
よく考えたら、帰国子女のヌナや留学経験のあるジョンヒョンにとってはたいしたことじゃないスキンシップなんだろう。ヌナが楽しそうに話すのはキーに対してもかなりだし、ヌナは基本的に社交的なのか実行委員の生徒や先生達とも仲良く接する。
それなのにあんな風にしてしまったのは……
きっと相手がジョンヒョンだからなんだろう、ジョンヒョンの歌声は高く澄んでいて伸びやかで……僕と対極と言っていい。
正直僕の憧れでもある。
僕の声が好きだと言ってくれるヌナがジョンヒョンと親しくなって……僕のように彼を好きになってしまったら?
そう思った瞬間の黒々とした感情が重くて辛くて。
「逃げちゃった……な……」
こんな重苦しいものを抱えたことがなかった。今までも歌のライバルとして誰かに抱く時はあったけれど、この今の気持ちに比べればもっと軽いものだった。
「嫌われ……ちゃったかな……」
どう思われたか知るのが怖くて、携帯に出ることもできない。
そんな自分が情けなくて、でも……ヌナに会いたくて、立ち尽くしていると、聞きなれた声が聞こえ、声の方向を見つめる。

ミノとヌナが向かい合って見つめあっていて……手握ってる……

ミノが何か伝えている。

……なに……してるの?

「あんな……」

本当に小さな声だったのに、ヌナは僕の方を見た。と、次の瞬間のミノが掴みかかってきて、僕は恋人の前で情けない姿を見られたことやミノのもっともな怒りに自分が恥ずかしくなって、涙が出てしまい……ヌナの顔をまともに見ることができなかった。

こんなんじゃ……呆れられるよね……

でも、ヌナは僕を部屋に入れてくれて。ヌナが泣きながら僕にしがみつく。
僕は困惑しながら、ヌナを抱き締めると。

「好き、オニュ……好き……オニュ……」

涙で溢れた瞳で見つめられたら堪らなくなった。

僕のものにしたい。

キスをしながら押し倒し、ヌナを抱く。あまりにもな強引さに少し戸惑っていたようなヌナだったけれど、不意にふるりと震えるとあああっととても強く高い声をあげ、放心したように体の力が抜けて。

「え?ぬ、ヌナっ?!」

慌てて顔を覗きこむと目の焦点がなんかだかおかしくて。
無理なことをさせたからかと身をひこうとしたら……

……それだけで心にあった黒い気持ちが消えてしまうなんて、本当に単純で情けないなぁとは思うけれど……

「気持ちよすぎて……怖いぐらいかも……オニュのことしか……わからなくなるから、ぎゅってしてほしい……」

そう恥ずかしそうに言うヌナが愛しくて可愛くて愛しくて……
僕だけを感じてくれてるんだって思うと、僕はあの黒々とした気持ちが何処にいったのかなんて考えもしないぐらい、またヌナとの幸せな時間を過ごして。

ちゃんと翌日ミノやジョンヒョンにも謝って(ミノはずっと黙ってたけど、ジョンヒョンは俺こそごめんなってハグしてくれた)アクアリウム計画の為に皆で奔走し、無事に初日を迎えることになった。
キー達のデザインしたアクアリウムは駅前の再開中のアーケードの中に設置された。
ヌナが大学の研究室から借りてくれた水槽の形が多用であったことにデザインが映え、またジョンヒョンの提案した音楽が流れる情景も相まって、かなりの評判を呼び観客は増え、魚を借りているお店や周囲の店舗の活性化にも繋がったと大評判のまま二週間の展示期間は過ぎて。

最終日、キーのデザインしたアクアリウムが設置された。
放課後、皆でアクアリウムの場所に向かうとヌナがシゥオンさんと並んでアクアリウムを見ていて。
シゥオンさんは初日からよく様子を見に来てくれるんだけど、ミノやキー、ジョンヒョンがシゥオンさんとヌナの間に入ってくれることが多くて(そして心なしかシゥオンさんは三人と絡んでいる方が好きみたいな気がする……)僕の心が沈むことはないんだけれど……
その日はヌナの横に初めて見る、ヌナより少し若い……?高そうな三つ揃えのスーツを着た人が立っていて。

