お話

□もっと君に近づきたいんだ。 4
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かれこれ10分
俺の目の前には、扉。
自分の家の玄関だ。ドアノブに手を伸ばし、ひっこめる。何度も何度も繰り返した。
止めたかと思えばその前を右へ左へうろちょろする。
だって入りにくいんだ。ゆっくーりドアノブを下に下げると鍵は開いていたから、きっと部屋の中にクロはいるだろう。
はあ。椿、程ではないけれど、心の中は憂鬱だ。
御園の家を出てどの位の時間がたったのだろうか。

「…よし。」
覚悟を決めたのはその5分後。ドアノブを掴みフーッと深呼吸をした。
音を立てて扉が開く。玄関、リビングまでの廊下は暗く、電気もついていなかった。
その奥の(そこまで遠くないが。)リビングのドアについたガラスには光が見えた。リビングにしか明かりは付いていないようだ。
第二の扉があれば一瞬くらい躊躇する奴は多いだろうが、俺は、まあなんか馬鹿らしくなって躊躇することなく扉を開けた。
「ただいま。クロ。」


ピロリン♪
は?
よく聞き覚えがある、いや、無理にでも毎日耳に入ってくる音。
クロがよくやっているゲームの音だった。
ソファーに座るクロの後ろ姿が、リビングに入った俺の目に映った。
だから勿論顔なんて見える訳がなく…。
「…クロ?」
近づき、顔を覗く。
「…。」
ゲームをしてるはずなのに。好きなことをしてるはずなのに、目が思いっきり死んでいた。
電気消したらマジニートの様な顔つきだ。
「…クーロ。」
もう一度話しかけてみる。
カタン。音をたててゲーム機を床に置いた。
座ったままのクロと、立ち尽くす俺。そこに無言が訪れた。

どたん。気づいたら床に倒れていた。目の前にはクロの顔。抱きしめられて倒れたんだなって、今更思う。
付き合ってるんだから、この際この事は気にならなかった。
「…なんでいなくなるんだよ。」
俺の耳元に顔をうずめていて表情は見えなかったけれど小さなクロの声は届いていた。
「…。」
ふふっ、と俺は笑ってクロの頭を撫でた。ぐずる子供を優しく撫でる母親の気持ちになった。
「クロ。」
「…」
「クロー。」
「…。」
顔を上げたクロの顔とその上の天井が見えた。
笑顔でクロの頬を優しくさすった。
「ありがとな。俺の事、心配してたんだな。」
「…。」
「あの時も、話を逸らそうとしてくれたんだな。俺の事考えて。」
「…。」
いつものポーカーフェイスに見えるが、唇が微かに震えていた。
それを見せないかのようにまた俺の首元に顔を埋めた。
「…お前の事嫌いな訳じゃない。」
「ああ。」
「…一緒に生きたい。」
「ああ。」
「…だから、」
「…うん。」
腕を引かれて起き上がった。床に座ったまま、じっと顔を見つめ続けた。
「オレ、人間になりたいんだ。」

っ…。
「あははは!」
俺は思わず笑ってしまって、それをクロは「は…?」みたいな顔しながら見ていた。
「意味わかんねー…」
「ああ、ははは!そうだな。そんな答えもあったんだな。」
あの時の涙は何だったのかと、馬鹿らしくなってきた。
話せばよかった。きちんと。話を聞けばよかった。きちんと。一番悪いのは俺だった。
「…好きだ真昼。」
「うん。俺も大好きだ。」
さっきとは逆に、俺がクロに抱き着いた。それをぎゅっと抱きしめ返してくれる。
「探そうよ。俺たちらしい道を。」
「ああ。何が起こるか分からないけどな。」
二人で笑って、仲直りのキス。みたいな当たり前の展開で俺たちは唇を重ねた。


引き込まれそうな月の美しさと、引き込まれそうなお前の瞳に誘われて、
俺は夜に落ちていった。
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