私の中の永遠

□第七訓
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薄暗い取調室。卓上のライトに照らされた、鋭い目でこちらを見据える男。刑事ドラマでは見慣れた光景だが、記憶にあるものとはいくつか差異がある。
向かい座る男は刑事でも警官でもなく、黒地に金の縁取りがされた洋装の、真選組副長土方十四郎で。そして二人の前に置かれているのは、かつ丼ではなく謎の黄色いどんぶりだった。
本当に、何の丼物なのか謎なのだ。具をすべて埋め尽くすほど、真っ黄色のマヨネーズが掛けられているのである。

「…あ、あの、土方さん」
「何だ、食わねェのか?腹減ってんだろ、遠慮すんなよ」

割り箸をパンと割った土方が、男らしくも豪快にマヨ丼を掻っ込む。悪夢のようなあまりの光景に、静菜は吐き気を必死に抑えた。

「その…この料理は一体…」
「土方スペシャルだ」
「はい?」
「土方スペシャルだ。どうだ、美味そうだろ?味に間違いはねェぞ。なんてったって、マヨはこの世で最高の万能調味料だからな」
「…」

もぐもぐと頬を膨らませる土方は切れ長の目元を緩めた心なしか幸せそうな表情をしていて、嘘を言っているようには思えない。本気でこの食材に対する冒涜としか思えない料理を気に入っているようだ。
まさか土方がマヨラーだったとは。いや、銀時も大概度を越した甘党ではあるのだが、これは凄い。銀幕の俳優も真っ青のルックスの持ち主が、マヨラー。ギャップ萌えとよく言うが、ギャップがありすぎてむしろ衝撃だ。
だがとにかく、出された物を残すのはよくない事だ。自身も料理を嗜む静菜は、この土方スペシャルを作った人達の事も考えてしまい、とうとう意を決して箸をとった。
だが箸を黄色いドロドロに突っ込んでも、すくえるのは表層のマヨネーズのみ。恐る恐る口に運べば、舌の上には当然独特の濃厚な酸味が広がった。マヨの味しかしない。

「う…」
「どうだ?」
「その…マヨネーズの味がしますね」

何を言ってるの私は!と自分の頭をかち割りたくなったが、土方は満足そうにおう、と頷いた。というか、こんなカロリーの高そうな物が好物で、なぜあんなモデル並みの引き締まった体型を維持できているのだろうか。肌だって艶艶だ。世のダイエットに苦しむ女性からすれば、羨ましい限りの話である。
唇の端に黄色い汚れをくっつけながら、土方は言った。

「裏はとれたぞ」
「!!」
「かぶき町での聞き取りは一通り終わった。テメーらはなかなかの有名人だな。特にあの天パ野郎、ふぬけた面してるくせに銀さん、銀さんと妙に人気がありやがる。あんな綿菓子頭のどこがいいんだか」
「銀時さんはそういう人なんです。誰の内側にもするっと入ってしまうというか…」

万事屋を営む銀時は、かぶき町でも非常に顔が広く、多くの人から慕われている。根無し草のようにフワフワしているように見えて、その芯にある真っすぐな何かを、皆感じ取っているのだろう。あちこちの店でツケをため込んでは怒られているけれど、逆に言えば、それだけのツケが許されるくらい、皆から愛されているというわけだ。

「最近の依頼人、近所の人間、店の大家。近隣の防犯カメラの映像まで調べたが、あの男が攘夷浪士共と接触した証拠は見つからなかった。残念な事にな」
「ああ良かった。では、疑いは晴れたんですね。確かに銀時さんと桂さんは知り合いみたいでしたけど、二人は三日前に再会するまで、何年も会っていなかったそうです。銀時さんは、ここ最近のテロとは全くの無関係なんですよ」
「まあ、落ち着け。人の話は最後まで聞けよ」