「あ、ユファンさん!来てくれたんですか!」
ジョンヒョンがびっくりしたようにその人に声をかける。
「ジョンヒョン!久しぶりだな」
長身で色白の整った顔立ち。周囲の生徒やキーが、格好いいとざわめく。
わあっと嬉しそうにハグをした二人は、肩を抱き合いながら僕達のところに来て、
「Y財閥一族のユファンさん。大学生だけど、留学支援の活動をされてるんだ」
「こんにちわ、ユファンです。シゥオンさんとも昔からの知り合いでね。二人からアクアリウムの話を聞いてね、兄の企業視察員として伺ったんだよ、生徒だけでこれだけやれるって凄いねぇ」
Y財閥と聞いてざわめきがもっと大きくなる。国内でも有数の財閥で、確か総帥の娘が婿養子をもらったんだっけ、その人なのかな?
「……チェ財閥のミノです、生徒会長として嬉しいお言葉です」
「生徒会書記のキーです、ありがとうございます」
「副会長のオニュです、ありがとうございます」
ミノが握手をし、僕達も続いた。
ミノの家も財閥だから、こんな時の対応は手慣れてる。僕はユファンさんの相手をミノに任せようとヌナのところに行こうとした時
「ジョンヒョン、音楽流せるんだからさ、歌えよ、俺久しぶりにお前の歌聴きたい」
「えっマジすか?えー、今音源あるのがなぁ……あー、そうだ、オニュ、一緒に歌うぞ、こい!」
ぐいっと肩を抱かれ引きずられる。
「えっ、はっ、なにゆうんだよ、やだよっ」
「いいじゃん、せっかくなんだし」
そう言いながらぎゅうつつと僕の頭を押さえながら小声でジョンが
「あの人に認められたら留学できるぞ、無料で国選び放題だ」
そう囁いた。
はっとしてジョンヒョンを見ると、真剣な目でこくりと頷かれる。
ごくりと僕の喉がなった。
「あれでいくぞ、昔練習したやつ」
ジョンヒョンがスピーカーの前に行き、iパッドを繋ぐ時に画面をちらりと僕に見せた。
キーがマイクを二本持ってきてくれ、僕はあまりにも急な展開に戸惑いながら、ふと視線に入ったヌナを見つめると。
とても真剣な顔つきで僕を見つめていたヌナ。
でも、僕と視線が合うとにっこり微笑んで

『 だ、い、じょ、う、ぶ、だ、よ 』

と……声に出さないで伝えてくれた。

ヌナが認めてくれる僕の声、歌。
皆に認めてもらえたら、きっとヌナも……嬉しいはず……

マイクを片手にジョンヒョンがアクアリウムの台にのぼり、僕も続いた。
少し高くなった視界にしっかりとヌナを見つけて、頷く。
ジョンヒョンが皆さん〜と商店街に来ていたお客さん達に呼び掛けるように話し出した。

「なんか、いきなりこうなっちゃいましたけど、最終日記念ってことで、生徒会から生BGMします、オニュ&ジョンヒョンで Please Don't Go 」

生徒達からわあぁっと歓声があがり、少し鎮まったところでイントロが流れる。

僕はぎゅっとマイクを握りしめ。
ヌナを見つめながら、歌い出した。




あんなside


私の反応がよっぽど嬉しかったのか、オニュはすんなりとミノやジョンヒョンと仲直りしていた。それとも男子だからなのだろうか……とにもかくにも、私も心置きなくアクアリウムの準備ができ無事に初日を迎えた。
連日苦情が来るぐらいの観客が集まり、その対応でしばらく大変だったけれど、ゼミの方に企業からの問い合わせがあったり教授からも水槽の水質管理の高さを褒められたり、私にとっても達成感のある日々で。
最終日は、キーのデザインした水槽で。色々な仕掛けがある為に早めに設置を進めていると、

「森下さん、凄いねこれ」
「シゥオンさん、今日も来てくださったんですか」
初日からよく様子を見に来てくれるシゥオンさんが、背の高いスーツ姿の青年を連れて現れて。
「……やっぱりヌナだ!」
その青年にいきなりハグされそうになって、あっと、叫ぶ。
「ユファン!」
かなり身長が高くなっていてすぐにわからなかったけれど、色白の柔らかく整った顔立ちには見覚えがあった。
中学高校と同級生だったユチョンの弟、ユファン。通っていた教会も同じだった私は、両親が留守がちだったユファンを預かることがよくあって。
きっかけはユチョンが一人で子守りをしているのが大変そうだなぁと思って、だったのだけれど、素直で可愛いユファンにすっかりメロメロになってしまって、かなり積極的に預かり、妹のなつきがやきもちをやいて泣いてしまうぐらい可愛がっていた記憶が……
嘘〜大きくなったねぇって思わず昔の癖で頭を撫でてしまう。
ユファンもニコニコしながら、私の肩に手を置いて、
「ヌナはちっちゃくなったね〜」
なんて言う。
シゥオンさんの咳払いが聞こえて、慌ててシゥオンさんに話をふった。
「シゥオンさん、ユファンとお知り合いなんですか」
「僕の母がY財閥出身でね、親戚になるんだよ。ユファンのしている活動が好きでね、よく一緒に行動してるんだ」
そういやこの人もおぼっちゃまだった。
「でもユファン大学生でしょ、なんでそんな格好してるの?」
「大学には行ってるけどね、兄さんの補佐もしてるんだ、今日は企業からの視察で来てる、ボランティア活動の支援団体、どんな子にも勉強する機会をって主旨で。シゥオンヒョンから話を聞いた時もしかしたらと思って着いてきてよかった!」
兄さん、のフレーズで少しピクリとなってしまいそうな心を宥めて、話をしようとした時

