過去拍手話
□楽園という檻の中で クリスside
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「……なんですか、この……でかい水溜まり」
あの人は俺の言葉に振り返り。
ざざん、ざざんと一定のリズムで刻まれる水音の中。
「海、だよ」
目に涙を浮かべながら答えた。
とにかく端が見えないぐらいただ青い水が拡がっていて。
それらが風に煽られるのか、白い泡をあげながら吹き上がる。
生きてるみたいだ。
俺は口を開けたまま、その様子を見つめていた。
ふと気がつくと、俺は背後から抱き締められていて。
反射的に反撃のフォームをしようとしたけれど。
「……えっ、うわ」
起動先が全部抑えられてる!
『 死 』
という文字が脳裏に浮かんだ。
抑え込まれたら、最後。
さあーっと全身の体温が引いた瞬間。
「もう、いいからクリス」
耳元であの人が囁いた。
「もう、誰もあなたと闘わない」
ゆっくりと俺の頬を撫でる指。
「訓練なんてしなくていい、ここで、私と暮らそう……海で遊んで、ご飯食べて、ゆっくり眠ろう……」
背中にあたる温もり。
じわじわと俺の肌に伝わってきて。
……なんだ……これ……
俺はその時目から何か温かい物が流れるのを感じ、血だと思い拭えば……
「クリス……それは涙っていうの……」
「なみだ……」
「心が……声をあげた時に出るんだよ……」
俺の脳内ではどうしても結び付かないシステムで。人体の知識は一通りあるはずなのに……
ああ、確か生理的に眼球にを保護するために出る体液だったな……
そう思いながらも、その体液は止まることなく俺の両目から溢れ。
あの人はずっと。
俺を抱き締めたまま、その液体を拭ってくれた。
そんな俺達を。
海と潮風だけが見つめていた……
最初の記憶は四角い箱の集まり。
長い腕が伸びてきて、俺の望むものを渡す。
喉が乾いたら水分、お腹がすいたら食料。
それらが終わると目の前に大きな映像が流れ、それを見る。見終わると四角い箱にペンを持たされ、何かを書かされる。
もう少し時間がたつと、時折人間が現れ、俺を見て何か呟く。
それが何を言っているか、わかるようになった頃から、普段過ごす部屋から出されるようになった。
「00、時間だ」
部屋もディスプレイとベットとシャワートイレがあるだけ。
出ても、真っ白な広い四角いスペースにロボットが動き回っているだけ。
白い服を着た人間に連れられ、大きな沢山のコードがついた機械の中に入れられる。
時折物凄い痛みを感じさせられる為、この機械に近づくのは嫌いだけれど、拒否するともっと激しく痛みがある電流を流されるから黙って入る。
「凄いな00の身体能力……頭脳もだ……成長速度もかなりのものだな……」
「コピー達の中でも飛び抜けてますね……やはりユンホ様の%の多さ……?」
「いや、ユノより遥かに優秀だ。掛け合わせの恐ろしさだな……こいつはコピーじゃない、モンスターだ……」
モニター越しにいつも言われる言葉。読唇術を学んでからわかるようになり
『 game over 』
「00、もうそれぐらいにしとけ。修理不可能なぐらい破損してしまうぞ」
人体ロボットと戦闘を繰り返すようになり。
「おい、00のやつlevel50倒しやがったぞ、まだタオでも30がやっとなのに……」
「……ちゃんと従えておかないと本気でヤバいなあいつは……」
日々はかわらない。起きて食事をして映像を見て出された質問に答える。
トレーニングルームで人体ロボットと、どちらか動きが10秒以上停止するまで闘って、シャワーを浴びて食事をして眠る。
その繰り返しだった。
ある日。
いきなり部屋に人間が入ってきた。
「…………」
いつもの白衣を着た人間達じゃなかった。
肩まである髪に細い手足。
小さな白い顔。
映像で見たことがあった。人間の中で女性と称される者だ。男に比べて身体的に劣る部分が確かに多い。
「あんな様、勝手に入ってはいけません!特にその子は一番注意を要する存在で……!」
バタバタと入り込んできた人間には見覚えがあった。五回見たことがある。イェソンと他の人間が呼んでいた。
「イェソン、この子の名前は?」
「クリスと呼ばれる予定でした……あまり不用意に近づかないでください、人が触れると倒すように訓練されています」
「……なんてこと……」
「00、今からこの人が君に近づくけれど倒してはいけない。いや、動くな!」
イェソンに言われて、俺はベットに座ったまま女性を見ていた。
女性は俺に近づいてくると、静かに俺の前に膝をついて視線を合わせる。
「……鳶色」
その目の色が咄嗟に出てしまった。
昨日映像であった彩りの名称。
その瞳はbrownでもなく茶色でもなく鳶色。
「私の名前はあんな」
あんな。
「あなたの名前はクリス……私はあんな」
あんな。
俺はその時自分が00と呼ばれる他に。
クリスという名前があることを知った。
そして、俺の手に触れた女性があんなという名前であることを知った。