私の中の永遠

□第三訓
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「お前ら馬鹿デスか?私…スクーターはねられた位じゃ死なないヨ」

その後、静菜達は人目を避けてたどり着いた路地裏で、少女の罵倒を浴びていた。

「コレ奴らに撃たれた傷アル。もうふさがったネ」
「そ…そうなの。丈夫なのね、お嬢ちゃんは」
「お前、ご飯にボンドでもかけて食べてんの?」

確かによく見ると、少女の右肩には銃撃によるものらしい貫通痕がある。けれどのその下の皮膚は、血で汚れているもののすでにふさがってかさぶたになっていた。何度目を擦ってみても、確かにあれほど出血したはずの傷が治っている。信じ難い回復力だ。

「とにかく無事でよかったわ。お嬢ちゃん、うちの社長が酷い事をして申し訳なかったわね。怪我はなかったとは言え、痛かったでしょう?」
「さっきからオジョーチャンオジョーチャンうるさいネ。私の名前、神楽アル」
「ごめんなさい、神楽ちゃん。私は仁礼静菜、あちらは“万事屋銀ちゃん”社長の坂田銀時さんと、私と同じ従業員の志村新八君よ。それから、この子はイヴリン。イーヴって呼んであげて」
「万事屋?天パに眼鏡に三つ編みにトカゲ…うさんくさい連中アルな」

綺麗な薔薇には棘があると言うが、ティーン雑誌のモデルもかくやという可愛い顔をして、随分と毒舌な女の子だ。

「ど、どーも…」
「おいおい静菜、何未確認生物と呑気に自己紹介してんの?」
「銀時さん、自分が何したかわかってます?今回は物凄く運が良かっただけで、一歩間違えればこの子を殺してしまったかもしれないんですよ」
「やっぱお目覚め占い当たるもんだな…。結野アナ、一生ついてきます…」
「人の話聞いてます?」

とにもかくにも、身内が手錠を掛けられる最悪の事態は回避できた。静菜は思わず天を仰ぎ、神に感謝する。あとで近所の神社にお参りに行って、お賽銭を多めに入れる事にしよう。
だが、この少女は何らかのトラブルを抱えているらしい。ヤクザが昼日中から襲撃を掛けてきたのだ。ただの女の子であるはずがない。

「神楽ちゃん。あなた、ひょっとして天人なの?」
「…あー、やっぱわかったアルか」
「身体がすごく丈夫だし、珍しい服を着ているし、それに、その髪と瞳の色も。この辺りでは珍しい色合いだけど、とても綺麗だわ」

先程は半ばパニック状態で気に留めていなかったのだが、髪飾りでまとめた神楽の髪は夕焼けのような鮮やかな茜色で、ぱっちりとした瞳は真冬の青空のように澄んだ空色だった。日本人ではまず見ない色合いだが、彼女の愛らしい顔立ちによく似合っている。

「真昼の青と、夕暮れの赤。どちらも空の色ね」
「エヘヘ。そんな風に褒めてもらったの、初めてアル」
「オーイそこ、何ほのぼのしてんの」

顔を向ければ、銀時と新八はすでに準備万端、原付にまたがっていた。

「まァいいや、大丈夫そうだから俺ら行くわ。ゾロゾロ行ったら人目につくから静菜とイーヴはそっちから出ろよ。んじゃ、お大事に〜」
「え、ちょっと二人とも…」

だが静菜が呼び止めるより先に、神楽が原付の後部をがっしとわし掴み、発車を無理やり阻止した。ブオンブオンと排気音が路地裏に響く。

「ヤクザに追われる少女見捨てる大人、見た事ないネ」
「そうですよ銀時さん、話くらい聞きましょうよ。見て見ぬ振りなんて可哀想じゃありませんか」
「悪りぃな、俺心は少年だからさァ。それにこの国では原チャリ片手で止める奴を少女とは呼ばん。マウンテンゴリラと呼ぶ」

言い争っていると、ふいにイヴリンがぎゅー!と切迫した鳴き声を上げた。はっと顔を上げれば、路地の向こうから、いかにもそれらしい強面の男達が顔をのぞかせる。

「おっ、いたぞォォ、こっちだァァ!!」
「わっ、わっ、わ!」
「あわわわ。に、逃げましょう!神楽ちゃん、身体は本当に大丈夫?もう走れるわよね?」
「あったりまえアル!お前ら遅れずに付いてくるヨロシ」
「誰のせいでこんな事になったと思ってんだ、テメェ!!」

倒れた原付を踏んづけながら、怒号を上げて男達が追いかけてくる。静菜は必死に足を動かした。

「ちょっ、何なの!?アイツら、ロリコンヤクザ?」
「何?ポリゴン?」
「ポケモン違う!ロリコンよ!あ、あの人達はあなたを狙っているんでしょう?何か心当たりはないの?」
「まあ、なくはないネ」

会話の間、殿(しんがり)の銀時が路上のポリバケツを蹴倒して時間稼ぎをしてくれている。やはり、こういう荒事ではこの上なく頼りになる男だ。目が合うと、唇だけで「いいから前見て走れ」と告げられる。「ありがとうございます」とこちらも声に出さずに小さく頭を下げ、イーヴを手伝いに行かせた。力を使うのに集中が必要な自分よりかは余程銀時の役に立つだろう。

「私…江戸に来たらマネー掴める聞いて遠い星からはるばる出稼ぎきたヨ」
「まあ…」
「私のウチめっさビンボー。三食振りかけご飯。せめて三食卵かけご飯食べたいアル」
「いや、あんま変わんないじゃん」
「どちらにせよ栄養が偏ってるわね」

