alf laylah

□プロローグ
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記憶のどこか深くにあった。
真っ白い空間。ガラスと機器に囲まれた箱。
自分の足音だけが高く響くこの硝子の棺。

『クリス。3分だ』

モニターを通してイェソンの声が響く。

部屋の中央に置かれた透明なカプセルの中に。

ヌナはいた。

閉じられた瞳。柔らかく結ばれた唇。
頬は少し緩んでいて。

ずっと。この腕にもう一度抱きたいと。
願っていたヌナの寝顔………

ガクガクと膝が震え。
カプセルに手をついてヌナの顔の上に唇を重ねる。
無機物の感触が虚しく響き。

「ヌナっ………!」

ピシリ 叫んだ瞬間、部屋の端にあった機器に火花が飛び、モニターが乱れた。

『クリス!止めろ!暴走するな!』

耳障りな警告音が鳴り響く。
バシバシと周囲から火花が飛び散る。

『クリス落ち着け!世界が終わるんだぞ!』

「終わればいい!ヌナと共に死ぬ!」

『クリス!あんなからの伝言がある!娘を育ててくれ、と!あんなの娘をお前に!』

バシュン モニターが派手な音をたてて破裂し、近くに落ち破片がカプセルに飛んだ。

「………む、すめ………?」

呟いてもカプセルの中のヌナは無言のままで。

「クリス!出ろ、すぐに中の整備を!」

ドアが開き、大勢のロボットが入ってきた。ドアの外にはイェソンが立っている。
その腕には………

白い布にくるまれた。小さな赤ん坊がいた。

「この子を抱く為に部屋を出ろ」

最初にヌナの現状の話を聞いた時から、この硝子の棺から出る気はなかった。

こんな馬鹿げた世界なんて終わってしまえばいい。

ヌナの人生と引き換えに存在する世界なんて必要ないと。

思っていた。

のに。

「ふぅ………うぇ………ぇぇぇ」

小さな声でイェソンの腕の中の赤ん坊が泣く。
目の形、額と鼻のライン、小さくて上下の厚みが異なる唇。

「ヌナ………」

カプセルの中のヌナを見つめる。

「俺………に?」

「お前に………この子の家族になってほしいと………守ってくれ、と………幸せになってほしい、お前とこの子は………そう言った。だからお前を呼んだ」

『もう二度と会えなくても。
クリス、愛してる………
幸せに………       』

あの日。残されたメッセージ。
今でも毎日聴くあの声。

「その日が来るまでなにもしないわけじゃない。俺は俺のできることをする、お前は………お前にできることだから、あんなは託すんだよ。お前程優しい子はいないと………ずっと言ってた………」

イェソンの腕の中の赤ん坊の泣き声が細くなっていく。
それでも不安げな表情は消えなくて。

「ヌナ………また来ます」

そっと囁いて。
立ち上がった。

イェソンに近づき。
その腕から赤ん坊を渡される。

「……っ」

柔らかくて軽くて小さくて………温かいその赤ん坊は。
俺の腕に入るとふ、と泣くのを止め。
うっすらと目を開けた。

「鳶色」

ヌナと同じ瞳。
その瞳に映る俺の顔は………

ヌナといる時と同じ。
幸せに満ちた顔で………

ヌナ………
また、会えた………

もう………離れない………絶対に………
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