青薔薇は焔に散る

□第二章
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「はぁ、そういうもんですかねぇ…って、姫様。あそこ、なんか揉めてません?」
「まあ、見覚えのある子が…森羅隊員ったら。今度は何をしでかしたのかしら。それとも巻き込まれた側?」

森羅は何やらしきりに大柄な男性に話しかけようとして、やけに露出の多い少女ーー女性隊員に邪魔されている。女性隊員の方はともかく、男性には見覚えがあった。

「バーンズ大隊長…ああ、そういうことですのね」
「げげっ、パパ!?こっち見た?見た?」

第1特殊消防隊大隊長、レオナルド・バーンズ。中老と呼ばれる歳でありながら、鍛え上げられた鋼のごとき体躯には加齢による緩みなど僅かも見受けられない。
右目は“焔ビト”から受けた傷により眼帯で覆われているものの。残された左目が宿す眼光は、触れたものを切り裂かんばかりに鋭い。森羅はよくもまあ、冷たくあしらわれながらも食い下がっているものだ。
かつて目を通した資料によれば、森羅の母親と弟が亡くなった火事の救助を行ったのは第1ーーそれも、バーンズの率いる小隊だった。何故かを尋ねたことはないが、森羅は火事の原因が己以外の外的要因にあると確信しているようだ。その手がかりを掴むべく、当時の状況を知るはずのバーンズ大隊長に接触したのだろう。

「(…でも、あの火事の報告書はたしか…なるほど。わたくしの推測が正しければ、バーンズ大隊長が二等消防官である森羅隊員に容易く話すわけがないわね)」

だが、森羅も決して諦めはしないだろう。はてさて、この先どうなるか。他の隊の大隊長とトラブルを起こしたともなれば、第8そのものの評判に関わる。穏便に解決してもらいたいところだが。バーンズ大隊長の視界から僅かでも逃れようと、物陰に逃げ込もうとする十六夜の服を掴みながら、ひとりごちるエイレーネであった。


◇◇◇


競技場の外れに、五階建てのビルほどはあろうという巨大な建造物が設置されている。
ごちゃごちゃとパイプやら看板やらタンクやらクレーンやらがくっついた、煩雑極まりない建物だ。パイプからは時おりボウボウと炎が噴き出している。火災現場に見立てるため、屋内に炎と煙を発生させているのだ。

「社長、また大変なものを作りましたね」
「わたくしは昨年の新人大会も観戦しましたが、以前の建物よりも規模が増しているように見えますわね」
「はっはっは。今回は自信作でしてね、内部を複雑な迷路化しているのです。そう簡単には突破できませんよ」

特殊消防隊の役割は“焔ビト”の鎮魂だけではない。一般人の避難誘導や救出活動も含まれる。隊のポリシーにも寄るが常識的に考えて現場では人命救助が最優先とされるため、つまるところ特殊消防官は腕っぷしだけでは務まらないのだ。炎と煙で視界の悪い火災現場を焦ることなく効率的に探索し、一刻も早く要救助者を保護して“焔ビト”を鎮魂する。求められるのは冷静さ、判断力、そしていざという時の決断力。仲間との協調性。単純に能力が高ければいい、というほど簡単な仕事ではない。

「火事場に見立てたあの建物に、一斉に突入してもらう!障害を突破しーー要救助者を助けてから最も早く“焔ビト”役の隊員の元に辿り着け!最も早く“焔ビト”を捜し出し鎮魂せよ!」

ビルから一定の距離を取ったライン上で、新人消防官が一列に並ぶ。審判役の消防官が放つ炎を合図に、ビルに向かって駆け出した。その集団から飛び出した、ひとつの影。森羅だ。あっという間に最上階まで飛翔し、窓から屋内へと侵入する。

「おおっ、あれが森羅隊員」

リヒトが身を乗り出した。珍しい玩具を前にした少年のように目を輝かせる。純粋と言えば聞こえがいいが、この男も灰島の研究者。彼の目に映る森羅の姿が、人の形をしているかは疑わしいところだ。

「森羅隊員の経歴書によると、彼は一時灰島の研究施設に身を寄せていたとか」
「ええ、僕は当時まだ灰島にいませんでしたので、データの記録でしか知りませんけど。いやぁ、あの機動力は素晴らしいですねぇ。飛行能力を持つ能力者はかなりのレアですよ。森羅隊員、灰島に引き抜けないかなぁ」
「彼は消防官の仕事にやりがいを感じていますので、それはなかなか難しいかと存じますわ」

しかし、とエイレーネは眉をひそめる。

「建物を用いるため致しかたないとは言え、これでは競技内容がさっぱりわかりませんわね」
「ですよねぇ。でもかと言って屋外で競技しても、高火力の第三世代があっという間に“焔ビト”役を制圧して終わってしまいますし」

