青薔薇は焔に散る

□第六章
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「…というわけで、あなた方第7の管轄である浅草の町に白装束の人間が潜伏している可能性が高いのですわ。どうか第8の捜査にご協力を、」
『面倒くせェ。断る』

これ以上ないほどのきっぱりとした拒絶に、エイレーネは受話器片手に苦笑した。想像通りすぎてがっかりする気にもならない。

「まあ、いけない大隊長ですこと。先日の大隊長会議をお忘れですの?伝導者は皇国すべての民にとって、不倶戴天の敵でありますのよ。彼の者を討ち果たすためにも、隊の垣根を越えた協力が必要だと結論づけたではありませんの」
『その会議で言っただろうが。俺たちは皇国の命令で伝導者を追ってるワケじゃねェ。向こうから喧嘩売ってくるなら相手してやるが、自分から皇国の連中と仲良くお手手繋ぐ気にはなれねェな』

エイレーネは来週視察に赴く灰島関連食品工場の資料をめくりつつ、内心嘆息した。まったく、紅丸の皇国嫌いは筋金入りだ。自分もまた彼のそれを加速させた原因のひとつである。申し訳なく思う気持ちもなくはないが、それとこれとは話が別だ。

「新門大隊長。大隊長会議で申し上げた通り、伝導者と白装束の手によって、すでに多くの無垢なる子供たちの命が喪われているのですわ。これ以上の犠牲を許すわけにはいきません。どうか第8の調査にご協力くださいませ」

モタモタしていては夜逃げされかねない。迅速な捜査が必要だ。また第7に丸投げするよりも、科学捜査の機材がある第8が直接足を運び、第7の協力の元合同捜査した方がどう考えても成果が出るはずである。

「第8の大隊長も、所属する隊員の皆様も、人間の出来た方々でいらっしゃいますわ。浅草の皆様の信念や矜持を蔑ろにされるようなことはございません」
『はっ、どうだかな』

紅丸は心底胡散臭そうだったが、エイレーネが懇々と諭した結果、渋々ながら「話を聞くだけなら」という言質は取ることができた。先日の大隊長会議への出席を要請した時よりも、聞き分けがいいーーではなく。こちらの話をまともに聞いてくれている。

「(これは、わたくし。案外信用されているのかしら)」

彼なりに、大隊長会議でのあれこれを評価してくれたのかもしれない。自惚れかもしれないが、自分の紹介であったから聞く耳を持ってもらえた気がする。これが第8からの直接の申し入れだったなら、けんもほろろにはね除けられていただろう。
気難しい猫に心を許されたかのような優越感を感じつつ、エイレーネは感謝の言葉と別れの挨拶を告げて受話器を置いた。不安そうに成り行きを見守っていた第8の面々に、首尾を報告する。大隊長をはじめ、皆がほっと安堵の息を吐いた。

「第一関門を突破ですか。良かった、姫様がいらしてくださって助かりました」
「想像よりも上手くいきましたね。誰だって余所者が自分のテリトリーに土足で踏み入れば警戒するものです」
「それにしても、新門大隊長って随分気難しそうな人ですけど。姫様の事は信頼しているんですね」

森羅のてらいのない言葉に、エイレーネは「どうでしょうか…そうだと嬉しいですわね」と微笑んだ。

「あの方とは二年ほどの付き合いになりますので。多少は気心が知れているのかもしれません」
「二年…。確か第7の前身は火消しという自警団だったそうですね。浅草の大火を機にに、特殊消防隊に勧誘されたとか」
「実際は皇王猊下の勅令ーー強制的な要請でしたわ。新門大隊長をはじめ、思うところがおありの方はいらっしゃるでしょう」

どう言い繕ったところで、皇国が上から押さえつける形で浅草の火消しを特殊消防隊に組み込んだ事は確かだ。勿論彼らにも予算や装備など様々な面でメリットがあるのだが、感情で納得できない者も多いだろう。仕方ない、人間とはそういうものだ。
エイレーネの説明を受け、桜備が険しい顔をする。

