One day

□魔王 2
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「迷ってたの助けてもらったの、ルハン、A国の人なんだって」
なつきの肩に手を置いたまま、しばらく息を止めていたあんなヌナは
「はじめまして」
と俺が手を差し出すと
「妹がお世話になりました、ありがとう」
そう言いながら俺の手を握って、ゆっくりと離し、俺の顔を見て口元だけ少し緩めるヌナの表情は………
とても柔らかで。
俺はそんなヌナの雰囲気に流されないよう、奥歯を噛み締めた。
「あれ?シウミンさんは?」
なつきがキョロキョロと首をまわすと、その名前にヌナの肩が揺れて。
そして、シウミンを認めると瞳に涙か浮かんだ。
なんなんだよ。
一時の同情心から面倒見てただけのガキ達だろ。もうとっくに俺らのことなんてどうでもよくなってただろうに。なんでそんなに俺らに会えたこと………喜んでんの?
「オンニ、シウミンさん。ルハンの従兄弟なんだって」
「そう。どうもお世話になりました、ありがとうございます」
明らかに遠い昔を思い出してる、孫を見るばあさん見たいな目でシウミンに微笑みかけるヌナを見てたら、俺は無性に苛ついてきて。
シウミンがヌナに何をしたいのかは以前読めてないけれど。
このまま素直にはい、さよなら、で成長した俺達の幸せな姿を見せて安心させてやるなんて………
絶対にしてやらねぇって………思った。
「映画、オンニ観たいのあった?」
なつきがニコニコしながらヌナを覗き込む。
「あ、先に、イェソン達に連絡」
俺とシウミンはにこにこと笑顔を崩さず話を聞いている。
シウミンの緊張はまだ解けてはないけれど、ヌナに会って目の色はかわった気がする。
「え。クリスさん来るの?」
「あ、来ない来ない、ただ、えと、夕食とかほら」
「ずっと………一緒なの?」
なつきが明らかに拗ねて下を向いた。
ヌナはあー、と唸ってなつきの肩を抱いて。
「わかった今からは呼ばないから、ただ、友達だしね、明日からH国につくまでは一緒に行動するよ」
そう言って電話をかけに離れていく。
「俺らのこと言うかな」
「言わないだろう。クリス達が飛んできて面倒なことになるのは避けるはずだ」
小声で話し合い、俺はなつきのところに寄っていった。
「なつき、すぐ映画見る?」
「うん、そうなるかな、ありがとう、ルハン」
「や、よかったら、俺達とお昼食べない?ついでに遊ばないかな?………シウミン、おねぇさんのこと気になったみたいなんだよね」
「えっ………」
「シウミン結構人見りでさ、こんなこと言うの珍しくて………なんとか協力してやりたいんだけど、ダメ?」
俺が上目遣いで頼んで、通らなかったことなんてほぼない。
「………う、お、オンニに………言ってみる………」
俺はにっこり笑ってなつきに抱きついた。

戻ってきたあんなヌナは、なつきの提案にしばらく狼狽していたけれど、俺となつきがカフェでわぁわぁメニューを見ている様子を見て腹を決めたようで、シウミンと静かに雑談しながら席に座っていて。
「ルハン〜このキャラメルモカストロベリーチョコチップ増量って気にならない?」
「ばっかかよ、そんなくっそ甘そうなのぜってーいらねー!」
「美味しそうなのにー………」
レジの前で項垂れるなつきを商品の受け取り台に押しやり、注文を済ませる。
「オンニ、大丈夫かな………」
商品ができるのを待ちながら、なつきはちらちらヌナ達の様子を気にしてて。
「大丈夫だって、シウミン紳士だからいきなり変なこととかしねぇよ」
「そうじゃなくて。オンニ、昔から知り合いの男の人は多いのに、がさつだから色気なさすぎてモテないってママがずっと言ってるんだよね」
「お前のママなんかすごいな………」
「んー、でもそれはチャンミンもよく言ってる………シウミンさんもそう思ったりしないかな………あんなオンニ大人しくしててもすぐボロでちゃうから………美人なんだけどなぁ」
「チャンミン?」
「あ、幼馴染みなの、隣に住んでて」
「………ふーん。ま、人の評価なんて違うもんだから大丈夫だろ」
用意された二つのトレーを受け取って、ほい、となつきに渡すと。
「え、これ」
なつきがくるくる目をまわした。
「あとで甘すぎて気分悪いとか言うなよ」
「ルハンありがとう!」
なつきはぱああって音が聞こえそうなぐらいの明るい笑顔になった。
ほんっとこいつ食い物関係いい顔するな………
席に行くと、シウミンとヌナは世界情勢の話をしていた。恐らく俺達の身の上からだろう。集団でいると寡黙なシウミンだけれど、よくヌナが研究していた海の情報とかのまとめを手伝いながら小難しい話をヌナやイェソンヒョンとしてたっけ………
ヌナと会話するシウミンは頬を緩め、楽しそうだった。
その情景はますます俺を混乱させる。
シウミンはヌナになにしたいんだ………?
「オンニー、ホットドッグとコーヒーだよー」
「ありがとう、なつき。ルハン君」
「何、話してたの?」
「あ、うん、これから映画より、せっかくだからこの船にある設備で遊ばないかなって話してたの。この船ね、構造が特殊でね」
「あんなさん、それは後で僕が聞くので………」
「オンニそゆの語り出すと長い………」
「あー、そういや、あれな、いいね」