「ユファンさん!」

ジョンヒョンの声が響き、二人が仲良くわちゃわちゃと会話をはじめる。
授業が終わった生徒達が来たんだと、オニュを捜したらジョンヒョンに紹介されユファンと握手をしていて。

……ん、むう、直接的にはなにもないけど、こないだあんなことがあった身としては少し心配な気分で……

やっぱりオニュも男の人なんだなって……普段が穏やかで柔らかい子だから、あんなに怒るほど嫉妬してくれてるなんて気づけなくて……
独占欲丸出して私を押し倒すオニュの男くささもまたよかったけど……
ただ、傷つけたくないから、もう。

複雑な気持ちでオニュを見つめていると、ジョンとオニュがなんだか揉み合いながらアクアリウムに近づいていく。
スピーカーの装置に並んで、マイクを持って……歌うの?
そこでオニュが不安そうに首を振り、私を見つけた。

オニュの声が聴けるなんて、嬉しい……

だいじょうぶだよ、ゆっくりはっきり伝えると、オニュはぎゅっと唇を噛んで微かに頷いた。

ジョンヒョンとオニュがアクアリウムの台にあがり、ジョンヒョンが手慣れた様子で観客に呼び掛ける。

「なんか、いきなりこうなっちゃいましたけど、最終日記念ってことで、生徒会から生BGMします、オニュ&ジョンヒョンで Please Don't Go 」

音楽が流れ、オニュが歌い出した。


〜昨晩夢の中に君が僕に近づいて来た

静かに優しく響くオニュの声。夢の中にぴったりな囁くような歌声。

〜ささやいたその言葉が 僕の顔に触れたその髪が

ジョンヒョンが歌い出した。

〜夢から覚めるとあまりにも鮮明なのに

初めて聴くジョンヒョンの声は、透き通る光のようで。繊細な響きで空にあがっていく。

〜君がいることが夢だったことを僕の目元に溜まった涙が教えてくれた

オニュとは真逆の声は綺麗なリズムで耳に流れ込む。

〜だめです だめです そんな風に行かないでください どうか一度だけ 一度だけ僕をもう一度抱きしめてください

と、二人の切ないハーモニーが響き渡った。

その歌声に合わせて、アクアリウムの照明がかわり。
今まで泳いでいた魚が消え、蛍光色を放つ水槽になった。
まるで、満天の星空のような風景にどよめきがあがる。


〜また目を閉じて君に会いに行ったらその場に立ち止まっている僕を抱きしめてください

澄んだジョンヒョンの声が。
その風景が。
あの日々に見上げた空を思い出させる。

ほとんど光のない漆黒の海岸に浮かぶ夜空は。
星達の輝きに満ち溢れ。
見上げる私の瞳にもこぼれおちてきそうだった。

〜目を開けてみても君の姿さえ鮮明なのに 君がいることが夢だったことを僕の涙に映った悲しみが教えてくれた

そう、あれは……あの日々は夢だと……
あの日々は夢だったと……

〜だめです だめです そんな風に行かないでください どうか一度だけ 一度だけ僕をもう一度抱きしめてください

二人のハーモニーが私の心を宙に上げ、高く低く揺らす。
こんなにも響く歌声があるの?
頬に濡れたものが流れ、私は自分が泣いていることを知る。

〜また目を閉じて君に会えたらその場に立ち止まっている僕を抱きしめてください

オニュの声が私を包む。

夢でも……抱きしめてくれることを……私はまだ願って、る………


〜だめです だめです そんな風に行かないでください どうか一度だけ 一度だけ僕をもう一度抱きしめてください

愛しい愛しいオニュの声にジョンヒョンの高音が重なって。
あの日々を見守っていたあの夜空と重なって。


全ての感情がぐちゃぐちゃになった私は溢れる涙をぬぐいながら。
壊れた視界に映る愛しい恋人を。
ひたすら見つめていた。



……もう一度抱きしめてほしいのは……



だ……れ……?

 


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