私の中の永遠

□第二訓
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その朝。静菜が肩に乗せたイヴリンと共に依頼をこなし、万事屋へと戻る途中、コンビニに立ち寄った新八とたまたま行き会った。

「おはよう、新八君」
「きゅきゅっ!」
「おはよう。ひょっとしてこんな朝から依頼があったの?」
「そうよ。骨董の壺を落として割ってしまったから直してほしいって、二丁目の山本さんに頼まれたの」
「その様子じゃ上手く行ったみたいだね」
「ええ。小さな壺で正直助かったわ。割れてから結構時間が経っていたから」

退院した後、静菜は自分が手に入れた不思議な能力を把握するため、体調が許す限り実験に取り組んだ。その結果、時間を操る金色の懐中時計、その力のルールが少しずつ分かってきた。
この時計は確かに静菜がこれと定めた対象の時間を操る事が出来る。時間の流れを早くしたり、遅くしたり、止めたり、はたまた時間をまき戻して、割れてしまった壺を元通りにする、なんて芸当も可能だ。
しかしこれにはいくつかの制約が存在する。まず第一に人間や動物など、あるいは自分が「生き物」だと思っているものには力が効きにくい。また対象の大きさや、操る時間の長さ、対象と自分との距離が増すごとに、自身の精神的・肉体的疲労度もまた増大する。無理を通せば飛空艇の時のように三日三晩昏倒する事になりかねない。命に関わる可能性だってあるだろう。

「本当に凄い力だね。羨ましいなぁ」
「でも、色々と制約もあるのよ?今の私じゃ、どんなに小さなものでもせいぜい一時間しか時間を巻き戻せないもの。もっと自由自在に使えたら便利なんでしょうけれど…」
「まあ、あまり高望みをしていても仕方ないよ。色々試してみて、少しずつ力との付き合い方を学んでいけばいいんじゃないかな。この世で静菜ちゃんしか使えない力なんだから、大切にしないと」
「ええ…そうね。焦っても仕方ないわね」

新八の言う通り、銀時や新八も試しに懐中時計を手に力を使おうと試してみたのだが、あの白い光は現れなかった。静菜の名前が刻まれた時点で、この懐中時計は主を定めてしまったらしい。

「(今思えばあのおじいさんの言っていた力って言うのは、イヴリンだけでなくこの懐中時計も含んでいたんだわ)」

だったらもう少し説明してからこの世界に送り出してほしかったと思うが、今この場にいない人間に恨み言を吐いても仕方ない。
自分は銀時のように腕っぷしが強いわけでも、新八のようにこの世界に生まれ育ち人脈と知識を身に着けているわけでもない。だからこそ、トリップのお詫びのように与えられたこの能力を上手く生かして、足手まといにならないよう頑張らなければならないのだ。
そんな事を考えながら歩いていると、万事屋に近付くにつれ、何やら言い争っているらしい怒声が聞こえてきた。もう何度も覚えのあるやり取りに、思わず新八と顔を見合わせて渋い顔をする。

「しるかボケェエ!!金がねーなら腎臓なり金玉なり売って金つくらんかいクソッたりゃー!!」
「家賃如きでうるせーよウンコババア!こないだアレ…ビデオ直してやったろ!アレでチャラでいいだろが!!」
「いいわけねーだろ!五か月分の家賃だぞ!大体あのビデオまた壊れて「鬼平犯科帳」コンプリート失敗しちまったわい!」
「バカヤロー諦めんな、きっとまた再放送するさ!」

二階、「万事屋銀ちゃん」の玄関口で近所迷惑な口喧嘩を繰り広げる銀時とお登勢。だがどちらが悪いかと言えば、家賃を五か月も滞納する銀時が悪いに決まっている。ただでさえ収入が安定しない自由業なのに、ちょっとお金が入ればすぐにギャンブルに使ってしまうのだ。駄目な大人の典型例である。

「んなこたァいいから家賃よこせっつーんだよ、この天然パーマネント!!」
「んだコラァ、お前に天然パーマの苦しみがわかるか!!」
「二人とも、どうかそのくらいにしてください!」

静菜は慌てて階段を駆け寄り、今まさに銀時にヘッドロックを掛けようとするお登勢を制止した。歳の割に元気な女性である。

「お登勢さん。滞納している全額にはとても足りませんが、今朝の依頼料です。これでもうしばらく待ってもらえませんか。必ずお返ししますから、臓器売買だけは勘弁してください」
「ふむ…あんたがそう言うなら仕方ないね。しかし銀時。あんた、すっかり10も年下の女の子のヒモになっちまって。生きてて恥ずかしくないのかい?」
「ウルセー。俺だってよぉ、別にわざと散財してるわけじゃねぇぞ。ただ万札の方が俺を嫌って、勝手に財布から出て行っちまうんだよ…」
「競馬場やパチンコ店にです?」

軽口を叩き合いつつ、万事屋の中に入る。何せ日の大半は閑古鳥が鳴いているものだから、暇つぶしに掃除ばかりしているせいで、室内は男性の一人暮らしの割に誇りなく整頓されていた。“糖分”の額縁が掲げられた洋間も塵ひとつなく綺麗なものだ。

「…まったくもう。静菜ちゃんの稼ぎがなかったら、生活費までひっぱがされるところでしたよ」
「でも、それも対症療法でしかないわ。早く滞納してる家賃、せめて半分でも返さないとここを追い出されてしまうかも」

お茶を淹れながらぼやく新八と溜息をつき合う。静菜はお茶うけに、山本さんから頂いたたくあんと白菜の塩漬けを出した。本当は依頼人が来た時のため、また社長の好みに合わせて饅頭くらい用意したいところだが、悲しい話、そんな余裕もないのである。
だがイヴリンはたくあんを美味しそうにポリポリと齧っている。この子は一番の好物は肉だが、野菜や魚や甘味、あるいは漬物まで何でも食べるのだ。たくあんを食べるドラゴン。シュールな図だ。好き嫌いなく何でも食べてくれるのは、こちらとしてはありがたいが。