「きゃーきゃーきゃールハンっ手っ掴んで掴んでよおおおおお」
「ほらほら、もっと腰まっすぐにしろって、ちゃんと掴んでるから」
スケートリンクになつきの悲鳴が響き渡る。
俺はけらけら笑いながら、なつきの肩と腰を抱いて一緒に滑る。
船の中のスケートリンクには大勢の家族連れがいて、俺達ぐらいの年齢はちょっと目立つ。特になつきがへっぴり腰でぷるっぷる震えながらリンクに入ってきた時は俺もシウミンもヌナも爆笑してしまって、そこから俺達は注目の的で。
俺となつきが進む方向はモーゼみたいに人混みが割れる。
「ルハン君〜そこでなつき回してやってー」
「OK〜」
「えっ嘘やめてやめてやあああっ」
スピードを確認して俺だけ止まると繋いだ手を中心になつきがくるくるっとターンして。
おおーって周囲から拍手をもらった。
「もおおおおっルハンー‼」
「はっはっ、楽しかったろ?」
やっと回転がおわったなつきが怒っているのでわざと、少し離れたところに立ってやる。
「ほら、一人で来れるもんなら来いよ」
「ううー、見てろよ」
かくん、と膝をおってちょっとづつ俺に向かって滑ってきたかと思うと、勢いがついてすーっと近寄ってきた。
「おっ」
「うわ、わ」
結構な勢いで俺の胸に飛び込んでくるなつき。
さすがに、ちょっとよろけてなつきを抱き締めたままリンクサイドに背中をつけた。
「いて」
「あっ、ルハン、ごめん!」
胸の中のなつきが慌てて背伸びして顔を覗き込んでくる。
おっきい黒目が涙ぐんでる。
「これぐらい心配すんなって」
こつんっておでこをぶつけてぐりぐりしてやると、もおおってまた元気になったから、あははと笑っていたら、不意にポケットの中のスマホが震えた。
『 隣に先に行く ここから別で 』
シウミンからだった。
「あれ?オンニ?」
なつきがリンクを見渡すけれど、二人の姿はもうなかった。
「あーなんか、隣のプラネタリウムの構造ヌナが知りたくなったから先に行くって」
「えー!今日は一緒に、って約束なのに………オンニ、スイッチが入るといつもこうなんだから………」
途端になつきが表情を曇らせる。
「じゃあ俺らも行こう」
手を握ってリンクから出して、靴を履き替えてプラネタリウムに向かう。
なんとなく、流れのまま手を繋いでプラネタリウムに入ると、端の方にシウミンがいた。
………ん?結構密着してるのか?
俺の足音に気づいたのか、ちらりとシウミンが顔をあげた。
暗闇の中でも見える俺達は互いの位置を確認して、一番離れたところに俺となつきは並んで座り、シートを倒す。
「うわぁ、綺麗………」
隣のなつきが冬の大三角形を見てため息をもらした。
「星、好きなのか?」
繋いだ手を少し引き寄せると、なつきの体も寄ってくる。
「うん」
なつきの前髪が目にかかって星が見えにくそうで、指を伸ばしてはらってやる。
「じゃあ、今度俺の家に来たら、親父が所有してる天体観測センター連れてってやるよ、凄いでっかい望遠鏡あって土星の輪っかとか見えるから」
「行きたいそれ!」
いつにするって言いかけてはっと気づいた。

ひたひたひた………

この足音。
ターミナルで聞こえたものと同じだ。

「ルハン?」
無意識になつきを抱き寄せて周囲を見渡す。
シウミンのいた場所は空席になっていた。先に出たんだろう。

カラムと一緒にいた足音がここにいる。
冷や汗が出てきた。
これは俺特有の勘だ。
狩る側の者がいる。

「あ、あの………」
自然と俺に腕枕をされている体勢になっていた、なつきがほにゃりとした声を出した。
「あ、なに?なつき」
「く、首。ちょっと、痛い………」
「あああ、ごめん」
慌ててなつきを腕から解いて、どうしたものかと思案していたら。
「ん?なつき。お前靴反対履いてね?」
「えっ、嘘?あれでもよくわかんない」
暗闇で足をバタバタさせるので、仕方なく脱がして履き直させてやる。
「あ。ありがとう、ルハン………よく見えるね」
「あ、ああ………昔弟がよく似たことして、しょっちゅう直してやったからな」
「弟いるんだ」
「うん、あー、お前似てるかもな、天然なとことか、道間違えるとことかさ」
きゅ、と靴紐を結んで、ぽんぽんってなつきの頭を撫でてやる。
「………弟、かぁ」
「似てるわ、ほんと、はしゃぎかたもかもな」
もじもじとなつきの体が揺れて。
ん?って顔を覗きこもうとしたら、またスマホが振動した。

『やれる?もしくは一晩拘束』
その文字の下にはルームNo.が書いてあって。
『ヌナは?帰さないとさすがにやばくね?』
『なつきを人質に逃げる。とりあえずこの部屋に入れておけ』
『カラムの一味が乗ってるぞ。今回はもういいだろ』
次に送られてきたのは新しID番号とH国からA国へ行きの飛行機のチケットNo.だった。
俺はもう一度深くため息をついてからなつきに声をかけた。

「なつき、腹減らね?」

頷くなつきに、せめて美味しいものを食べさせてやろうと手を伸ばした。


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