青薔薇は焔に散る

□第五章
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エイレーネ自身はどうしても外せない公務があったため同行はできなかったのだが。代わりにハロルドをはじめ信頼できる工作員を複数配置して臨んだ、ジョーカーと森羅日下部二等消防官の対談(?)。
あちこちに根回しし、手間暇かけてまでこの場を設けたのだ。ロクでもない情報だったら許さないと思っていたのだがーー。

「なんですって?森羅隊員の弟が?」

その夜。東京皇国緑化祭に臨席したエイレーネは、知事や環境省のお偉方との晩餐会を終え、屋敷に帰還した。侍女の手で動きやすいワンピースに着替え、執務室に落ち着いたところでハロルドからの報告を受けたのである。

「はい、ジョーカーは確かに証言しました。森羅日下部二等消防官の弟、象日下部は生存している。そして彼は今、伝導者の配下『灰焔騎士団』の団長を務めている、と」
「騎士団とは。カルト集団の分際で大きく出ましたこと」

森羅の弟、象は母親と共に十二年前の火事で命を落としたーーことになっている。
悲しいことだが、焼死の場合遺体が残らないことは決して珍しくはない。そのため十二年前の火事の時、森羅の母親と弟の遺体が自宅の焼け跡から見つからなくても、それは当然のこととして処理された。だが。

「バーンズ大隊長はご存じ立ったのでしょうね。白装束はともかくとして、象日下部が生きていることは」

報告書の改竄など、現場消防官には容易いことだ。彼がなんのためにそんなことをしたのかも想像がつくがーーあとで尋問の必要があるだろう。
ディーがレモンティーを淹れてくれる。甘酸っぱい香りがふわりと漂い、疲労した身体に染み渡るようだった。

「ありがとうございます、ディー。お茶を淹れるのにも慣れてきましたね」
「いいえ。ハロルド様はまだまだだとおっしゃいます」
「この老骨がいつまで殿下のお側にいられるかはわかりませんからな。ディーには私の持つあらゆるスキルを叩き込み、一流の執事に育て上げる所存です」
「まだ子供なのですから。手加減してくださいましね」

レモンティーに口をつけたエイレーネは、さてと嘆息する。

「森羅隊員のご様子は?」
「我々がジョーカーを“逃がした”後は呆然自失といった模様でした。さすがにショックが大きかったものと思われます」
「でしょうね。ですが、桜備大隊長や消防長官、何よりお父様に報告しないわけにもいきませんわ」

裏を取ったわけではないが、恐らくジョーカーは本当のことを言っているのだろう、という確証はあった。
盗聴の危険があるため、電話一本ですませるわけにもいかない。エイレーネは早速報告書をしたためて、あちこちに送り出す作業に追われたのだった。


◇◇◇


翌日。公務の合間を縫って出向いた第8特殊教会で、エイレーネは森羅と顔を会わせた。ひどく思い詰めた様子だ、無理もあるまい。
皇王ラフルス三世は、伝導者と白装束の一味を反逆者と断じている。そして第8の大隊長・秋樽桜備は、人工的に人体発火を引き起こす白装束たちに激しい怒りを向けている。今や白装束らは東京皇国に住まう全ての者たちにとっての敵であり、森羅のたったひとりの弟もまた、その一員であるのだ。
はっきり言って、生きた心地がしないだろう。

「あ、あの、姫様。皇家の方々は、象のことをどうするつもりなんでしょうか」
「あなたの弟さんが本当に白装束の一味であるのか、確認の取れない限りなんとも言えませんわね」
「あ…そうですよね」
「ご安心くださいませ。彼が本当に灰焔騎士団とやらの団長だったとしても、未成年であり、また幼い頃に誘拐され、洗脳教育を受けてきた少年を断罪することはありませんわ。勿論保護したとしてもすぐに日常生活を送れることはなく、様々な手続きや処置が必要となるでしょうが」

エイレーネの言葉に、森羅はあからさまにほっとしたようだった。
ディーのように、こちらにあっさり寝返ってくれれば楽なのだが。果たしてそう上手くいくものか。楽観視は危険である。

