私の中の永遠

□〜第六訓
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「俺が以前から買いだめしてた大量のチョコが姿を消した。食べた奴は正直に手ェ挙げろ。今なら3/4殺しで許してやる」

とある穏やかな昼下がり。柘榴色の目を珍しく鋭く光らせた銀時が、宣言と共に万事屋の面々をじろりと睨み付けた。
最初に呆れた様子で溜息をついたのは、湯呑を手にした新八だった。

「3/4ってほとんど死んでんじゃないスか。っていうかアンタ、いい加減にしないとホント糖尿になりますよ」
「新八君の言う通りです。チョコの件は身に覚えがないですけど…イーヴ、あなたじゃないわよね?つまみ食いはダメっていつも言っているもの」
「きゅきゅう!」

勿論だ!と言うようにイヴリンが高く鳴く。抱き上げてみても、チョコレートの匂いなどもしない。犯人ではなさそうだ。自分は絶対に違うし、新八は人の物を勝手に取るような人間ではない。とすれば、残る容疑者はただ一人。静菜、銀時、新八の視線が一点に集中する。

「またも狙われた大使館。連続爆破テロ凶行続く…。物騒な世の中アルな〜。私恐いよパピー、マミー」

新八の隣でわざとらしく新聞を広げる神楽。その鼻からダラダラと鼻血が流れている。

「まあ大変。神楽ちゃん、大丈夫?」
「イヤイヤ恐いのはオメーだよ幸せそーに鼻血たらしやがって。美味かったか俺のチョコは?」
「チョコ食べて鼻血なんてそんなベタな〜」
「銀時さん、落ち着いて。お説教は手当の後にして下さい」

静菜は新八からティッシュを受け取り、固くまとめて神楽の鼻に詰めた。下を向かせ、つんと形の良い小鼻を濡れハンカチ越しに指で抑える。

「苦しいヨ〜」
「我慢して、上を向いちゃダメよ。じきに治まるからね」

それからしばらくして、神楽の鼻血は無事に止まった。悪い病気の予兆などではなかったようで、ほっとする。

「よしもういいな?もういいよな?神楽ァ、テメー覚悟できてんだろうなァ…。鼻血から糖分の匂いがプンプンしてんだよ!下手人は間違いなくテメーだ!!」
「バカ言うな、ちょっと鼻クソ深追いしただけだヨ」
「神楽ちゃん、女の子がそんな事しちゃダメよ」

こういう時、女の子にはその子を優しく教え諭す年上の存在が必要だと実感する。自分はとても普通の女の子ではないし、女らしいファッションやキラキラした世界にはあまり詳しくない。どうすればこの食欲の権化のような少女に、女の子のマナーやあれやこれを教えてあげられるだろう。自分にはどうにも荷が重い気がする。

「年頃の娘がそんなに深追いするわけねーだろ、定年間際の刑事かお前は!!」
「喩えがわかんねーよ!って言うか落ち着け!」
「待って下さい銀時さん。神楽ちゃん、ちょっとお口あーんってしてくれる?」
「あーん」

素直にぱかっと開けられた神楽の口の中を覗き込む。綺麗に並んだ白い歯の間には、明らかにチョコだと分かる茶色い汚れがこびりついていた。ふわっと甘い口臭も漂ってくる。

「やっぱテメーじゃねェか!!このチョコ泥棒−っ!!」
「酷いネ静菜、私を嵌めたアルか!?アナタだけは私の味方でいてくれると信じてたのに!!」

わっと泣き伏す神楽。反省の色がまるでない。

「いや、この流れでどうして静菜ちゃんが責められるのさ。どう考えたって悪いのは神楽ちゃんでしょ」
「ごめんなさい神楽ちゃん。でもつまみ食いはいけない事なのよ。あなただって、自分の名前を書いたプリンを銀時さんに食べられたりしたら腹が立つでしょう?」
「そんな酷い事をしたら、私の拳の重さを己の身体で計ってもらうネ」
「自分を棚上げして何言ってんだァァ!!」

