下書き

□罪深く愛してよ
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ーー上杉景勝が叔母のことを思い返す時。
どうしてだろう。景勝の脳裏に真っ先に浮かぶのは、多くの者にとってそうであるような、真っ赤な返り血を頭から浴びながら太刀を振るう、毘沙門天の化身、越後の軍神としての姿ではなく。それとは真逆の、武将のものとは思えない白魚のようにほっそりとした手で琵琶を奏でる、穏やかな姿だった。
叔母は琵琶の名手だった。彼女の奏でる妙なる音色は、叔母を人の心を知らぬ化け物と畏れ、反発する家臣たちすら、思わず聞き惚れてしまったほどだ。勿論、景勝も。
目を閉じれば、何十年も経った今でも、まるで今日のことのように鮮やかに思い出せる。
ちらちらと木漏れ日が差し込む、春日山城の一室。古い恋歌を奏でる滑らかな旋律。叔母お気に入りの香の匂い。山梔子の花のような白い横顔。ふと手を止めて顔を上げ、こちらの名を呼ぶ、やさしい声。

ーーおや、喜平次。何をしてるんです。そんなところではよく聞こえないでしょう。こちらへ来なさい。

自分の手を取る冷たい叔母の手。華奢に見えたてのひらの、ごつごつとした肉刺の感触。女中たちには内緒ですよと悪戯っぽく笑いながら口に放り込まれた、干し柿の味。
その何もかもすべてを、上杉景勝は覚えている。


死んでも決して忘れはしないだろう。




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