Book-black
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雨の夜は酷く不安になる。三蔵や八戒みたくトラウマめいているわけじゃないけれど、心がザワザワするからひとりが怖い。私の場合、日中の雨は好きだったりするから変わってるんだけど。
「ねぇ、起きてる?」
「…ああ」
隣のベッドで眠る三蔵に声を掛ければ、やっぱり不機嫌そうな低い声で返事が返ってくる。
「そっち行ってもい…」
「却下」
「…デスヨネェ」
多分私たちは恋人なんだと思う。自信がないのは愛されている確信がないから。だってこの人は、好きを受け入れてくれたくせに、言葉も態度も何一つ変わらない。むしろ、近寄るな、というオーラさえ出しているような気がしていた。
やっぱり私なんて、誰からも愛されないのかな。
一行に出会って助けられて、その上拾ってもらって、マイナス思考はやめようと決めて、ある程度改善してきたように思えていた。強くなれたような気がしていた。こんなことなら、この想いは心の奥にしまって鍵を掛けてしまえばよかった。屋根を打つ雨音のせいなのか、過去を思い出して胸の中が苦しい。
「うぜぇんだよ、その溜息」
「え?あ…ごめん。自覚無かった。気を付ける…」
溜息なんて、吐いてたんだ。それも、ウザがられるくらい何度も。全く自覚がなかったものだから、兎に角これ以上機嫌を損ねないように頭から布団を被った。
ああ、だめ。
雨と暗闇が、弱い心に拍車を掛ける。
やっと、誰かに必要としてもらえたことが嬉しかった。それだけで良かったはずなのに、三蔵と出逢って、好きになって、欲張りになってしまったのだ。
「チッ…だから女はうぜぇんだよ」
ばさっ、と衣擦れの音が聞こえてから、私はすぐに驚いた。頭から被っていた布団は、暗闇でもはっきりと分かるほど不機嫌な彼によって半分捲り上げられてしまったからだ。
「さ…さむい…」
「泣いてんじゃねぇよ」
「は?泣いてないじゃん…」
思わず目元に手をやったけれど、やっぱり濡れてなんかいない。三蔵は時々、おかしなことを言う。そればかりか、ベッドに横になっている私を端に追いやりながら、その身体を滑り込ませた。
至近距離にある端整な顔立ち。自分から言い出したことではあったけれど、予想以上の恥ずかしさに逃げ出したくなって狭いベッドの中で距離を取ろうとした。でもそれは叶わなかった。
三蔵の右手が、私の腰に回ったからだ。
「我儘も大概にしろ」
言葉とは裏腹に、優しい手が私の頭をゆっくりと撫でた。それだけで、さっきまでの不安は何処かへ飛んでいってしまった。狡い人だ。
胸に顔を埋めて、深く息を吐く。聞こえる呼吸音と規則的な心音はまるで子守唄のようで、少しの緊張感と安心感から眠りへと誘われていく。
「ねぇ…だいすきなの…」
落ちる寸前に口にしたそれ。
都合のいい私の耳には、『俺もだ』という心地のいい低い声が届いた。
You mean so much to me.
陳腐な言葉なんざ吐き気がするだけだろ。