青薔薇は焔に散る

□第四章
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事件より三日後。烈火の“殉死”が正式に発表された。
特殊消防官の殉死においては、悲しいことに遺体が残らないのもよくある話。空の棺による葬儀にも、第1の面々は何の疑問も抱かぬ様子で、涙と悲嘆に暮れて熱血漢の神父の死を悼んだ。皇族として列席したエイレーネは漆黒のヴェール越しにその様を眺め、「ここまで自分を慕ってくれる人々を、よくもまあいけしゃあしゃあと裏切っていたものだ」と一周回って烈火に感心したものだ。その罰を受け、彼は今虜囚の身となっているのだが。
バーンズ大隊長やカリム中隊長は表向きは粛々と烈火の葬儀を進行しつつ、裏では皇王庁や消防庁、聖陽教会への報告と事後処理に追われた。もはや他部隊の新人に構っている余裕はなく、研修は中止となったのだった。
制服に着替え大聖堂を後にする新人隊員達。それを正門前で見送るのはカリムと環だ。さらにはエイレーネの姿もある。

「姫様まで…わざわざありがとうございます」
「元々、大聖堂まで足を運ぶ用事はありましたので。どうかお気になさらず」

烈火の件の詳細は、皇族の中でもごく一部の人間しか知られていない。大っぴらに出来る案件でないから当然だ。そのため情報の密なやり取りは当事者の一人であるエイレーネに一任されており、このところは大聖堂と皇王庁、もっと言えば父親の執務室を往復する忙しない日々を送っている。

「(監視役の暗部が重傷ながら命は助かったのはまだしも良かったけど…お父様には不手際を責められてしまったわ。わたくしもまだまだね)」

まあ、潜入作戦が始まった以降に新たな死者が出なかったのは喜ばしいことだ。これも森羅やアーサー、十六夜にカリム、フォイェン、環と消防官らが身体を張ってくれたからである。烈火のことは残念だったが、特殊消防隊もまだまだ捨てたものではない。

「お世話になりました!」

ビシッと敬礼する新人隊員達に、カリムは鷹揚に頷く。

「短くて短い間になっちまったな。まだ混乱してて、隊長格が俺一人の見送りですまねェ」
「致し方ありませんわ。バーンズ大隊長は目の回るお忙しさでしょうし、フォイェン中隊長はいまだ入院中ですもの」

カリムにかかる負担は大きいだろう。空いた烈火の分の中隊長の座をどうするか。小隊長を繰り上げるのか、それとも外部から人員を補充するのか。そのあたりもバーンズ大隊長と相談しなければならない。

「第1内のゴタゴタに巻き込んじゃって悪かったな…」
「…まあ、元々こいつらの目的はそこだったわけだけどな」

聡明なカリムのこと。研修の話が来た時点で、エイレーネらの目的は察していただろう。ーーしかしそんな彼さえも、まさか親友を自らの手で氷漬けにするとは思わなかっただろうが。

「姫様と十六夜にも散々迷惑掛けてしまいましたね。申し訳ない」
「皇族として当然の義務を果たしたまでですわ。またあの子も、烈火中隊長…いえ。烈火星宮を守り抜けたことに安堵していましょう」
「…あいつはウチにいた頃、レッカと仲が良かったですからね。だからこそ、自分が止めなきゃならないって決意したんだと思います」

環にそうしていたように、十六夜を可愛がっていたその頃から。烈火は“蟲”を用いて暗躍し、多くの人々を“焔ビト”に変えていたのだろうか。厳格な上官を、信頼し合う仲間を、己を慕う後輩を裏切ってまで尽くすほど、伝導者なる存在は素晴らしいのだろうか。エイレーネにはとても理解できない。

「…な、なぁタマキ。その。連絡先教えてくれるか?」
「エ!?な…なんで!!私が日下部に連絡先教えなきゃいけないんだよ…!!ま…まァ、どうしてもって言うなら教えてやっても…」