土方スペシャルの最後の一口を飲み込んだ土方は、夜明け寸前の空の色をした瞳で、静菜を睨むように見据えた。

「戦争末期の大量粛清時ならいざ知らず、俺達も今更あえて当時の罪をほじくり返そうとまでは思っちゃいねェ。何せこの国全土を巻き込んだ大戦だ。攘夷戦争に参加した奴なんざ、かぶき町でも石投げりゃ当たるくらいゴロゴロいるさ。そいつら全員を一々捕まえてたら、拘置所が溢れかえっちまう。まあ奴が名のある攘夷志士だとしたら、その腕がどんなもんか興味はあるけどな」
「…」
「だがよ。今、現在進行形で起こるテロとは、それとはまた話が全く別だ。そこんとこはわかってるよな?」
「…はい」

静菜はこくりと頷いた。
仲間であるのは誤解とはいえ、銀時の旧友である桂がテロを引き起こし、多くの被害を出した事は紛れもない事実だ。静菜達が運ばされた爆弾だって、一歩間違えれば誰かを殺してしまったかもしれない。

「今のところは過去を問わねェでやる。だがこの先、てめーらが攘夷活動に関わった証拠が見つかったら…その時こそ容赦はしねェ。章彦の娘だろうが何だろうが、しかるべき処断をさせてもらう。それは肝に銘じとけよ」
「はい、わかっています。それが真選組の皆さんのお仕事ですもの」
「…俺がお前一人を呼び出してこの話をしたのは、章彦の娘だからなだけじゃねェ。あのわけのわからん連中の中では、お前がまだしも一番話が通じそうに見えたからだ」
「えっと…恐れ入ります」
「あの厄介者共の手綱、しっかり握れよ」

そんな大役が自分に務まるのかと思いつつも、静菜としては頷いて見せる他ない。確かに色々な意味で危なっかしい人達なのだ。自分も大した人間ではないけど、三人と一匹を護れるようにより一層頑張るしかない。

「というわけで、釈放だ。三日間ご苦労だったな」
「ありがとうございます。こんなに早く家に帰れるだなんて、思ってもいませんでした」

爆弾で被害が出たのも、桂と親しげに話をしていたのも事実であるのだし。自分達の主張を最後まで信じてもらえず、逮捕される可能性だって考えていたのだ。こんなにスムーズに釈放されるなんて、思ってもいなかった。

「援護射撃かあったからな」
「え?」
「お前達が爆弾を手渡そうとした戌威星大使館の警備員が証言した。お前らはあの手荷物を爆弾だと思っていなかったようだし、爆弾と判明した後も、それで大使館を害そうとはせず、むしろ被害を防ごうと腐心していた、とな」
「え…」

目を見開く静菜に笑い、土方は懐から煙草取り出した。はっとしたように「いいか?」と問い掛けられて頷けば、咥えたそれに火を点けはーっと美味そうに紫煙を吐き出した。

「天人が地球人を庇うなんざ青天の霹靂もいいとこだ。何か裏があるんじゃないかと疑ったがな。その警備員、お前に感心してたぜ。地球人、それも一般人は自分らを見りゃ大抵怯えきってまともに顔も見ようとしねェってのに、あの小娘は真っ直ぐ目を見て話して、礼儀正しい態度も崩さなかった。地球人にしちゃ中々骨のある娘だったってなァ」
「そんな…私は何も。あの人も確かに風貌こそ恐ろしいと思いましたけど、不審人物である私達をいきなり排斥せず、ちゃんと話をしてくださいましたから」
「お前と章彦が住んでた世界ってのはずいぶんと平和だと聞いたが、そこで生まれ育ったわりになかなか度胸があんじゃねえか」

仁礼父子が異世界人だという事は、真選組の人間も知っていた。江戸に降り立ったその日に保護した章彦から聞き出していたのだそうだ。
静菜が知らなかっただけで、実はこの世界では(もちろん、ごく一部の上流階級の者だけにだが)異世界人と言う存在が認知されていたらしい。曰く、自分達が生まれ落ち生きる世界とは別に、異なる世界というものが数え切れないほど多く存在している。勿論一般人には異世界の存在を感じ取る事も出来ないのだが、ごくたまに世界と世界の間に歪みのようなものができて、落とし穴に落ちるかのように、別の世界へと落っこちてしまう事があるのだという。そう、自分達のように。
しかし異世界の存在そのものは知られていても、実際に異世界に渡る術まではなく。結局、静菜と章彦は細々とできる範囲で情報収集を続けつつ、日々精一杯生きているのだった。それでも戸籍や健康保険も父の伝手で用意してもらったので、前よりはずっと暮らしやすくはなっている。