「無理もない話ですが、皇国への悪感情は強そうですね。ですが、せっかく殿下が機会を作ってくださったんだ。誠心誠意言葉を尽くしましょう」
「そうですね。姫様のおっしゃる通り、私たちも第7も例え信仰の形は違えども、炎の脅威から人々を守る消防官であるのは確かです。きっと話せばわかってくださると思います」

茉希の希望的観測に、一同はうんうんと頷いた。相手が原国主義者だろうと見下さず、あくまで対等な相手として尊重しようとする。第8の面々のその姿勢を、エイレーネは好ましく思った。

「(第8の皆さんなら、新門大隊長の信頼を裏切らずにすむわ)」

一応、注意事項をいくつか伝えておく。

「第7の中隊長、相模屋紺炉殿は“普段は”理性的な方ですから、何かあれば頼りにされると良いでしょう」
「“普段は”って、何だか凄く不安なんですけど」
「ふふ。相模屋中隊長は火消し時代より、新門大隊長の兄代わりを務めていらっしゃいました。新門大隊長が今の地位に着かれてからは、かの方を立てて言葉遣いや立ち振る舞いを改められたようですが…」

それでもきっと今も、紺炉にとって紅丸は、浅草の“王”であると同時に可愛い弟分に違いない。紅丸の事となると、彼は灰病に冒された身体を押してでも無茶をしようとする。全く困ったものだ。それで灰病が進行してしまったら、誰よりも気に病むのは紅丸をおいて他ないというのに。

「(そもそも、相模屋中隊長が灰病を発症されたきっかけも…)」

紅丸と紺炉にとっては、決して拭い去れぬ過去の傷跡だ。勝手に口外していい話ではない。
大隊長会議では大火の件を持ち出して紅丸と紺炉を牽制したことはすっかり棚の上に上げ、善人面でそんなことを考えるエイレーネである。

「新門大隊長は皇国の人間に対しては圭角のある方ですが、かといって下手に出たら出たで媚を売っているのかと不機嫌になるでしょう。多少強気でいかれた方が、気に入っていただけるかもしれませんわ」
「あー、なんかそんな気がする」
「それと申し訳ありませんが、聖陽教のシスターでいらっしゃるシスター・アイリスは同行されない方がよろしいでしょうね」
「うぅん…さすがにシスター服は刺激が強すぎるか」
「残念です…。浅草、行ってみたかったなぁ」

しょんぼりと肩を落とすアイリスを、茉希や環が「非番の日に遊びに行こう!」と励ます。その背後では森羅もそわそわしていた。茉希達のようにアイリスを誘いたいが、白装束に付け狙われる立場故に思いきれないのだろう。
確かにいつ襲撃されるかもわからない状況では、おちおちデートもできないだろう。ましてやアイリスは非能力者。襲撃に巻き込まれれば万一のこともあるかもしれない。
彼が普通の若者らしく青春を楽しめるようにするためにも、一刻も早く伝導者一味を壊滅させなくてはならない。

「皆様が留守の間は、第1の小隊をひとつこちらの管轄に回して頂きましょう。バーンズ大隊長にお願い申し上げますわ」
「感謝します、殿下」
「業務上の細かい引き継ぎ事項は、桜備大隊長と火縄中隊長が直接…」

その後いくつかの打ち合わせを終え、エイレーネは第8特殊消防教会を後にした。
傍系皇族とはいえ、父親にこき使われるーー否、信頼され仕事を任されるエイレーネは多忙だ。第8が第7に捜査協力を申し入れに行く日も、公務が押しており、浅草に顔を出せるのは昼過ぎになる。

「(毎回毎回わたくしがお守りをするのもなんだから、彼ら自身で交渉するのはいいことなんだろうけど…)」

果たしてスムーズに合同捜査にこぎ着けるだろうか。

「…無理でしょうね」

いくら第8が善人の集まりであり、紅丸の皇国への感情が自分をきっかけに多少は和らいできたといっても。皇国と浅草の間には長年の確執がある。そう簡単にはいかないだろう。
諦念とともに呟くエイレーネの隣で、ディーが銀髪をさらりと揺らして首を傾げたのだった。



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