私の中の永遠

□第四訓
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“万事屋銀ちゃん”に夜兎族の少女が加わって、早数日。今や万事屋のエンゲル係数は、危険水準に到達していた。
開店前の“スナックお登勢”に、お茶碗片手の神楽の元気な声が響く。その頭に乗っかったイヴリンも、催促の鳴き声を上げた。

「おかわりヨロシ?」
「きゅきゅー」
「てめっ、何杯目だと思ってんだ。ウチは定食屋じゃねーんだっつーの」
「ごめんなさい、お登勢さん。神楽ちゃん、口の所にご飯粒が付いてるわよ」
「むぐぐ」

口元を拭ってやると、リスみたいに頬を膨らませた神楽は不明瞭な声で「ありがとう」らしい言葉を口にした。

「ここは酒と健全なエロを楽しむ店…親父の聖地スナックなんだよ。そんなに飯食いてーならファミレス行ってお子様ランチでも頼みな」

お登勢のまっとうな突っ込みにも、神楽は毛ほども動じない。この子の辞書に遠慮という言葉はあるのだろうか。

「ちゃらついたオカズに興味ない。たくあんでヨロシ」
「食う割には嗜好が地味だなオイ!ちょっとォ、静菜!何だいこの娘!もう五合も飯食べてるよ、どこの娘だい!」
「本当にすみませんお登勢さん。お登勢さんに迷惑を掛けるのは心苦しいんですけど、万事屋にはもう砂糖と塩しかなくて…」

調味料以外ほぼ空っぽとなってしまった万事屋の台所を思い、静菜はカウンターに突っ伏す。窓辺のミニ菜園で育てていたブロッコリーの芽まで食べられてしまった。明日からどうすればいいのだろう。
まさか夜兎族がここまで大食いだとは思わなかった。恐らくあれだけのパワーを発揮するために途方もないエネルギーが必要なのだろうが、神楽のペタンコのお腹のどこに大量の料理が入るのだろうか。夜兎はみんな、胃の中がブラックホールにでもなっているのか?

「なんなんだい。あっちのテーブルじゃ、銀時達もすっかり憔悴しちまって…ん?」

顔を上げて見れば、なんと神楽がカウンターによじ上り、炊飯器に直接顔を突っ込んでご飯をむさぼっていた。イヴリンも神楽の膝に手を掛けて、隙間に顔を押し込んではもぐもぐと口を動かしている。

「ってオイぃぃぃ!!まだ食うんかいィィ!!」
「神楽ちゃん、イーヴ!そんな意地汚い真似は止めなさい!」
「ちょっと誰か止めてェェェ!!」

その後。銀時と新八の手を借りて何とか神楽を炊飯器から引きはがしたものの、すっかり疲れ果てた面々は店の片隅の席で頭を抱えていた。お腹がくちた神楽とイヴリンは、カウンター席で美味しそうに食後のジュースを啜っている。

「へェ〜、じゃああの娘も出稼ぎで地球に」
「はい。故郷に帰るにもお金が必要なので、それを稼ぐまでは万事屋で働く事になりまして」
「バカだねェ銀時。家賃もロクに払えない身分のクセに」
「銀時さんの懐の深さには、本当に頭が下がります」

自分だって万事屋に突然転がり込んだ身の上だ。神楽の事をあまりうるさく言えない。

「あんたはいいじゃないのさ。家事も仕事もきちんとこなして、むしろこいつより働いてるだろ。でもあんな大食いどうすんだい?言っとくけど家賃はまけねぇよ」
「オレだって好きで置いてるわけじゃねぇよ、あんな胃拡張娘」

風を切って飛んだグラスが側頭部に直撃し、銀時はテーブルに沈没した。

「ぎ、銀時さん!?」
「なんか言ったアルか?」
「「言ってません」」
「神楽ちゃん、なんて事をするの!銀時さん、大丈夫ですか?」
「いだだだ…」

幸い血は出ていないが、触ると痛いようだ。コブが出来るかもしれない。ともかく冷やさなくてはと、カウンターに氷を取りに行こうとしたところで、脇から濡れたおしぼりを差し出された。

「大丈夫デスカ?コレデ頭冷ヤストイイデスヨ」
「あ、ありがとうございます。お借りします」

おしぼりをくれたのは、見慣れない女性の従業員だった。黒髪のおかっぱ頭からひょっこり猫耳が飛び出ていることから、天人だとわかる。

「銀時さん、ちょっと染みるかもしれませんが我慢してください」
「いっつー…って、あら?初めて見る顔だな、新入り?」
「ハイ。今週カラ働カセテイタダイテマス。キャサリン言イマス」

