松のべる

□甘ったるい俺の幸福論。【おそチョロ】
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「ひっ…ぐすっ、うー…んっ、うぅ…」
すすり泣く声が襖で閉ざされた子供部屋から聞こえてくる。押し殺したような泣き声。俺はやれやれ、とため息をついた。

襖に手をかけて少しだけ、開ける。見えたのはもぞもぞと動く明るい緑の物体。窓を開けたままなのか、四月のほんのちょっと冷たい風が、ゆうるりと頬を撫でた。

あーあ。窓開けっ放しだったら体が冷えるだろぉ。お前冷え性で寒いのは兄弟の中でも苦手な方なんだから。

グッ、と取っ手を掴む指に力を込めて静かに襖を開けた。緑色が部屋の真ん中で小刻みに震えている。

「チョロ松」

俺が呼ぶとそれは大きく震えた。こっちを向かないあいつの視線は絡まない。大方、涙でぐちゃぐちゃな顔を見られたくない、とかそーゆープライドが捨てきれないんだろう。

バカだねぇ。俺が、お前の泣き顔好きなの知ってるだろ?

「…チョロ松」

さっきよりも優しい声で、もう一度呼び掛けた。思った以上に優しくて甘ったるい声が出てしまったけど、そこは気にしない。

ゆっくりと部屋の中央で踞るそいつに歩み寄る。向けられた背中は兄弟一細くて頼りない。小さいって言うか、庇護欲と加虐心が一気に込み上げてくるみたいな。

「チョロ松、どした?」

そっと、可愛くて堪らない弟の綺麗に整えられた頭に触れる。じんわり暖かい頭を撫でながら、にこりとした笑みを浮かべて優しく、優しく。

「…お゙、そまづ、にーさっ…」

ゆっくりと、弟が顔をあげた。あーらら。予想通り涙でぐちゃぐちゃ。鼻水も出てるし。あーもう。可愛いなぁ、こいつ。なんて自然に上がりそうな口角を慌てて抑えた。

「おーおー。ぐっちゃぐちゃだなぁ。ほれ、顔拭け」

「うる、せー、ばか、あほ」

言葉にキレがないよ〜チョロちゃん。舌っ足らずな感じがいつもの滑舌お化けのギャップ出ててすごくいい。可愛い。あー、ほんと。可愛い。

近くにおいてあったティッシュ箱を手繰り寄せて鼻をかませて涙を拭う。それから、この細っこい体を柔らかく抱き締めて。

「ゆっくりでいいから、兄ちゃんに話してみ?」

そしたら楽になるかもよ?なんて甘く優しく囁けば。

「うっ、ん…おそまつにーさん、あのね…」

ほらな。鼻が詰まったままのか、たどたどしく話し出すチョロ松に、俺は見えないところで密かに笑みを浮かべる。



チョロ松がこんな風になるのはだいたい周期が決まっている。

大抵は一ヶ月に一回。やりたくもないファッション就活がうまくいかなかったり、お気に入りのアイドルのライブがとれなかったり。理由は様々だ。

こいつは他の兄弟と違って生真面目なところがあるから、ストレスもたまりやすいんだろう。俺たちみたいに適当に考えておけばいいのに、とか思うのだがこの弟はそうもいかないらしい。ま、そんなところが可愛くて放っておけないんだけどね。俺のチョロ松超可愛い。

「よしよし。ゆっくりでいいから、兄ちゃんに全部話しちゃいな」

右腕で頭を撫でながら、左腕でチョロ松の体を抱き締める。男のはずなのに、細くて力を込めたら折れそうな体。あぁ、こいつまた痩せたなぁ。たくさん食わせねぇと。

「あ、のね、僕さ、頑張ってるのにさ、みんな、ふっ、うぅ…」

「そーだなぁ、お前頑張ってるよなぁ。兄ちゃんは知ってるよぉ」

「なのにさ、みんな僕のこと、ばかにすんだ、僕、こんなに頑張ってるのにぃ…!」

「お前は頑張ってるのになぁ」

「就活、だって、僕がんばってるのに、ぜんぜん、しゅうしょく、できないし…!」

ぼろぼろとチョロ松の小さくて綺麗な瞳から大粒の涙が零れ落ちた。肩口が涙に濡れてじんわり熱い。ひっく、としゃくりあげ始めた体を苦しくない程度に強く抱き締めて、そっかそっか。と呟いた。

「お前は頑張ってるよぉ、兄ちゃんが保証する。俺達の中で一番頑張ってくれてるんだからな、ありがとうな」

「ふっ、ゔ…うぅ…」

「あー、ほらほら。泣くなって。目、腫れちゃうよ?」

「おそ、まつ、にーさ」

ぎゅう、と弱々しい力でチョロ松が俺にしがみつく。それがまるで俺にしかすがれない小さな子供みたいで。

あぁ、ほんと。ゾクゾクする。

「おそま、つ、にーさっ、みとめて、僕のこと、みとめて、褒めて…」

ぼろぼろと涙を流すチョロ松が、懇願するように、小さく呟いた。

こいつは承認欲求が強い。人に認められたくて、認められたくて、努力して。でも空回って認められないかわいそうな子。認められたい。そんなことのために努力して、ライジングして、ぶっ壊れる。

こいつはただ不器用なだけなのだ。

そして、その不器用さが、堪らなく愛しい。

「よーしよし、チョロ松。いつもすごいな。俺らには出来ないよ。俺らのために頑張ってくれてありがとうな」

チョロ松にとっては甘い甘い、自らを認める言葉。俺が頭をその丸っこい頭を撫でながら言う度に、嬉しそうに目元を緩ませてふにゃりと笑う。

「社会なんか、「当たり前だ」とか言って認めてくれないもんね。兄ちゃんは、俺だけはチョロ松のこと、認めてあげる。褒めてあげる」

「うんっ…おそまつにーさん…」

またぎゅうっと抱き締めた。俺の胸の中におさまるこいつがたまらなく愛しくて愛しくて愛しくて愛しくて愛しくて愛しくて。




なぁ、知ってる?俺ね、お前のこと好きなの。兄弟愛とかじゃなくて、ほんと性的に。ほんとなら社会にも出したくないし、なんならどこにも行かないように俺だけが知ってるところに繋ぎ止めて閉じ込めておきたいくらいに。

でもお前は「兄弟だから」とか「男同士だから」とか言って堕ちてくれないだろうから。

「チョロ松はいい子だね、いい子いい子。兄ちゃんは認めてるよぉ」

「おそまつ、にーさん…」

今、トロンとしたチョロ松の瞳には、俺だけしか映ってない。それだけで俺の中のどす黒い独占欲が満たされていって。

あぁ、早く堕ちてこないかなぁ。

それまでじんわりと蝕むような甘い甘い毒を。その細くて華奢な体にたっぷりと注いであげる。

それはじわじわじわじわお前の中で回って、やがて。


「いい子だね、俺のチョロ松」



 
 これが、俺の愛情。絶対的な幸福論。








2446字。お粗末。

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