青薔薇は焔に散る

□第一章
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「桜備大隊長、ご挨拶が遅れました」
「いや、こちらこそウチの新人たちがうるさくしてすみません。ご無沙汰しておりました、殿下」

件の新人二人は眼鏡を光らせる火縄中隊長に「真面目に訓練しろ」とガミガミと叱られた挙げ句、追加メニューを課せられ真っ青だ。

「訓練学校きってのやんちゃ坊主さんたちも、火縄中隊長の前ではたじたじですわね」
「はは、若い者はあれくらい元気があってこそですよ。…あの二人をウチに推薦したのは殿下だそうですね」

ええ、とエイレーネは頷く。
特殊消防官訓練学校は、消防庁が管轄する第4特殊消防隊に併設されている。そのため訓練学校を卒業した生徒は、そのまま第4に配属されることが多い。だがエイレーネは、あえて二人を第8に入れるよう、学長に進言した。

「第8が一刻も早く即戦力を必要としていた、というのが一番の理由ですが。森羅隊員もアーサー隊員も、誠実で情の深い方々ですわ。桜備大隊長と第8の気風に合うのではないかと思いましたの」

何より森羅もアーサーも、訓練生の中では上位の実力を誇る第三世代能力者である。装備も人員も貧弱この上ない新設部隊に放り込まれたところで、そうそう死ぬことはあるまい。

「ええ、おっしゃる通りです。二人とまだまだ手は掛かるし未熟者だが、気のいい奴らだ。特に森羅は色々と胡乱な噂がありましたが、話してみると真面目で正義感の強い男です。きっといい消防官になる」
「それはようございましたわ」
「殿下のご慧眼には感服しました。あいつらをウチに入れてくださって、ありがとうございます」
「もったいないお言葉です」

褒められるのは気持ちがいいものだ。またエイレーネとしても、第8の戦力が整うのは願ってもないことである。

「…ところで大隊長、先日の鎮魂活動についての報告書を拝見したのですが」
「はい。俺も殿下に直接ご報告しなければならないと思っていたところですが。わざわざ足を運ばせてしまい申し訳ありません」

普段温厚な桜備の目に、ぞっとするほど冷たい光が浮かぶ。それは人の命を弄ぶものへの、激情といっていいほど強い怒りの感情だった。

「…“焔ビト”の鎮魂の現場に介入し、消防官らの安全を脅かす何者かが存在します。近頃頻発している火災現場での事故の原因はこれでしょう」
「“焔ビト”の起こした炎と灰を操り、家屋を崩壊させたとか。恐らく能力者の仕業でしょう。大隊長も倒壊に巻き込まれたそうですが、お怪我は」
「大したことはありませんよ。俺が許せないのは、命の危険を犯して現場に乗り込む消防官たちを傷つけようとしたこと、そして何より、“焔ビト”の…人の命の尊厳を面白半分に踏みにじったことです」

炎を操りこちらを挑発してみせたのだ、と桜備は語気を強める。かつて人であった“焔ビト”を、消防官を誘き寄せる餌として利用したことに、彼は憤っているのだ。
発火能力に目覚めた能力者は、たいていが力のコントロールのためにも国の保護を受け、公的機関に所属するものだ。現場の消防官たちに気取られず、炎を自在に操作して見せるほどの能力者がその辺をフラフラしているとはーー。

「(…まさか、“彼”なのかしら)」

心当たりがないこともないエイレーネは、内心の動揺を欠片も見せずに神妙に頷いた。ポーカーフェイスもできない人間に、曲がりなりにも皇族代表としての公務は務まらない。
「情報は他の隊とも共有し、調査しましょう。あまり根を詰めないように」と桜備を宥める。情が深い熱血漢だが、それゆえに無茶をしがちなのが玉に瑕だ。彼が一般消防官だった頃も、人命救助を優先した命令違反により、何度も処罰を受けているらしい。

「姫様」

罰のトレーニングを終えたらしい森羅が、こちらに“飛んで”きた。彼は足の裏から炎を噴射する第三世代能力者。その推進力でロケットのように飛行することも可能で、その機動力は同年代では群を抜いている。

