□コーヒーココア
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「……あ、私です、ユンホ様と合流してからそのまま向かうので……うん、いつもの準備を……」

その名称が聞こえた瞬間的、無意識に体が動いていた。

苺模様のウオールマグに濃いめに入れたココアとコーヒーを注ぎ、ホイップクリームとナッツをトッピングする。
ちょうどあったコーヒーショップの紙袋に、亀模様のウオールマグと二つセットした。

携帯を手に戻ってきたイェソンは、既にコートを手にしていた。

「途中でごめん」

帰るよ、さようなら、等の言葉はいつも絶対に言わない。
私が耐えられないのを知っているから。

玄関まで見送る気分になれなくて、そのまま黙っていると、コートに袖を通しながら傍に来て、抱き締めてくれた。

「チョコケーキありがとう」

ブラウニーっていうんだよ、またいっちゃうんだ、今度はいつ会える?ずっといてって言ったら?言葉にしたいけれどできない思いがぐるぐると頭をめぐって。
涙が出ないように、それだけは。
この人は私といてはいけないんだから。
決意とはうらはらに、温もりから離れたくなくて、何度かコートの背中を掴んでねじって……
そっとキスされて、身体を離した。

「あ、これ、車の中で飲んで……コーヒー入ってるから……」

紙袋を渡すと、ありがとう、と中を覗き、

「……わかった」

少し拗ねた表情を浮かべ、

「二人で飲ませてもらうよ」
「あ、ブラウニーもまだあるけど」
「……うん、くれる?」

まだ少し残っていたブラウニーを手渡すと、バリバリと包装を開けそのまま食べっ……

「えーっ」
イェソンの分はもう食べたやん!

目を丸くする私に、イェソンがぺろっと指についたチョコの欠片を舐めながら唇をとがらせて、

「チョコケーキは僕の」

と言ったのが子供っぽくて可愛くて。
ふふふと笑うと、じゃあ、と私の頭を撫でて玄関を出ていった。

ベランダにまわり、周囲を見ていると表通りの角に黒塗りのハイヤーが停まっていて。そこに近寄るイェソンの姿があって。

「あ……」
後部座席のドアが開かれると、腕が伸びてイェソンの持つ紙袋を掴んだ。
長くて大きな手が紙袋を漁りだすと、イェソンも車に乗り込み、ハイヤーは去っていき。
私はしばらく、その方角を眺めていた。

コーヒーが苦手なのにコーヒーの薫りが大好きで。
甘いものが大好物なあの人にぴったりの飲み物。
口にして美味しいって。
目を見開いて可愛くはしゃいでくれたら、いい……

「ごふっ……うわ、冷えたかな……」
ベランダの寒さに震えながら室内に戻る。
熱もあがってきた感じ……
「やば、とりあえず私もコーヒーココア飲も……」
こくんと喉におちいく、焦げ茶色の液体。
甘くて、ほんのり苦くて……

「……ぴったりだったなぁ……」

私の想いに。

「ハッピー……バレンタイン……か」

マグカップを指で弾く。

「どこが、やねん」

それでも、渡せただけでも……
あの手を、見れただけでも……

頬を伝う涙が雫となり、マグカップを濡らしていく。

3つのマグカップの間で一人泣き崩れる私を、朝日が照らしていた……


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