エイレーネがカリムと話している横で、何やら甘酸っぱいやり取りが聞こえてきた。森羅はシスター・アイリスに想いを寄せているように思えたのだが。これは一体どういうことか…と思っていると。

「ほんとか?でも俺じゃねェんだ。ジャガーノートが知りたがっててさ」
「エヘヘ…」
「ヤダ!!そんなに知りてェなら自分で聞けよ!!」
「今教えようとしてくれてたじゃねェかよ」

激怒する環にたじたじの森羅。能登に至っては自分よりずっと小柄な森羅の背に隠れ、涙目だ。エイレーネもやれやれと嘆息する。

「森羅隊員は女心と言うものがお分かりでないのですわね。今の物言いは無神経に過ぎますわ」
「え、えェ?なんで!?俺はただ、ジャガーノートの代わりに聞いただけで。別にタマキを怒らせるつもりなんか」
「フン、婦女子への心ない仕打ち。さすがは悪魔だな」
「テメェは黙ってろ!!」
「ジャガーノート、お前古達みたいなのがタイプなのかよ。趣味悪ィな。口の悪いチンチクリンじゃねェか」
「岸里ォオ、テメェ表出ろ!!」
「わわわわ、なんかもう、ごめんなさーい!」

ギャーギャーと騒ぐ新人隊員達。まるで高校生の昼休みのような有り様に、カリムはうんざりと天を仰ぐ。

「ったく、こいつらは…」

だがその口元は、ほんの少しだけ柔らかく綻んでいるのだった。


◇◇◇


第2の能登、第5の岸里はそれぞれ来た迎えの車に乗って帰路についた。一週間も寝食を共にしていれば気心も知れたらしく、森羅とアーサーはどこか寂しげにしている。また機会があれば、合同訓練や合宿のようなものを開いてもいいかもしれない。

「第8の皆さんは今、業務で手が空いていないそうなので。車を手配しました。あちらの駐車場に停めてあります」
「何から何まで至れり尽くせりで…ありがとうございます」

これくらい当然のことだ。エイレーネはちらりと周囲を確認し、近くに人気がないことを確かめてから森羅とアーサーに向かい合った。

「森羅隊員、アーサー隊員」

エイレーネの声の調子が変わったことに気づいたのだろう。二人がはっと居住まいを正す。

「この度は困難な任務をよくぞ成し遂げてくださいました。皇族の一員として、改めて御礼申し上げます」
「そんな…勿体ないお言葉です!」
「消防官として当然の責務を果たしたまでだ」

森羅とアーサーが敬礼と共に応える。エイレーネは笑顔で頷き、楽にするように、と二人に言った。

「特に、森羅隊員。あなたは新人隊員でありながら、第1の中隊長であった烈火星宮を見事撃破せしめました。素晴らしい功績ですわ」
「いえ…屋内で交戦できたのが、運が良かっただけです。あれがもっと開けた場所だったら、結果は変わっていたかもしれません。仲間たちが近くに居ると言う、安心感もありました」

謙虚な答えに、エイレーネは頷く。森羅と烈火の実力は、確かに拮抗していた。彼の言う通り、足場のない屋外だったなら、純粋な体格差で敗れていても不思議ではなかったのだ。

「伝導者、そして白装束の集団…。彼らが人体発火現象の核心を握っていることは間違いないでしょう。この先も武力衝突が予想されますわ。森羅隊員、アーサー隊員。あなた方を頼りにしています。どうかその力を、皇国の安寧のために役立ててくださいまし」
「ハイッ、全力を尽くします!!」

人類を脅かす、人体発火現象。その解明に、自分達は確実に近付いている。白装束達との対峙は危険だが、逆にそれを足掛かりにして彼らを探り、秘密を暴くことも出来るはずだ。

「あ、あの車ですね。ハロルドさんと…え、えぇっ!?」

ハロルドの傍らに立つ、小柄な人影。それを目にした森羅の驚愕の声に、エイレーネは悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべるのだった。


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