私の中の永遠

□第一訓
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かぶき町のとある公園に、歓声が響き渡った。

「んま〜、ユキちゃん!良かったわぁ、無事だったのね!悪い奴にさらわれたんじゃないかって心配だったのよう!」

紫色のルージュがどぎついふくよかなマダムは土煙を上げて駆け寄ると、静菜の腕にいた真っ白な子猫を奪い取った。そのまま白粉を厚くはたいた顔で頬ずりをする。白猫が嫌そうにンニャー!と鳴いてもお構いなしだ。
静菜の肩にとまったイヴリンが、同情するかのようにきゅう、と鳴く。

「お、奥様。どうかその辺で…!」
「あの様子じゃまた家出するのも時間の問題じゃねーの」
「行き過ぎた愛情は暴力と変わりませんね…」

ようやく子猫を解放したマダムは、満面の笑みで静菜と銀時に向き直る。

「ありがとう二人とも!万事屋なんて胡散臭い人達が見つけられるか正直半信半疑だったんだけど、まさかこんなに早くユキちゃんを見つけてくれるなんて!驚いたわ!」
「このトドババァ喧嘩売ってんの?」
「銀時さん、しーっ!」

自分が失礼な発言をしている事にも気づいていないあたり、この国の階級社会の闇が感じられる。

「…ええと、またいなくなった時の為に、念のため首輪にGPSを付けた方がよろしいかと思うのですが」
「んまぁ、何を言うの!ユキちゃんを囚人扱いなんてできないわ!」

そう言って唇を尖らせるマダムの腕の中のユキちゃんは、囚人よりもすさんだ目をしているのだが。

「さぁユキちゃん、早くお家にかえりまちょうねー。ああ、毛並みが台無しだわ。お風呂も専属トリマーもちゃんと用意してありますからね」
「あの、あまり過度に構うのもその子のストレスになるのでは…」
「ああ、依頼料は指定の口座に振り込んでおきますので。それではお二人とも、御機嫌よう!」

マダムは白猫を抱いたまま、さっさと待機していたリムジンに乗ってその場を立ち去った。無事依頼は終了したのだが、何となく釈然としないものも感じる。

「悪い人じゃないんですけど、なんていうかこう…」
「まあこれであの白猫がまた逃げ出したら、俺達に猫探しの依頼が入るからいいじゃねぇの?またイーヴに見つけて貰えばいいんだからよ、楽な仕事だぜ」
「きゅう」

静菜の肩から飛びあがったイヴリンが、今度は最近のお気に入りである銀時の頭の上に飛び乗った。真っ白な癖っ毛の中に仔ドラゴンが半分埋もれている様は、巣の上で日向ぼっこをしているようにも見えなくもない。
最初は嫌がっていた銀時も、今はすっかり慣れてしまっていた。人語を解するイヴリンは今やその鼻と翼とで行方不明のペットを探したり、木の上に引っ掛かったボールを取ったりと大活躍の万事屋のエースなので、社長もなかなか甘いのである。もっとも、好奇心が強くて興味がすぐ他所に移ってしまう所が玉に瑕だが。

「そうすけど、かぶき町は野良猫も多いでしょう?次もまた無傷で保護できるとは限らないですし」
「ったく、静菜は心配性すぎじゃね?若いうちからあんま余計な気ばっかり回してっとハゲるぞ」
「女性の薄毛って結構深刻な問題なんですよ?」

静菜がお登勢と銀時の下で世話になってから、早半月。ようやく一人で上手に着物(お登勢にもらった彼女の御下がり)を着れるようになったところだ。今では銀時ともすっかり打ち解けて(?)、いつのまにかちゃん付けでなく名前で呼ばれるようになっていた。
元の世界へ帰るための手掛かりを求め、図書館やネットであれこれ調べてはいるものの、中々成果は上がらない。この世界では惑星間のワープ航法は確立されているのだが、それはあくまでこの世界の次元の中での空間移動だ。異世界トリップなど、異文化が入り混じるこの世界でも眉唾物の夢物語らしい。また、父を探そうにも戸籍もなく、お上に痛い腹を探られると困る身で大々的に尋ね人の広告を出すのも憚れた。
果たして自分は本当に元の世界に戻れるのか。父と再会できるのか。一人で何もしないでいるとうだうだと暗い事を考えてしまうので、こうやって銀時とイヴリンと一緒にひたすら依頼をこなしているとむしろほっとできた。

「依頼金、結構入っただろ?ホラ、こないだCMやってた何とかってパーラーのスイーツバイキング行こうぜ。たまにはパァーッと贅沢するのも悪くなくね?」
「だめです。このお金は今月の水道光熱費と食費、先月分の家賃に当てますので」
「えー、何でだよ。その分は一昨日の屋根修理と夕食代行で稼げたんじゃねぇの?」
「そのお金は銀時さんの交通違反の罰金と予備のヘルメット代で半分以上が消えました」
「orz…」

