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□秘密の味
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乃吾と美都

4月1日

土曜日の年度始め
世間は春休みで正に四月馬鹿が沢山出るような日

美都はいつも先に起きて朝食を作る乃吾の元へキッチンに向かった

晴れた空に太陽がでてきらきらと反射する光が乃吾に降り注いで
おはよう
と自分に挨拶する彼が好きだ。

美都の中で彼ほど朝日と白が似合う人はいないと思う。

細く睫毛の多い半透明の瞳が笑顔で細めるその表情が好き。
体格は細くはないのに触れてわかる身体の薄さが好き。
大きく細い手が好き。
何よりも自分をみるときにしかしない安心したような瞳が大好き

美都は彼に会えば必ず乃吾に触れて彼と話す
彼の全てを愛している。

そして彼も同じくそう感じているはず
にやけそうになる表情を抑えてキッチンへ辿り着く。

「あれ、おはよう 早いね?」

「おはよ」

「?」

言葉を交わしただけで乃吾の日本人離れした瞳が揺らいだ。

いつもと違うからである。
美都はふわりと端正な顔を綻ばせて乃吾へ笑顔を向ける。
朝食を作る手伝いや愛の言葉を投げ掛ける。
必ず自分に触れてキスを交わす。
今日はそれがない


笑顔処か心なしか挨拶も冷たい気がする
目もあわない

最初に来たのは心配だった
自分は気にしすぎる節がある。
そう毎日機嫌がいい人間なんていないものだし何か理由があるはず
彼はそう簡単に嫌いになったりする人ではないと知っているから
もしかしたら体調が良くないのかもしれない。
一緒にいても分からないことは沢山ある。それは当然の事


「美都くん、元気ない?」

朝食作りの後片付けをしていた手を止めて席に座る美都に近付き声をかける
今日は自分からそっと肩に触れる

「いや、なんもないけど 何?」

相変わらず目の合わないまま答える口調はぶっきらぼうで
人より血の透けた赤い唇が目にかかった髪から見える

「っ、そっ、か ごめんね 朝ご飯…」

「いらない 出掛けてくる」

「仕事……?」

「いや」

どうしたのだろう
彼が自分の作った食事を食べなかったことなんてなかったのに

明らかに違う態度
突然のことでドクドクと心臓が鳴る
何か自分がしてしまったのか
何かあったのか
遂に自分に愛想をつかしてしまったのか

なんにしろ彼が自分を避ける態度をとることに傷付くよりも先に自分が傷つけてしまったのではと疑った

1度自分は彼を苦しめた
自分の気持ちに逃げたことで結果彼は酷く苦しんだのにまだ自分を愛してくれていたし見つけ出してくれた。

「っ、……」
再会できた大切な人を失うのが怖くて
ショックからかくらくらと視界が歪んで机に手をつく

彼といたことで安定していた気持ちが段々と乱れて
乗り越えたものは沢山あるはずなのにこんな態度をとられたことが初めてで動揺し彼が出ていけばもう戻ってこないのではと考えれば怖くなり、美都が勝手に自分から離れる事はしないはずだと信じ乃吾は玄関にいる彼の背中を追いかけた

「美都……!」

予想をしていなかった美都の姿に乃吾も立ち止まりまた混乱する

玄関の前に立つ美都の背中はひどく小さく見えて震えていた
何か腹をたてていたのは美都の方だと思っていたが違うらしい

もう一度

「美都」

優しい声色だった
美都は大好きな少し低めの柔らかな声に振り向く

表情はまた想像していなかったもので、白い睫毛が濡れていた

「ご、めん……ごめんなさい……乃吾っ 嘘つこうとしたけど無理だった……」

「っえ、と……」

ほんの数メートルの二人の距離を走って向かってくる美都の表情は酷く悲しげで
言葉の意味も分からずまだ落ち着かない感情に美都が飛び込むように抱き付くのを受け止められずそのまま床に倒れる。

「美都くん……?話して?ゆっくりでいいから ね」

こんな状況でもしっかりと頭を打たないように手で支えてくれる美都に彼が一番落ち着くその声で話すが乃吾は不安な気持ちが少し薄らいだのにぐるぐると回る気分の悪さが消えないことに嫌な予感のようなものを感じていた。

だが目の前の大好きな恋人が自分に謝る理由とその悲しげな表情を消す方が彼にとっては最優先であった。

「今日……4月1日……」

自分の上に重なっていた身体を起こして乃吾の肩に手を回し状態を起こしながらぼそりと呟く

乃吾は言葉の意味を考えた

4月1日……
……エイプリルフール?

「……それで、嘘を?」

「……ごめん、本当に傷付けた… 俺まで傷付いた…」

捨てられた犬みたいだ

という表現は良く聞くが本当に、まさにそうだ。きっとこれが一番ぴったりの言葉だったんだろう

しゅんと頭を下げて白い手で泣いていたのか涙を拭う仕草をする目の前の愛しい恋人

「エイプリルフールのジンクス、その日ついた嘘は叶わない……から、脅かそうと思ったのと反応見たかったし……だけど……俺が無理だった」

……なんて理由
子供じみていて、他につく嘘はなかったのかなんて思われると思っている想像しやすい彼に思わず笑みがこぼれる

「ふ、っふふ、あははっ 美都……そんな嘘つかなくても離さないって言ったでしょう? 君が傷付く事はもうしたくないから ね ずっと一緒にいて? 」

「乃吾……好き……大好き」
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