One day

□魔王 4
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ルハンside


シャワールームで熱い湯が肌を濡らす。
湯気に混じってあの香りが立ち上がってきて。

「う………」

また、熱を帯びそうになる腰に向けて、お湯から水に換え流した。

「つ、めて!」
鳥肌がたったけれど、おかげでかなり落ち着いた。
バスタオルを巻いてシャワールームを出ると………

「ヌナ!」
ベッドの側面の部分にはなかった柵があがっていて。
ヌナが横たわるベッドは完全に檻のようになっていた。
俺は柵を掴んで揺すぶるけれど、ピクリともしない。
「ヌナ!」
ヌナは俺に向けて顔だけ起こし、首を振った。
「ルハン、無理だと思う………これ………プラネタリウムの裏方にあった技術で………ベッドに元々ついてる金属を特殊な電波で寄せ集めるの………その電波がないと離れない………」
「ヌナ、ごめん」
「ルーが謝ることはないから………」
俺達に凌辱されたのにそれでも優しいヌナの声音が辛くて俺は膝をついた。
「シウ………どこに………」
そこで部屋のどこにもシウミンの姿がないことに気づいた。
「ルハン、お願い………なつきのところに行ってやって」
「え」
ヌナを一人部屋に残していいのだろうか。躊躇する俺に、
「お願い、なつきのいる部屋をイェソンに伝えるだけでもいい………なつきだけは、無事に………お願い………」
まだ血が滲むヌナの手首が伸ばされる。
俺は柵に腕を入れ、その手を掴んだ。
「お願い………守ってあげて、なつきを」
ヌナの目に浮かぶ切実さに、俺は頷いた。
こんな意味のわからない酷いことをするシウミンでも、俺は見捨てることはできない。
あんなヌナにとってなつきは同じぐらい大切な存在なんだろう。
離れて暮らす四年間ほぼ名前を口に出すことなく時折写真を眺め想っていた妹。
俺は服を着ると、ヌナに向かって声をかけた。
「俺がいない間にシウミンが帰ってきたら、警備の配置に変更がないか見廻りにいってるって返事しといて」
「うん………ありがとうルハン」
柵越しにヌナの指が伸びてくる。
俺は頭をその指にすりつけると、ヌナは優しく髪を撫でてくれた。
朝よく学校に向かう時にしてくれた仕草。
『ルー、寝癖ついてるよ、もぉ』
俺に下心のない温もりを教えてくれた人。
「ヌナ、ちゃんとなつきを安全なところに連れていったらすぐ戻るから………」
「お願いね………ルハン」
ヌナの指をもう一度強く握ってから、離した。
ヌナは………目元を緩めて微笑んでくれ、俺は小さく手を振り、部屋を出た。

慎重に廊下に出ると冷たい夜の空気が流れていて。

ぞくぞくと背筋に冷気があがる。

いる………

近くに。

『魔王がくるよ 魔王がくる お父さん 僕をさらいにくるよ 』

膝が震え、冷や汗がぼたぼたと床に落ちた。

でも。

なつきの寝顔が浮かび、俺は足に拳を入れて走り出した。

幸い、なつきが眠る部屋に変化はなくて、なつきもすうすう寝息をたてながら、ぐっすり眠っていて。
シーツを蹴飛ばし、ちょっと腹まで見えてる。
「ほんとお前………」
俺は震える手で寝相を直してやり、部屋を出た。
イェソンヒョンの部屋になんとか近づいて、部屋番号の紙を入れるか。護衛の誰かを操作するか。
どれが一番目立たずことが運べるかと思案しながら歩いていると。

『 ヌナ………! 』

シウミンの雄叫びが響いてきた。

同時に走り去る………あの捕食者の足音も。

俺が息を切らしながらヌナがいた部屋に戻ると。

檻はぐにゃりとねじ曲げ広げられ。
破られた窓から身を乗り出すシウミンがいて。今にも落ちそうな勢いだった。
俺は必死でシウミンの腰にしがみついた。

「ヌナ!ヌナ!あんなヌナ………!」

シウミンが狂ったように叫び続ける視線の先には暗闇の中にバラバラとヘリコプターの羽音が響いていて。
その海上を飛ぶヘリコプターから垂れ下がる梯子に人影があった。

「………まさか」

俺はシウミンと共に床に転がり、ぽっかりと穴が空いた柵を見る。

『魔王がくるよ 魔王がくる 』

「さらわれたのは………ヌナ………?」

ヌナの姿が消えた檻にシウミンの泣き声が響いていた………


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