下書き

□青薔薇の花嫁
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「えっ、それってプロポー…ングッ!?」
「しーっ!声が大きい!」

大口を開けて叫びかけたところを手で塞がれ、潔世一は友人のてのひらの下からもごもごと「ごめん」と呟いた。
なにせ、ここはバスタード帝国が帝都ミュンヘン、その中心である皇宮の使用人棟だ。しかも時刻は消灯前の深夜。先輩下女に怒鳴り込まれるはめになっては困る。
まったく、と息をついた千切豹馬は、部屋にひとつしかない粗末な椅子に腰かけた。油皿のぼんやりとした明かりがともる、殺風景な皇宮下女の四人部屋の中で、彼女自慢の豊かな赤毛がルビーのように艶々と輝いている。普段勝ち気な笑みを浮かべるその横顔は、うっすらと赤く染まっていた。

「プロポーズ…ったって、今すぐどうこうっつー話でもねぇよ。あいつ、まだ騎士学校卒業したての見習いだから訓練だなんだで忙しいし。具体的な話はもうちょい色々落ち着いてからで…」
「つまり、しばらくは婚約者ってことか。とにかくおめでとう、千切!」
「よかったなぁ、千切君」

世一の隣、寝台に腰掛けおっとりと微笑んだのは、千切と同じく同室下女仲間の氷織羊だ。さらりと癖のない色素の薄い髪に、繊細に整った目鼻立ちは、まるでお人形のように愛らしい。

「…へへ、サンキュ。二人とも」
「にしても、千切も婚約か。氷織だって、春が来たら幼馴染みと結婚するし。…なんか、みんなどんどん遠くへ行っちゃう気がして、ちょっと寂しいな」

社会勉強になるから、と商人である父親に勧められて始めた皇宮仕え。
水仕事が多く手は荒れるし、機密保護の関係上、下女たちは年期が明けるまで外出もままならず、手紙のやり取りも検閲される。窮屈な生活に嫌気がさし、同室仲間の一人(世一の家よりもずっといい商家の娘)はそうそうに実家へ戻ってしまった。
さして要領がいいわけでもない世一が頑張れたのは、同郷だからと同じ部屋にしてもらった気のいい二人、千切と氷織がいてくれたからである。



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