旧時代に普及していた監視カメラが、現代でももっと一般的な技術となれば良いのだが。…と言うか。

「(この建物は灰島製なんだから、監視カメラ映像を巨大なスクリーンに映すくらいのことはできそうなものだけど)」

何故そうしないのか。
エイレーネは横目でちらりとリヒトを観察した。彼はにやにや笑いを貼りつけたまま、競技場から目線を離さない。
森羅に遅れ、新人消防官らがビルに到着する。しかし扉は耐火性のシャッターが降りて、容易に侵入できないようになっているらしかった。
一口に能力者と言っても、その種別は千差万別。自身で炎を生み出せる第三世代能力者だとしても、攻撃系の能力でない場合もある。強固な扉を前にして、立ち往生している者もちらほら見受けられた。

「(どのような能力が発現するかは、ほぼ運ですものね)」

エイレーネ自身も第二世代能力者だ。便利で稀少な能力であるが、いかんせん攻撃性は低いため、どこに行くにも護衛は必須である。
その点、森羅の能力はかなりの“当たり”だろう。まずあの機動力の高さ、リヒトが言うように飛行能力は大変有用だ。炎を足からしか出せないという欠点はあるが、むしろ両手を自由に使用できるという意味ではメリットにもなりうる。

「あ、また一人突破しましたよ」

十六夜が指差した先。フードを目深に被った消防官、アーサーが装甲の薄そうな壁を手にしたプラズマの剣ーーエクスカリバーで切り裂き、屋内に侵入した。ほほう、とリヒトが感嘆の声を上げる。

「あれがアーサー・ボイル君。いやはや、大したものですねぇ。炎をプラズマ化するためには数千度から1万度以上に温度をあげなければならないとされますが、そこまでできる能力者はこの国中を見回したところで片手の指に足りるかどうか。殿下ご贔屓の第8は優秀な人材が揃っているようで羨ましいです」
「ふふ、お褒めに預かり光栄ですわ」

実際訓練校においても、森羅とアーサーの“実技面においての”成績はトップクラスだった。もっとも二人とも、それ以外の面で色々と問題がありすぎたのだが。

「火が怖くてたまらないから、消防隊に囲まれてしまえばすぐ消してくれて安心だと思ったのに!!だから消防隊に入ったのに!!」

突如、立ち往生していた大柄な消防官が叫び出した。ヘルメットの番号からして、第2の新人消防官なのだろう。エイレーネは事前資料を脳内で思い起こした。名は武能登。東京皇国から海を越えて遥か彼方、国民の食を支える重要な農地、中華半島の出身である。

「火だぁー!!怖いィィィ!!あっちいけェェ!!」

消防官にあるまじき台詞を叫びながら、武は炎の噴き出す己の手を振り回す。炎はたちまちミサイルの形となって、ビルへと殺到した。盛大な爆音。着弾と共にすさまじい煙が上がり、びりびりと空気が震える。ビルの壁面にはあちこち大穴が開いてしまった。

「おおっ。これはなかなかすさまじい火力ですねぇ」
「ですが些か乱暴過ぎます。万一建物の入り口付近に人質がいたら、被害に巻き込みかねませんわ。そもそも消防官が炎恐怖症で勤まるのでしょうか」

小さな影が爆風にあおられ宙を舞う。先ほど森羅と揉めていた、第1の新人消防官だ。名は確か、環古達と言ったはず。炎を猫の尻尾や耳、爪のように変化させる第三世代能力者だ。

「姫様ぁ。これ、大丈夫なんですかねぇ。中で要救助者役も“焔ビト”役も揃って瓦礫に頭ぶつけてお陀仏でした、とかわりとヤバくありませんかぁ」
「そうですわねぇ…。演者の方も消防官なのですから、大丈夫だとは存じますけれど」

もはやビル前はパニック状態だ。武はオロオロしながらミサイルを乱射し、他の新人消防官らはせっかく開いた穴から侵入することにも思い及ばず、右往左往するばかり。
早く森羅か誰かが要救助者を保護した上で“焔ビト”役を倒し、競技を終了させてくれないだろうか。そんなことを考えた、その時。
ボン、と勢いよく何かが宙を飛んだ。

「…え?」

ひらひらと舞うそれが、ビルの天井の一部だと気付いたのは数秒後のこと。見れば、ビルの上部にちらちらと赤い帯のようなものが見える。誰かのーー恐らく環の炎で、ビルの天井を破ったのだ。
どうしてだろう、と首を傾げたその時。びり、と空気が震えたーー気がした。

「姫様!」

突然、十六夜が飛びかかってきた。エイレーネを椅子から引き剥がすようにして、後方に飛びずさる。いったいどうしたの、と口にするよりも早く。

ーービルが爆発した。



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