One day

□君がいない夜
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「ヌナ、ヌナっ………も、は、なれたくな………ぃ」
泣き叫ぶクリスの目が。
涙のせいだけでなく………
(発光してる?ぐっ………)
そしてぎしりぎりしと拘束される背中に圧がかかってくる。
「クリス……ちょ……落ち着いて」
身じろぎをしようにも、物凄い力で。
「ヌナっ」
肩を掴むクリスの指が肌に食い込んだ。

(痛っ………!)

抱き潰される………!

「狼というよりグリズリーに襲われてるようですね」

声が響いた瞬間、クリスはより強く私を抱き込み硬直した。ぴしり、とあばらに痛みが走る。

「ふ、ぐっ………」

やがて痛みが遠ざかると、動かなくなったクリスの肩越しに見える、仕切りが下ろされその隙間から伸びる腕。

「カラム………」

荒い息を吐きながら、なんとかクリスの身体の下から抜け出し、横たわるクリスのネクタイを外すと、ずるずると仕切りに寄った。
腕が引っ込むと、隙間から黒く大きな瞳が覗く。

「僕としてはあのままクリスに圧殺されてくれても全然よかったんですが。イェソン様にあなたが車に乗ったことを報せてしまったのは愚かなミスでしたね」
「そう、じゃあこのまま私達はアラスカにでも送られるの?」
「それはgoodアイデア!本当に、連絡するのを早まりましたね………とりあえず、血を止めましょうか、不快な臭いだ………」
カラムの言葉に、先程クリスの指が食い込んだ箇所から血が流れていることに気づく。
(まさか、興奮すると………爪に変異が?)
水に濡れたタオルが差し出され、傷口にあてる。
確認すると、引き裂いた痕ではなく握りつぶされたような傷だった。
(よかった………)
カラムも同様の疑問を持っていたようで、私の表情を見ると、
「本当に猛獣だな………僕には………無理だ………」
そう言いながらクリスに向ける瞳を揺らした。

(カラムレベルの人間にも………)

細くて長い、とても形のいいクリスの指先にこびりつく………赤黒い体液。
私の血なのに、まるでクリスが流しているかのようで………痛々しくて………

そっと握り、それを拭うと………涙が溢れてきた。

(この子は………どうすれば、幸せになれるんだろう………)

どこにいても畏怖を抱かれる存在で。

「………イェソンが来たらクリスは?」
「そこまでは決まっていません。空港で合流してから………またお二人で話し合われますか。もうすぐD国が事実上の植民地となります。あそこには他国の研究機関がそのまま残っているはず。新しい檻にはよろしいかと」

檻………

「………シウミンとルハン………タオは?どう………過ごしてる?」
「シウハンは至って全うな……ビバリーヒルズ青春真っ最中ってところですかね。養父の大統領選挙に加勢する為各国の御曹子セレブ達との交流に多忙な日々ですが、特に大きなトラブルは今のところありません。タオは………ファン家にはこちらも立ち入れないので表社会に流れている情報のみの確認になりますが、無事に次期総帥に決定したそうです」
「そう………」

あのまま、あの海辺にいても………与えてあげられるものは………限られていた………

「三人が幸せなら………いい……」
「新しい檻で幸せにやってますよ。そろそろイェソン様と合流します。あんな様、着衣を整えてください」
するすると仕切りがあがっていき、また、クリスと二人きりになった。
後部座席に血の香りと、クリスの体臭であるアクアグリーンの香りが混ざり充満して。
「くっ………甘……ぃ」
あまり濃度の高いものを嗅ぐと発情を促される。けれど、肩と胸の痛みが今はそれを防止してくれている。
キメラの四人に共通するこの香りは人を惑わせる為に組み込まれたもの。
容姿も美しさを作為され形成された子達なのに。
どうやっても人を惹き付けてしまう存在なのに………

なのに誰も彼らの力を受け止めることができないなんて………

「ふぁ、これ……興奮状態に陥ると分泌がきつくなるんだ……つら……」
沸々と血がたぎる気がする。喉が……乾いてきた……

仕切りに手を伸ばして叩くけれど、微かにしか揺らせなくて………

身体が熱くなってくる。整えろと言われた服のボタンを外し、固く目を閉じ、やりすごそうとした時。

「あんな!」

がちゃりと後部座席の扉が開き。

「は………ぃ、ェソン………」
朦朧としだした視界の中にイェソンが入ってきた。
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