私の中の永遠

□第三訓
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「はーっ、何度数えてもお札の数は変わらないわね…そりゃそうよね…。ううっ、これが勝手にお金がザクザク湧いてくる、魔法の財布だったら良かったのに…」
「きゅう」
「わかってるわ、夢みたいなことを言ってもしかたないわよね。でも…はぁ。明日の晩御飯、どうしましょう…」

大江戸マートから出た静菜は、相変わらず羽が生えているかのように軽い財布を右手に、エコバッグを左手に持ちほう、と息を吐いた。
先日のペス捕獲騒動の謝礼は、結局依頼を完遂できなかった事により、最初に提示された金額から何割か減額された。それでも一般人が手にするとしてはかなりの大金だったはずなのだが、溜まっていた三か月分の家賃及び水光熱費の支払い、電化製品の修理や買い替え、かぶき町中の飲食店に(銀時が)ツケた代金の支払い、新八と静菜の給料、さらには社長のギャンブルなどであっという間になくなってしまったのだった。
「ごめ〜ん、パチンコでスっちまった。テヘっ、許して?」と冷や汗まじりの笑顔で渡された口座の通帳が4ケタだったのを見た際は、さすがの静菜もその日の銀時の晩御飯を白米のみにしたほどだ。ちなみにキレた新八は、問答無用で銀時を殴り倒していた。万事屋では、社長の威厳など紙切れ一枚ほどの重みもない。やる時はやる男なので信頼されていないわけではないのだが、普段の生活態度がアレすぎるのである。

「うかつだった…銀時さんの手が届かない所にあらかじめいくらか取り分けておくべきだったんだわ。これからはせめて最低限の生活費と私と新八君の給料分のお金は、お登勢さんに預かってもらうようにしようかしら」

大金が入って浮かれたのもほんの一時、貧乏生活に逆戻り。万事屋は相変わらず閑古鳥が鳴いている。こうなったら営業努力と同時に節約を心がけ、削れる支出は出来るだけ削っていくしかない。

「美味しいご飯を食べるとやる気も出るし、料理はこれからも今のレベルで続けていきたいのよね…。ハーブ類は出来るだけ家で育てられるものは育てて、お登勢さんにチラシを毎日見せて貰ってお買い得品をチェックして、節電・節水のウラ技を本屋さんで調べて…」

ぶつぶつ呟きながら路地を歩く。途中、顔見知りのご近所さんに「よう」「静菜ちゃんこんにちは。銀さんは元気かい?」などと声を掛けられ、そのたびに会釈したり、挨拶を返したりした。トリップしてしばらく経ち、自分もこのかぶき町に段々と馴染んできた事を実感する。
かぶき町は風俗店が多いためか治安はあまり良くないし、ターミナル付近のエリアに比べれば都市開発も行き届いていない、ごちゃごちゃと雑多な町だけれど、その分人情味がある良い町だと思う。けれどもやっぱり、元の世界を恋しく思う気持ちが消えたわけではない。

「…皆、元気にしているかしら。この世界とあっちと時間の流れが一緒だとしたら、私が突然失踪してひと月以上か…」

友人や父の顔が脳裏に浮かぶ。センチメンタルな気分で雲一つない青空を眺めていると、ふいにすぐそこの曲がり角の向こうから、キィィイ、ドン!と不吉な音が聞こえてきた。甲高いブレーキ音と、何か重い物がぶつかる音。

「え、何!?まさか事故?」
「きゅきゅっ!」

慌てて角を曲がった静菜の目に、“それ”は飛び込んできた。

「…え?」

生々しく残るブレーキ痕。路上に倒れ伏し、ぴくりとも動かない10代半ばの少女。そしてそれをこの世の終わりのような顔で凝視する、あまりにも見覚えのある原付に乗った二人組。
あまりの光景に、静菜は気が遠くなった。

「あああああ!!ひいちゃったよちょっとォォォ!!…って、静菜ちゃん!?」
「…」
「静菜ちゃん!静菜ちゃん!しっかり!」
「きゅきゅー!」
「はっ!」

新八に肩を強引に揺さぶられ、イヴリンには三つ編みを引っ張られ、静菜は短い自失から我に返った。

「…あ、ごめんなさい新八君。白昼夢かしら、今とんでもないものを見た気がして…って、夢じゃなかったー!?」
「どーしよコレどうすんだよ!銀さん、アンタがよそ見してるから…」

