One day
□彼女
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あんなside
待ち合わせ場所に、スキニージーンズと白い薄手のパーカーで現れたオニュ。
メールでは凄く手慣れた感じで、今日の行き先場所や待ち合わせ場所を指定してきたので、デートしなれてるのかなと思ってたのに。
「ご、ごめんなさい、遅れましたか」
私の姿が先にあったことに動揺しておろおろしたり。
「ううん、私が早すぎたの。あ、切符買っておいたよ」
「えっ、あ、そんな、ど、どうしよ……」
私が差し出す切符を受け取るべきが悩んだり。
……どうも、違和感が……
「あー、じゃあ、帰りはオニュ君に買ってもらおうかな、それでいい?」
「あっ、はっ、はい!」
ほっとした顔でやっと切符を受け取ってくれたオニュと改札を通って。
「えっと、電車何分なのかな……」
私が必死に行き先を時刻表で調べていると、
「あっ、あと二分で来ます、五両目に乗るのがいいみたいです」
携帯を見ながらの、オニュに言われて。
(うっ世代の違い……?)
可愛い男子高校生とお出かけ、でここ数日浮かれていた事実。
それもあの歌声の持ち主と。
寂しさもほぼ影を潜めてくれていたのに……
思わずテンションが下がってしまった私に気がついたのか、オニュがそうっと顔を覗き込んできて。
「あ、あんなヌナ、どうしましたか?」
話す声も優しい子。
思わず自分勝手な幼稚さで彼に心配をかけていることに恥ずかしくなる。
「う、ううん、ごめんね、私四年ぶりぐらいに帰国したから、色々かわってて、よくわからなくて……情けないね」
「帰国?」
「あ、えっとね、J国の大学にいて最近転入したから……」
「凄い、留学してたんですね。いいなぁ……僕も留学……憧れます」
(そう言えば、留学難しいって言われたって……)
はっとして、オニュに向き合ったタイミングでホームに電車が入ってくる。
「の、乗りましょうか」
私より先に電車に乗り込んだオニュが、ぴんっと手を差し出してきて。
(え……)
思わず顔を見つめると、オニュは真剣な目付きでホームと電車の隙間を見ていて。
私は頬が緩むのを感じながら、その手を握った。
オニュside
待ち合わせ場所にいたヌナは淡いグリーンの薄手のロングニットに白いスキニージーンズ。
大きく開いた襟元から見える鎖骨がとてもセクシーで、声が詰まってしまう。
『もぉ〜ろくな服がないっ!こんな中途半端な太さのチノパン、じじーか!とりあえずミノ、オニュと服屋いってスキニージーンズ買ってきて!』
キーにクローゼットの服を罵倒されながらの、悪夢のようなファッションショーに耐えてよかった……
今までの僕の格好じゃ、このヌナの隣にいたら凄く浮いちゃう……
(あ、そ、それより待たせた?)
普段より15分は早く家を出たつもりだったんだけど、と焦る僕にヌナは優しく切符を差し出してくれて。エスコートしないといけないのに、とますます慌ててしまう。
改札を抜け、ホームにつくとなんとなくヌナのテンションが下がった気がしてまたハラハラしたけれど、ホームと電車の隙間が気になって差し出した手は素直にとってくれて。
で。
(こ、これ、い、いつ、離したらいいんだろう、て、ゆうか、は、離したくないんだけど、え?つ、繋いだままでいいの?)
電車内での約30分間座席の上に置かれた手はずっと重なったままで。
僕は何を話していいのか、声を出してしまうとこの手を離さないといけない?とかもうパニックになっていて、ただひたすら窓からの景色を眺めていて。
あんなヌナも時折ほんといい天気、とか眩し、とか独り言を呟くだけで、のんびりと車窓を覗きこんでる。
手が温かい。ヌナの体温が僕の手の甲に触れている。
あああああ……本気で人間ってパニックになると無言になるんだな……
とりあえず、僕今自分の心音しか聞こえないよ……
けど、永遠でもいいかと思った時間はあっけなく終わって。
電車が駅につくと、ヌナの手はあっさり離れてしまう。
それが携帯を取り出す為だと気づいたのは、ふらふらとヌナの後に続いて辿り着いた海沿いにある水族館の入館窓口の前でだった。
「すみません、館長さん?森下です、今着きました」
(離れちゃった……離れちゃった、も、もう一回繋げるかな、触りたい……中に入ったら、え?)