銀時が絶叫した、その時。ドカンと大きな音と共に、万事屋の建物全体が地震のように大きく揺れた。

「な、何?」
「なんだなんだオイ」

銀時がガラリと窓を上げる。下を見れば、“スナックお登勢”の店先でスクーターがひっくり返っていた。運転手らしい男性が倒れ、周囲には彼が運んでいたらしい郵便物が散乱している。どうやら飛脚の男性が、ハンドル操作を誤って運悪くスナックに突っ込んだらしい。店の周りには、すでにちらほらと野次馬が集まり始めていた。

「事故か…」
「大変だわ。酷い怪我じゃないといいけど」
「きゅっ」

イヴリンがパタパタと事故現場へ舞い降りていく。静菜達も駆け足でその後を追おうとしたが、それより早く店から飛び出したお登勢の怒号が飛んだ。

「くらあああああ!!ワレェェェェェ!人の店に何してくれとんじゃアア!死ぬ覚悟できてんだろーな!!」
「ヤベェぞあれ、あいつこのままじゃババアに永眠されちまうんじゃね?」
「お登勢さんを早く止めないと。行きましょう」

万事屋一行が慌てて階下に降りると、今まさにお登勢が男の胸倉を掴み上げ、拳を振り上げた所だった。

「ス…スンマセン。昨日からあんまり寝てなかったもんで」
「よっしゃ!今永遠に眠らせたらァァ!!」
「お登勢さん、怪我人相手にそんな!」
「どど、どうか落ち着いて下さい。その人が死んでしまったら、損害賠償請求をする事もできませんよ!」

静菜の言い分をもっともだと思ったらしい、お登勢はようやく男性を放してくれた。
傷の具合を確かめた新八が、険しい顔で首を振る。

「…こりゃひどいや。神楽ちゃん、救急車呼んで」
「救急車ャャァアア!!」
「誰がそんな原始的な呼び方しろっつったよ」
「ええと…私が呼びます。お登勢さん、お店の電話お借りしますね」

スナックの電話を借りて救急に通報し、店先に戻ってくると、万事屋の三人が微妙な顔を見合わせていた。

「あら?皆どうしたんです?」
「あ、静菜ちゃん。見てよコレ」

銀時が手にしているのは、懐に仕舞えるくらいの平べったい包みだった。飛脚の男性がばらまいた物のひとつだろうか。

「そこのオッチャンに頼まれたんだよ。大事な届け物で、今日中に届けそこなったらクビになっちまうんだと」
「ああ、万事屋の依頼を受けたわけですね」
「つっても依頼料貰ったわけじゃねーから、タダ働きなんだけどよ」
「引き受けてあげましょうよ、銀さん。事故で怪我した上にクビになるなんて、踏んだり蹴ったりにも程があります」
「そうですよ、お気の毒です」

新八と静菜の意見に、銀時もしかたねェなと嘆息した。ぶつくさ言いつつも結局は引き受けてしまうところに、銀時の人の良さが現れている。

「チョコでお腹も膨れた事だし、食後の運動にちょうどいいネ」
「やっぱテメーの仕業だったじゃねェか。チョコの代金は給料からきっちり引かせてもらうからな」
「銀時さん、その話は後で…イーヴ?」
「ぎゅー…」

琥珀色の瞳で小包を睨みつけていたイヴリンは、次の瞬間大口を開けて小包に飛びつこうとした。とっさの所で銀時がの飛びのく。

「ぎゅぎゅぎゅぎゅ〜!!」
「おわっ、何だァ!?」
「イーヴ、何するの!」

慌ててイヴリンを抱えるも、イヴリンは相変わらず敵意のこもった視線を小包に向けていた。

「ど、どーしたのいきなり!」
「こんな怖い顔したイーヴ、初めて見るネ。この小包、ドラゴン殺しの薬草でも入ってるカ?」
「オイオイ何だか知らねーが、傷付けたら俺らの方が訴えられかねねェんだぞ。荒っぽい真似は止めてくれよ」
「イーヴ、あれは人からの大切な預かりものなのよ。どうかいい子にしてちょうだい」
「ぎゅー…」

様子のおかしいイヴリンに気を取られた万事屋一行は、ブツクサ言いながらも面倒見のいいお登勢に手当をされる男が、どこか暗い目で自分達の様子をうかがっている事に気付かなかった。



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