「さっき、大隊長とこの前の出動の話をされていたんですか」
「ええ、報告を聞いて驚きましたわ。特殊消防隊への嫌がらせなのか何かはわかりませんが、まさか危険な現場に介入する者がいるとは」
「…俺はあの時、何もできなかったんです」

森羅はアーサーに格闘術を指導する桜備の背を見つめつつ、ぽつぽつとあの日の出動について語った。屋内に留まり続ける“焔ビト”。目の前で炎に包まれた父親を“鎮魂”され、ひとり残された遺族の娘のことを。
不心得ものの消防官の中には、鎮魂を“焔ビト”狩りと称してゲーム感覚で楽しむものもいる。だが“獲物”とされる“焔ビト”たちも、かつては泣き、笑い、働き、家族や友人たちと笑って生きる、一人の人間だったのだ。“鎮魂”とは、つまり“殺人”に他ならない。

「遺族の前で武器を見せるな、ですか。桜備大隊長らしいお言葉ですこと」
「俺、自分が情けないです。大隊長に言われるまで全然気付きもしなかった。俺だって母さんと象を、…弟炎で喪っているのに…。遺族の方への配慮を忘れていたなんて」

森羅は5歳の時、火事により母親と1歳の弟を亡くしている。その際発火能力に目覚めたことから、「能力を暴走させ、家に火を放った」「母親と弟を殺した悪魔」と誹謗されてきた。だが本人は周囲の悪意に負けず、厳しい訓練を重ね消防官となったのだった。その克己心に、エイレーネは素直に感心する。

「思い知りました、俺はまだまだ未熟だって。消防官になれたからって浮かれてたんです。実力も心映えも全然なっちゃいないのに」
「お若い方が未熟なのは当たり前ですわ。だからこそ、先人に教えを乞うのですもの。大事なのは、学んだことをきちんと己の糧にできるかどうか。森羅隊員にならばきっとできますわ」
「俺より年下なのに、姫様は大人ですね」

森羅はありがとうございます、と力強く頷く。
彼は強くなるだろう。大成のために必要なのは、野望ーー己の願いを何としてでも叶えて見せる、という強い意思であるのだと、エイレーネは知っていた。

「俺、頑張ります。桜備大隊長みたいに心も体も大きな消防官にーーみんなを守るヒーローになってみせる!」
「頑張ってくださいましね。応援していますわ」
「はい!」

にいい、と森羅は笑みを浮かべる。鋭い歯を見せる笑顔は“悪魔”じみて不気味だが、森羅に感情が高ぶった時や緊張した時歪んだ笑みを見せる癖があることを知るエイレーネは、鷹揚に受け流した。

「いや〜、熱い。あっついですね〜」

森羅が訓練に向かったあと。どこからか取り出したチュロスを頬張りつつ、十六夜はしみじみと呟く。

「これぞ青春ってかんじ。もう私、眩しさで目がつぶれちゃいそうですぅ」
「あら。十六夜だって、あの子たちみたいな時代があったのではなくて?あなたも元消防官ではありませんの」
「私はあんな情熱とは無縁の、不真面目消防官でしたもん。まあ今だって同じようなもんですけど」

へらりと笑う十六夜。その揺れる瞳に気付かないふりをして、エイレーネはそうですか、とだけ呟いた。
視線の先では、森羅とアーサーが戦闘訓練をしている。蹴り技を繰り出す森羅の足先には炎が灯り。それを受け止めるアーサーの手に握られているのは、青く光る剣だ。アーサーは高温の炎をプラズマと化し、剣の切っ先として攻撃に利用しているのだ。

一進一退の攻防を繰り広げる、実力者の新人二人。無能力者ながら強い信念を持つ大隊長。火縄中隊長と茉希も優秀だ。
少数精鋭の新設部隊。本当に、彼らならできるかもしれない。
派閥の枠組みを越え、歴史の影に隠れた謎をーー人体発火現象の真実を掴むことが。

それは、エイレーネの願いのひとつでもあった。



→to be continued
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