大怪我がすぐに治るのだから健康なのだろうが、やはりバランスの良い食事は大切だと思う。一日の健康は美味しい朝ご飯からだ。もっとも、現在の万事屋の経済状況では一汁三菜もなかなか厳しいのだが。

「そんな時奴ら誘われた。“ウチで働いてくれたら三食鮭茶漬け食べれるよ”って。私それ聞いて飛びついたネ」
「なんでだよ。せめて三食バラバラのもの食べようよ」
「炭水化物の取りすぎは身体によくないわよ」
「だって、他にご飯食べれるアテもなかったし…」

確かに幼い少女が一人で出稼ぎにきたところで、まともにつける職などなかっただろう。あっても非合法の性産業くらいのものか。神楽を引き入れた連中は、それに勝るとも劣らない悪党だった模様だが。

「私、地球人に比べてちょっぴ頑丈。奴らの喧嘩引き受けた。鮭茶漬け毎日サラサラ幸せだたヨ」
「んなもんで幸せたー安い女だな。この町で生きたきゃ、もうちょい自分を高く見せなきゃやってられねぇぜ」
「銀時さんだって、毎日1リットル128円のイチゴ牛乳を幸せそうに飲んでいるじゃありませんか」
「何言ってんだ。イチゴ牛乳は神が人類に与えた文化の極みだぜ?知らねェのかよ、なら教えてやる。糖分は、世界を救うんだ…!」
「新興宗教みたいになってません?」

このままひたすら走り続けるわけにもいかない。静菜達は路地に捨てられたゴミ袋の影に身を潜めた。すえた臭いが鼻をつくも、背に腹は代えられない。興奮した男達は静菜達に気付かず、バタバタと前を通り過ぎていく。

「でも最近、仕事内容エスカレータ」
「いえ、エスカレートじゃないかしら」
「人のキンタマまで取って来いいわれるようなったアル」
「いや、キンタマじゃなくて命(タマ)ね、命」

これで神楽が狙われる理由がわかった。ヤクザとしてはいくら神楽が汚れ仕事を嫌ったとしても、自分達の組織の内情を知った存在をみすみす逃がすはずがない。敵対勢力に渡って脅威になるくらいなら、いっそ…と考えても不思議ではないだろう。
権力と地位を振りかざして地球人を虐げる横暴な天人がいる一方で、こうして逆に地球人に食い物にされる、立場の弱い天人もいる。どちらが善、悪であると明確に分けられるような、単純な話ではないのだ。静菜は胸に石が詰まったような重苦しさを感じた。

「あなたみたいな女の子に人殺しをさせようとするなんて…酷い人達ね」
「私もう嫌だヨ。江戸とても怖い所…故郷帰りたい」
「神楽ちゃん…」
「きゅう」

沈んだ顔をする神楽を励まそうとするように、イヴリンがその指を甘噛みする。神楽の表情が、ほんの少しだけ緩んだ。
だがそんな緩んだ空気に水を差すかのように、ポリバケツから這い出た銀時が淡々と言う。

「バカだなオメーこの国じゃよォ、パンチパーマの奴と赤い服を着た女の言う事は信じちゃダメよ」
「銀時さん、美人局か何かに引っ掛かった事があるんです?」
「まァ俺のこたァ置いといて。…てめーで入り込んだ世界だ。てめーで落とし前つけるこったな」
「オイちょっと」
「銀時さん、女の子にその言い様は…」

静菜と新八が呼び止めようとするも、銀時は振り向きをせずにその場を立ち去ってしまった。
ちゃらんぽらんのようでいて、何だかんだ情に篤い彼にしては、随分と冷たい反応だ。

「(神楽ちゃんが天人だから…なのかしら)」

このまま彼女に関わり続けたら、こちらの身も危うくなるかもしれない。だが、とても見て見ぬふりをする気にはなれなかった。

「神楽ちゃん」

声を掛けると、しょんぼりと俯いていた神楽が顔を上げる。空色の瞳に水の膜が張ってゆらゆらとしていて、その輝きを美しいと思う反面、それが頬を伝う所は見たくないとも思う。

「神楽ちゃん、故郷が恋しいんでしょう?案内するから、ターミナルへ一緒に行きましょう。そこからの船に乗れば、故郷の星に帰れるわ」
「でも…私と一緒にいたら、またアイツらに襲われるかもしれないネ」
「だとしても放っておけないわ。大丈夫。私達は万事屋よ、こう見えてトラブルには慣れてるの」

つい最近は宇宙生物と戦ったし、空飛ぶ違法遊郭に乗り込んで大立ち回りを演じた事もある。どちらでも自分は大した役に立てなかったけれど、ここから宇宙空港であるターミナルまではそう遠くない。人目だってあるのだし、神楽一人を連れていくことくらいなら、まあ何とかできなくもないだろう。

「新八君は…」
「僕も行くよ。ここまで来て知りません、って言うわけにもいかないでしょ」
「ありがとう。…ああ、そうだわ、ちょっと待って」
「?」
「女の子が破れた服のままでいちゃいけないわ。少し大きいかもしれないけど、これを着て。その格好は目立つから、どこかのお店に寄って着替えましょう」

静菜が自分の羽織を着せてやると、神楽は大きな目をぱちくりさせた。興味深そうに袖口の匂いを嗅ぐので、もしや臭うのかと慌ててしまう。

「ごめんなさい、汗臭かったかしら?一応制汗スプレーは使っているんだけど…」
「ううん。良い匂いするネ。…マミーみたい」

神楽はにっこりと笑顔を見せた。静菜が初めて見る、花のようにあどけなくも可愛らしい笑みだった。



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