「あと、意外なところからの圧力もあったぜ。お前、央国星のバカ皇子と知り合いなのか?」
「え、ハタ皇子がなにか?」
「なにかも何も、俺らに文句つけてきやがったんだよ。余の友人を牢に入れるとは何事だ!ってな。上の連中真っ青になってやがったぜ。天人の有力者がいち一般人に入れ込むたァ、どういう関係だよ」
「ええと…以前、彼の依頼を受けたことがありまして」

ペス騒動の詳細を知られるのは、誰の立場にとってもまずい。静菜は曖昧に言葉を濁した。
しかし、普段は地球人を蔑視する者も多い天人が自分を助けてくれた、という事実に、静菜は心から感謝の気持ちを抱いた。今の世の中にいろいろと問題は多いだろうが、やはり天人を完全な悪だと決めつける考えは、少し違うのではないかと思う。

「ハタ皇子には、今度お会いしたときお礼をするとして…その戌威族の方のお名前と連絡先を教えてくれませんか?お礼を申し上げたいんです」
「わかった。…義理堅い所は章彦と似てるな」
「そうですか?顔は似ているとたまに言われますが、性格のほうはあまりそういわれないですけど」
「いろいろ変わってっからな、あいつ。俺が言えた話じゃないが、仕事仕事でとっつきにくいし不愛想だし。だからお前を抱きしめた姿には驚いたぜ。あいつにも人の親としての情があるんだってな」
「…はい、私も。父に心配をかけてしまって申し訳なく思います」
「そう思うなら、一緒に暮らしてやりゃいいのによ」

口ではなんのかんの言いつつも章彦を気遣っているのか、土方はそんな事をいう。
章彦は今、真選組の屯所で寝泊まりしているらしい。妻子ある隊士は近くの長屋やアパートで暮らしてるそうだ。そちらへ移ることもできたのだが、生傷の絶えない物騒な職場。静菜は医者としての本来の仕事に加え、その優秀さから書類仕事も請け負っており、非常に多忙な毎日を過ごしているそうだ。
前の世界でもそうだったが、家を持ったとしても多忙なあまりなかなか帰れない生活では、静菜に寂しい思いをさせる事になる。ならば人に囲まれた、万事屋で下宿させる今のままでいたほうがいいのでは、と章彦自信と話し合って決めたのである。
銀時は章彦が支払った謝礼にホクホクしていたし、静菜としても、銀時や神楽、そして新八と過ごす今の生活を気に入っているものだから、この提案に否やはなかった。万屋の仕事も、できるだけ続けていきたいと考えている。多くの人と知り合う仕事なら、いつか元の世界に帰る手掛かりが見つかるかもしれないのだし。

「私たちが話し合って決めた事なんです。万屋から屯所までは歩いて30分もかかりませんから、すぐに会えますし」
「…まァ、物騒な仕事だしな。あんま近くにいすぎない方がいいって事もあるか」

一瞬遠くを見た後、土方の目が一口目から全く減っていない土方スペシャルに移った。

「どうした、食欲ねェのか?」
「あ…その、釈放の嬉しさのあまり、胸がいっぱいになってしまって。土方さん、一度私が箸をつけてしまったものですが、食べてくれませんか?」
「おっ、いいのか?んじゃ遠慮なく」

悪い人ではないのだ。喧嘩っ早い仕口も悪いが、話してみると理性的で、こちらのことも何かと気遣ってくれる。
この食の好みも親しみやすさと言えなくもないかもしれないが、それを人に押し付けることだけはやめてほしい。そう思いつつ、静菜は全力で笑顔を維持したまま、冷めて渋みが出てしまったお茶を飲み干した。



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