「今月の僕の給料、ちゃんと出るんでしょーね。頼みますよ、僕んちの家計だってキツいんだから」
「腎臓ってよォ、二つもあんのなんか邪魔じゃない?」
「売らんぞォォ!何恐ろし―事考えてんだ!!」
「止めて下さい銀時さん。自分の身体はもっと大切にして下さいよ」

しかし由々しき事態である。さすがにこの零細企業で二人(+1匹)も従業員を抱え込むのは厳しかったか。

「ううん、どうやってお客さんを増やせばいいのかしら。宣伝しようにも、チラシを刷るお金すらないし…」
「僕も知り合いに営業したりしてるけど、大抵“万事屋ァ?何それうさんくさっ!”って反応なんだよね。まあ無理もない話だけど」
「まあ二人とも、そーカリカリすんなや。金はなァ、がっつく奴の所には入ってこねーもんさ」

深刻な視線を交わし合う従業員二人とは対照的に、テレビを見る銀時はどこまでもマイペースである。泰然としていると言えば聞こえがいいが、危機感のない態度には呆れさせられる。

「ウチ、姉上が今度はスナックで働き始めて寝る間も惜しんで頑張ってるんスよ…」
「えっ?妙さん、20歳になってなかったんじゃ…ああ、そうか。この国では未成年でも風俗店で働けるのね」
「うん、そうだよ。静菜ちゃんの故郷は違うんだ」
「ええ。…そうか。この町の風景を見ていると忘れがちだけど、ほんの数十年前までは江戸時代だったんだもの。10代の結婚なんかも当り前だったんだものね」

新八にもすでに、自分が異世界トリップした事実は話している。常識人の新八は最初は驚いたものの、今は静菜の境遇に同情し、「早くお父さんと会えるといいね」と応援してくれていた。

「お登勢さんに紹介してもらったちゃんとした店らしいし、もう無茶はしないって約束してくれたんだけど…やっぱ夜のお店だから、僕も色々と心配で」
「そうだったの。…銀時さん、道場復興の夢のために頑張る妙さんの為にも、私達も頑張って稼がなきゃいけませんね」
「アリ?映りワリーな。さっき付けたときはみえたんだけど。おーい静菜ー、お前何とかしてくれよ」
「…って、ちょっと!きーてんの!?」
「あのですね。私の力は修復じゃなくてあくまでその物体の時間を巻き戻すだけですから、根本的な解決にはなりませんよ?」

しかしテレビを修理に出す金もなく、静菜は仕方なしに長い鎖を付けてペンダントのように首から下げた懐中時計を手に、こじんまりとしたブラウン管テレビの前に立つ。

「――時よ、巻き戻れ」

白い光がテレビを包み、砂嵐がかかったようになっていた画面が鮮明なものに戻った。
画面の向こうでは、リポーターの女性の背後、まるで大地震が起きたような瓦礫の山となった市街地の惨状が広がっている。

『――現在謎の生物は新宿方面へ向かっていると思われます。ご近所にお住まいの方は速やかに非難することを…』
「オイオイまたターミナルから宇宙生物侵入か?最近多いねェ」
「物騒な話ですね」

検疫はどうなっているかと思うも、自分も勝手にイヴリンと言う謎の生物を不可抗力とは言えこの町に連れ込んでいるのだから、あまり大きい事は言えない。一応、動物病院に連れて行って危ない病気を持っていないか、それだけは診てもらったが。それで普通に飼ってOKになったのだから、この世界も色々とザルだと思う。恐らく、急激な文化や経済、科学の発展に、法制度が追い付いていないのだ。
幕府にしても毎日ものすごい数が行きかう宇宙船の荷物を完璧に検査する事は難しいようで、宇宙から持ち込まれた危険な動植物が騒動を起こす事は、この江戸ではさして珍しい話ではなかった。

「宇宙生物より今はどーやって生計立てるかの方が問題スよ」

新八がシビアな愚痴を吐いた時、ちょうどピンポーンとチャイムが鳴った。

「クソババが、金ならもうねーつってんのにしつけぇな。こうなったら俺がガツンと一発…!」
「そんな上から目線に言える立場ですか!銀時さんは喧嘩腰になってしまうから下がっていてください、私が出ます。それにお登勢さんじゃなくてお客様かも知れないでしょう?」

銀時を宥め、静菜は慌てて玄関に向かう。予想は当たっていたようで、引き戸の向こうにはいかにもお登勢とは違う、三人の人間のシルエットが浮かんでいた。できる範囲で髪と着物の乱れを直し、息を整え戸を開ける。

「――大変お待たせいたしました」

そこに立っていたのは、いかにも役人らしい洋装の男性達だった。中央に立つ、上官らしい男がサングラス越しに鋭い視線を向けてくる。

「なんだ、まだほんの小娘じゃねーか。こんな乳くせぇガキが万事屋だってのか?」

男の尊大な態度に地位の匂いを感じ取った静菜は、反感を押し殺し小さく頭を下げた。

「私は“万事屋銀ちゃん”の従業員、仁礼静菜と申します。社長は中におりますので、どうか狭苦しい場所ですがお上がり下さ…」
「いや、いい。社長とやらを呼んできてくれ」
「え?」
「アンタら万事屋に依頼がある。幕府(おかみ)の言う事には逆らえねーだろ?」

男の不敵な笑みに嫌な予感をひしひしと感じ取った静菜だったが、否やと言える状況ではなかった。



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