地に手を付いて落ち込む銀時に、万事屋の経理担当の静菜はぐらりと心動かされた。実年齢は一回り以上離れているのだが、しょぼくれた犬のような姿を見ていると、つい甘やかしたくなってしまうのである。

「…ですが、疲れたので甘いものでエネルギー補給するのはいいですね。さすがにスイーツバイキングとはいきませんけど、いつもの団子屋さんにでも寄りますか?」
「おう、行く行く!さすが静菜さん話が分かるぅ!」
「褒めても何も出ませんよ?あとツケるくらい注文するのは止めて下さいね」

ところがスクーターを押す銀時と並んで団子屋に向かう途中、とあるファミレスの前で隣の銀髪頭がふいに立ち止まった。

「なァ、たまにはファミレスでお茶もよくね?銀さん久しぶりにパフェ食いたい気分」
「いいですね。私、チーズケーキが食べたいです」
「きゅー」

団子もいいが、和菓子が続くと洋菓子もまた恋しくなる。二人と一匹が店に入ると、「いらっしゃいませ」と眼鏡の少年がお辞儀した。静菜と同じ年頃だろう、地味だが善良そうな男の子だった。

「2名様ですね。おタバコは吸われますか?」
「いえ」
「かしこまりました。こちらのお席へどうぞ」

店内は客の数もまばらで、どことなく和っぽさを含んだ内装である。席に着いた静菜は、猫探しで渇いた喉をお冷で潤しほっと人心地ついた。銀時は向かいの席で早速メニューを開き、その頭の上からイヴリンも興味深々と覗き込んでいる。

「んー、パフェも色々あるな。プリンパフェにチョコパフェ、いやいやオーソドックスなフルーツパフェも捨てがたい…。ねぇ静菜ちゃ〜ん」
「いやいや、注文するのは何かひとつにしてくださいね。どうしても食べたかったら、その分は銀時さんのお小遣いから出して下さいな」
「あ、それ駄目。昨日パチンコで全部スっちった」
「oh…」

などと話しているうちに、新しい客が入店してきた。やけに話し声がうるさいと思って視線を向け、少し驚く。それはヒョウの顔をした天人の三人組だったのだ。確か図書館で読んだ図鑑によると、茶斗蘭星の出身で、天人の中でもなかなかの力を持つ一族のはずだ。
当初は人ならざる姿をした彼らを目にするたびにどきりとしていたものだったが、何せ町のどこにでも天人は我が物顔で闊歩しているのだ、数日も江戸で暮らせば、その存在にも慣れてしまった。
彼らは静菜達の隣の席に座ると、相変わらずペチャクチャと話し続けた。禁煙席にも関わらず堂々とタバコを吸う、そのマナーの悪さにも辟易する。

「…でさ、その役人と来たら何をするにもこっちの顔色ばっかチラチラうかがってよぉ…もうみっともないのなんのって」
「ギャハハハ!この国の猿もようやく礼儀ってもんを覚えてきたみてえじゃねぇの」
「猿は猿らしく、ご主人様の命令にいい子で従ってればいんだよ。そしたらこっちもペットとして可愛がってやるってもんだ。なぁ?」

この国の人間を目下どころか同じ“ヒト”とすら見ていない天人達に、静菜は思わず唇を噛み締めた。
天人のもたらした電気・ガス・水道などのライフラインをはじめとした様々な科学技術は、今やこの国にとってはなくてはならないものだ。いまさらすべてを捨て去って天人がいなかった古き良き時代に戻ろうとしても、人はその便利さや豊かさを忘れられないだろう。天人達も、地球人が自分達を絶対に切り捨てられないと分かった上でこれほど高圧的に振る舞っているに違いない。
けれど、このような横暴な振る舞いを見聞きすると悲しくなってくる。彼らにとって、地球は対等な貿易相手ではなく、ただ一方的に搾取するための弱い存在でしかない。向こうから無理やり開国を迫った癖に、あんまりだ。
異世界人の静菜ですら思う所があるのだから、この国で生まれ育った銀時はさぞ腹に据えかねているだろう。そう思いちらりと視線を向けると、銀時は冷めた表情でイヴリンの角をいじっていた。イヴリンはくすぐったそうにもじもじと身じろいている。

「俺、やっぱチョコレートパフェにするわ。あとメロンソーダ。お前は?」
「えーと…チーズケーキにカフェオレで。イーヴ、半分こしましょ?」
「きゅう」

そうだ、この国で生きていく以上、この程度の事を気にしてはいられないのだ。そう気を取り直した所で運ばれたきたデザートは、静菜の少し落ち込んだ気持ちを浮上させてくれたのだが。