「第8の方々には森羅隊員ご自身がご報告すべきでしょう」

森羅の身柄を狙い、白装束が第8に接触してくる可能性もある。伝導者と白装束についての情報はできるだけ共有しておくべきだ。

「皆がどう思うか…ちょっと不安で」
「あら。皆様が象殿を許せない、とおっしゃったのならば。森羅隊員は弟さんのことを諦めますの?」

森羅ははっと顔を上げた。不安に揺れていた深紅の瞳に、はっきりとした意志の光が宿る。

「…いいえ。そんなこと、絶対にあり得ません。あいつが今、何処で何をしていようと、俺の弟であることは変わらない」
「ならば、拒絶を恐れてはいけませんわ。伝導者の魔の手から象殿を救い出せるのは、あなたをおいて他ありませんのよ。どうか気をしっかりお持ちくださいね」
「そう、ですよね。約束を守らなきゃ。あいつは俺がーー」

気合いを入れ直した森羅に、エイレーネは「その意気です」と微笑んだ。この扱いやすさ、否、前向きさは森羅の美点である。

「(騎士団長などという大仰な地位にあるのだから、象日下部が優秀な能力者であるのは間違いないわ。うまく引き込めれば白装束の力を削りつつ、特殊消防隊の戦力を増強できる)」

そんな内心をおくびにも出さず、微笑んで見せるエイレーネである。
その後。作戦室で仲間たちにジョーカーから聞いた情報を説明する森羅について、彼の話を補足した。第8の面々はさすがに驚いた様子である。森羅の弟が火事でなくなっていたことも、経歴書に目を通しただろう桜備と火縄以外初耳だったはずだから、当然の反応だ。

「ジョーカーが言ったことだろ、信用できるのか…?」
「ジョーカーは新人大会に乱入して、消防官を危険にさらした男だぞ。今回だってまた混乱を生むために、色々変な情報を流したのかも…」

新人大会でジョーカーに遭遇し、危うく彼の爆発によって命を落としかけたアーサーと環はさすがに慎重だ。森羅もそこは承知している。

「弟は十二年前の火事で、骨も残さず燃えてしまったって聞いてたんだ…。俺だって今さら信じられない」

俯く森羅の肩を、桜備が力強く掴んだ。

「情報の提供者が誰かはこの際、関係ない。お前は弟が生きていると信じたいのか?信じたくないのか?」
「信じたいです!!」

迷うことなく断言する森羅に、一同が小さく頷く。

「だったら第8も信じるしかねェよな」
「伝導者を追う任務は変わらないが、シンラの弟がいることを前提として策を立てるぞ」
「わたくしも皇族のひとりとして、微力ながら力を尽くしますわ」
「ありがとうございますッ!」

涙目の森羅をアーサーと環がからかい、森羅が言い返し、シスターが笑顔で見守る。微笑ましい光景だが、これからのことを思えばそうそう喜んでばかりはいられない。
先程エイレーネのもとに届けられた情報。まさにこの第8の初出動の資料に、気になる部分があったのだという。

「“焔ビト”となった被害者が白ずくめの服装をしていた…」

さらに、遺留品には赤いクロスも確認されている。これは森羅が報告した、白装束の狙撃手のローブにもあった特徴だ。
報告書によると、鎮魂は無事完了したが不振な点の多い火事だったという。被害者に遺族はおらず、勤め先の会社が遺留品を慌てて引き取りにきたとか。

「(白装束が関わっていると見て、間違いないわね)」

カルト集団の教徒とは言え、人間である以上霞を食って生きられるわけではない。衣食住は当然必要だ。つまり、金を稼がなくてはならない。なんらかの資金源が存在するはずだ。
その勤め先の会社は今も存在しているという。白装束の所有する不動産とか、資金洗浄のためのペーパーカンパニーである可能性は高い。さっそく調査したいところだが、問題がひとつ。

「よりにもよって浅草とは。嫌な勘が当たってしまったわね」

面倒な事態となる予感をひしひしと感じ、エイレーネは小さく溜め息を吐いたのだった。


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