夜遅くまでスナックを営業し、昼間に休んでいるお登勢と静菜達万事屋の活動時間は異なる。一度も顔を合わせない日もあるから、キャサリンの存在を今まで知らなかったのも無理はない。

「キャサリンも出稼ぎで地球に来たクチでねェ。実家に仕送りするため頑張ってんだ」
「そうなんですか。苦労されているんですね」
「大したもんだ。どっかの誰かなんて自分の食欲を満たすためだけに…」

再びグラスが直撃し、銀時はテーブルに顔面から突っ込む。

「かか、神楽ちゃん!」

さすがに静菜が大声を上げると、神楽はびくっと肩を震わせた。

「神楽ちゃん、あなたは血を求める夜兎の本能に抗うと決めたんでしょう。暴力に走っちゃいけないわ」
「だ、だってソイツが…」
「何か言いたい事があるのなら、手を出すんじゃなくて、まず口で言えばいいのよ。ほら、銀時さんに何を言わなければいけないか、わかるでしょう?」
「…ハイ。ゴメンなさい、銀ちゃん」

ぺこりと頭を下げる神楽のしおらしい態度に、毒気を抜かれたらしい銀時はポリポリと頬を掻いた。

「…ったくよぉ。俺じゃなかったら死んでたとこだぜ。オメーと違って地球人は繊細なんだ、もう二度とすんじゃねェぞ」
「銀さんの石頭が役に立ちましたね」
「今のでちったァ頭の出来が良くなったんじゃないかい?」
「んだとクソババ…っててて!」
「大声出すと痛みますよ。キャサリンさん、濡れタオルと氷を頂けますか?」
「カシコマリマシタ」

銀時の手当てをし、割れたグラスを“時間遡行”で直していると、ふいに準備中の札を掛けてあったはずの引き戸が開かれた。
姿を現したのは、この国の警察手帳を掲げた二人の男だ。あまり警察に良い思い出がない(万事屋が迷惑を掛けたという理由で)静菜は内心身構えてしまったのだが、銀時と新八はいたって平然としている。この度胸は見習いたい。

「あの、こーゆーもんだけど。ちょっと調査に協力してくれない?」
「なんかあったんですか?」
「このへんでさァ、店の売り上げ持ち逃げされる事件が多発しててね。何でも犯人は不法入国してきた天人らしいんだが。この辺はそーゆー労働者多いだろ、なんか知らない?」

お登勢が「脛に傷ある連中が集まる町」と言っていたが、かぶき町は前科者や流れ者など、素性の知れない人間も多い。後ろ暗い所のある風俗店などは経歴を調べず人を雇う事もあるそうなので、そういった事件が起きてもなるほど不思議ではない。

「知ってますよ、犯人はコイツです」
「えいっ」
「ぎゃふん!」

神楽のデコピンを食らい、銀時はあおむけにひっくり返った。

「暴力はダメ静菜に言われたから、心温まるスキンシップにしたヨ」
「い、良い子ね神楽ちゃん!でもお願いだからもう少し手加減してあげて」
「…おまっ、お前何さらしてくれとんじゃァァ!」

即座に復活した銀時が起き上がって叫ぶ。本当に丈夫な人だ。頭が鋼鉄でできているのだろうか。

「私、下らない冗談嫌いネ」
「てめェ故郷に帰りたいって言ってただろーが!この際強制送還でもいいだろ!!」
「そんな不名誉な帰国御免こうむるネ。。いざとなれば船にしがみついて帰る。こっち来る時も成功した、なんとかなるネ」
「不名誉どころかお前ただの犯罪者じゃねーか!」
「二人とも、シーッ!誰の前だと思っているんです!?」

静菜は慌てて背後を振り返った。同心は呆れ顔で首を振っている。

「あ、あの、今の話は…」
「あー、俺っちは何も聞いてないよ。正直、不法入国ぐらいでいちいち天人追い掛け回してたら俺らの首が回んなくなる。ただし、あまり公言しないどくれよ。こっちも見て見ぬ振りできなくなるからね」
「あ、ありがとうございます」
「いやいや。よくわからんが、アンタも苦労してるみたいだね…」
「…お気遣い、痛み入ります…」

中間管理職同士通じ合うものがあったのか、静菜と同心は顔を見合わせ苦笑し合う。

「…まあ、なんか大丈夫そーだね」
「ああ、もう帰っとくれ。ウチはそんな悪い娘雇ってな…」

お登勢が言いかけた言葉を遮るように、ブオンブオンと聞き慣れた原付の排気音が響く。



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