独り言ながら手を眺めていた僕は電話をかけはじめたヌナの行動が予想外でただ硬直するしかなくて。
「あ、そうですか、じゃあ、今から入りますのでお願いします」
ピッと通話を終えると、窓口の係員の人に何か伝えて、首からかけるタグをもらうヌナ。
「はい、オニュ君」
笑顔でそれを首にかけてくれる。タグには『関係者』と書かれていて。
「あ、あの?」
「あ、ごめんね説明してなくて。ここの施設前の大学で繋がりがあるから、連絡して裏側とか見せてもらう許可とってあるの。中で館長さんも待ってるし、行こう」
唖然とする僕の手を、ぬっ……
ヌナから握ってくれて……!
そのまま水族館に入る僕たち。
青白い光に包まれながら、薄暗い道を歩くけれど、正直水槽とか魚とか見てる余裕はなくて。
握られてる僕の手。
握られてるんだよ!
ささささっきは僕が、だけど、今はヌナから……
ん?てゆうか、僕お金またっ……!
「ぬぬぬぬぬぬぬ、ヌナっ、にゅ、入館りょっ……」
とっさの大声にヌナが振り向く。
うわ、髪揺れると匂いが……
い、いい匂い……少し爽やかな感じの……なんだろう、アクアブルー?マリンっぽい香り……
「関係者だから、大丈夫。それにオニュ君学生なんだから、気にしないで」
ちょうど大きな水槽の前だった。
沢山の魚を背後にしたヌナに、笑顔で言われ。
(あ……そうか、そうだ……よな)
大学4回生のヌナからしたら、僕なんて弟みたいな感じなんだ……だから、手も気軽に繋げるんだな……
そう思っていると、自然と手が離れて……
「森下さん!元気だった?」
「シウォン館長!お久しぶりです、今日はありがとうございますっ!」
そのすぐに現れたシウォン館長さんがまたイケメンでヌナと親しそうで……僕は挨拶だけはきちんとしたけど、その後バックヤードに入れてもらい、水槽の濾過の仕組み等裏側を色々見学させてもらいながらも、深海に沈んでいくような自分の心を感じていた。
「あ、シウォンさん、従業員の方が呼んでますよ」
「ああほんとだ。じゃあ、後はゆっくり館内を楽しんでくれるかな?」
「はい、本番の日取りが決まったらまた連絡させていただきます、よろしくお願いします。今日はありがとうございました」
「あっ、どうぞよろしくお願いします」
「うんオニュ君ボランティアって精神が素晴らしいよね!全力で応援させてもらうよ、じゃ、また!」
館と館を繋ぐ通路に出たところで、館長さんが仕事に戻り、僕はヌナと二人に戻った。
「やっぱり最新設備は凄いねー、小型濾過装置の予備貸してもらえるようになったから、後はデザインだけかな〜参考に色々見ないとだね」
ヌナがにこにこと次の館に入っていく。
明るい日差しが差し込んでいた先程の館とは違い、深海や特殊な気候の海岸を再現した水槽ばかりの場所だった。
深い深いブルーの光がぼんやりと漂っていて。
あんなヌナのシルエットが浮かび上がる。
長い髪も細い手足も……
僕の方を向いた時の横顔のシルエットも……
本当に綺麗で。
でも、どうしてか儚くて……
沈んでいた僕の心がゆらっと動く。
………僕の心の深海にも……ヌナがいてくれたらいいのに……
「クリオネだぁ〜可愛いねー」
ヌナはゆっくりと一つ一つ水槽を覗きながら写真を撮ったり説明文を読んだりしながら進んでいって。
ぴたりと。
足を止めた。
「……ヌナ?」
そこにはB国諸島の海岸を再現した水槽があった。
南国色溢れた鮮やかな原色をまとう小さな魚達が特徴的な岩場の間を泳ぎ回っていた。
「あー、このデザインいいですね……凄く幻想的で……」
僕も資料撮らないと、と慌ててスマホで写メる。
(……あれ?)
ヌナを見ると、放心したように水槽を見つめていて。
ヌナの瞳に黄色とオレンジの小さな魚がゆらゆら揺れて……
「ヌナ?」
思わず肩を掴んでしまった。
びくっと肩をすくめて僕を見たヌナは、
「あ、ご、ごめんね、綺麗で、つい」
見とれちゃった、と言いながら、足早に歩き出し。残りの水槽には目もくれないまま、館を出てしまう。
慌てて後を追うと、
「うわぁ」
目の前には、海が広がっていた。
「海だね……オニュ君、このあたりでご飯食べようか」
海辺に設置されたテーブルに座りながら、言うヌナはもう今まで通りだった。
「あ、は、はい」
(さっさと行ったのはお腹すいてたのかな……)
僕は素直に頷きながら、ヌナの前に腰を下ろした。