「だからバカ、おめっ…違っ…それじゃねーよ!そこだよそこ!」

ふいに聞こえた罵声に、静菜は驚いて顔を上げた。見ると、レジで店長らしい男が先程の眼鏡の少年を口汚い言葉で怒鳴りつけている。

「おめっ、今時レジ打ちなんてチンパンジーでも出来るよ!オメー人間じゃん!一年も勤めてんじゃん!何で出来ねーんだよ!」
「す…すみません。剣術しかやってこなかったものですから」
「てめェェェ、まだ剣ひきずってんのかァ!!」

店長に殴られた少年の眼鏡が吹っ飛んだ。静菜は思わず立ち上がろうとしたが、銀時に手を引かれてしまう。

「銀時さん!」
「ほっとけ。このご時世、“侍”を名乗る奴の扱いなんぞあんなモンだ。このくれーで人の手を借りるようじゃどの道この先やってけねぇだろ」
「…」

静菜は銀時が腰に差した、『洞爺湖』の文字が彫られた木刀にちらりと目を落とした。
恐らくは銀時も、昔は木刀ではなく真剣をその手に握っていたはずだ。命を懸けて護ろうとした当の幕府の命でそれを手放さなければならなかった時、彼は一体何を思ったのだろうか。

「侍も剣ももうとっくに滅んだんだよ!それをいつまで侍気取りですかテメーは!あん?」
「オイオイそのへんにしておけ店長。オイ少年、レジはいいから牛乳頼む」
「あ…ヘイ、ただいま」

少年がミルクを用意しに厨房へ引っ込む。静菜は嫌な予感がした。まるで少年を庇うようなタイミングではあったが、あの天人がそんなお人好しでない事はタバコ片手のにやにや笑いから容易に見て取れる。

「旦那ァ、甘やかしてもらっちゃ困りまさァ」
「いや、最近の侍を見てるとなんだか哀れでなァ。廃刀令で刀をうばわれるわ職を失うわ」
「ハローワークは失業した浪人で溢れてるらしいな」
「我々が地球に来たばかりの頃は、事あるごとに侍達がつっかかってきたもんだが。こうなると喧嘩友達なくしたみたいで寂しくてな」

そこに、少年がトレイに載せたミルクのグラスを運んでくる。だが彼がそれをテーブルに置くより先に、天人の一人がいきなり足を付き出した。それに引っ掛かった少年は、派手な音を立てて転倒してしまう。

「ついちょっかい出したくなるんだよ、ワハハハハ!」
「きゃぁああ!」

静菜達のテーブルにぶつかった少年は、頭からミルクを被ってしまいびしょ濡れだ。あまりの事に、今度ばかりは立ち上がり少年の傍らにしゃがみ込む。

「何て酷い事を…!大丈夫ですか!?」
「う、うん…ありがとう」

転がった眼鏡を差し出し、取り出したハンカチで顔を拭くと少年は気遣いに戸惑ったように目を伏せた。

「悪りぃな少年。俺達ゃどうも足が長すぎて、この国のテーブルに収まんなくてよぉ。まあ事故みたいなもんだから許してくれや」
「あーあ、折角の注文が台無しだ。どうしてくれんだ、コレ」

どの口が、というような台詞を吐く天人達に、さしもの温厚な静菜も怒りのこもった視線を向ける。けれど天人達は「お〜、こわ!とゲラゲラ下品な笑い声を上げるばかりだ。

「何やってんだ新八!スンマセンお客さん、オラッおめーが謝んだよ!」

駆け寄った店長が、少年の髪をぐっと掴んで持ち上げる。静菜はあまりの事に一瞬言葉を失った。

「ま、待って!止めてください!あなたも見たでしょう、悪いのはこの子じゃなくて…」

だがそれ以上言う前に、ぐいと店長に顔を寄せられる。

「困りますよお客さん、余計な口出しされちゃぁ。ウチみたいなしがないチェーン店、天人に目ェ付けられたら3日と立たずに潰されちまう」
「でも…この人だって大事な、この店の…」
「はっ、大事?バカ言わないで下さいよ。こんなチンパンジー以下の役立たずをわざわざ使ってやってるんだ、こっちが感謝されてぇくらいだよ。こいつを差し出せば天人のご機嫌が取れるなら躊躇うわけねぇっつーの」
「なっ…」

静菜は生まれて初めて、本気で目の前の人間の顔をひっぱたきたい、とおもった、。だがさすがに手を出す事はできないと歯を食いしばって耐えたのだが、その場にはもっと堪え性のない人物がいたのだった。

「――おい」



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