新八が責め立てるものの、当の銀時は近くの自販機の受け取り口に頭を突っ込んでいた。

「騒ぐんじゃねーよ。取りあえず落ち着いてタイムマシンを探せ」
「アンタが落ち着けェェェ!!」
「銀時さん、気持ちはわかりますが現実逃避は止めて下さい!ホントによそ見運転なんてしたんです?」
「いやいや俺のせいじゃないって!あっちがいきなり車道に飛び出して来たんだって!」

お友達になっていた自販機から新八の手で無理やり引きずり出された銀時は、冷や汗をだらだら流しながら弁明する。
とにかく何はさておき容態を確認しなくてはと、静菜は少女の傍らにしゃがみ込んだ。近くに転がっていた彼女のものらしい紫の番傘を、そっと脇に避ける。
江戸の町では見慣れないチャイナ服。透き通るように色が白く、目をつむった横顔は人形のように整っている。その頬をぺろぺろとイヴリンが舐めるが、少女は目を覚まさない。

「だ…大丈夫だよオメーよぉ。お目覚めテレビの星座占いじゃ、週末の俺の運勢は最高だった。きっと奇跡的に無傷に違いねェ」
「銀時さん、頭を打ってるかもしれないです。あまり乱暴にするのは…」
「なァオイ、お嬢…!」

銀時が少女の肩を掴むと、そこからどろりと赤いものが広がった。ケチャップでもイチゴジャムでもない。血だ。

「ギャァアアア!!」
「ぜんっぜん無傷じゃないじゃないっスか!大参事ですよコレ!どーすんの!?」
「大変!お嬢さん、しっかりして!私の声が聞こえる!?」

最早一刻の猶予もない。静菜は胸元に揺れる懐中時計を引っ掴み、少女に向かってかざした。白い光が、少女の身体をぼんやりと包み込む。

「――時よ、巻き戻…つぅっ!」
「無茶すんな静菜!お前の力、生きモンには効き辛ェんだろ!下手すりゃまた血ィ吐いて寝込む事になんぞ!」
「そうだよ静菜ちゃん、お医者さんに任せよう!」
「そんな事を言ってられないわ、この子の命が懸かっているんですよ!」

集中し、力を行使しようとするも、激しい頭痛と動悸のせいで上手くいかない。胸に覚えのある鉄臭い何かがこみ上げてくる。
それでも、この子が死ぬなんて、それも自分の大切な人のせいでだなんて、絶対に嫌だった。

「もう一度…」

懐中時計を強く握り締めた、その時。前方からやって来た黒塗りの乗用車が、静菜達のすぐ傍に停まった。事故の様子が気になったのかと思ったが、突然助手席のウインドウが開いたかと思うと、そこからにゅっと拳銃を持った手が突き出された。いかにも堅気には見えないパンチパーマの男が、銃口を真っ直ぐこちらに向けている。

「…え?」
「ちょっ…何ィィィ!?」

避ける暇などとてもなかった。思わずぎゅっと目を瞑ると、薄闇の中、パンパンと乾いた銃声が響いた。けれど、痛みはいつまでたっても襲ってこない。

「…え、ええ?」

恐る恐る目を開けた静菜は絶句した。ついさっきまでピクリとも動かなかった少女が起き上がり、傘を大きく開いている。どんな素材でできているのか、それに防がれた銃弾がパラパラと地面に落ちた。
少女は次いで傘の切っ先を、自分達の命を狙った男に向ける。危険を察知したらしい車は慌てて走り去ろうとしたが、それより先に傘の先端からドドドドド、と銃撃が放たれた。どうやら彼女の傘は、丈夫なだけでなく仕込み銃になっているらしい。
銃撃をフロントガラスにくらった車は大きく蛇行し、街路樹に派手に突っ込み大破、停止した。まるでアクション映画のような一連の流れに、静菜達は言葉もない。

「う…嘘…」
「フン、他愛もないネ」

銃口から上る煙をふっと吹き消して、少女は歴戦のスナイパーのようなニヒルな笑みを浮かべて見せた。



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