我が麗しのユースティティア

□プロローグ
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衝撃。肉を貫く鈍い衝撃と共に、血飛沫が宙を舞う。
急速に薄れ行く意識の中。仁礼静菜が最期に見たものは、この世で一番大切な人の、驚愕と絶望に歪んだ顔だった。


ーー静菜!!


魂切るようなあの人の絶叫に、応える事はできなかった。かは、と咳き込めば、口の中いっぱいに鉄錆の味が広がる。
静菜の身体は刃に貫かれた衝撃で撥ね飛ばされ、地面に大きく口の開いた亀裂へと飲み込まれていく。伸ばされた手は指先を掠めただけで、届かない。
落ちていく。深い闇の中を、どこまでも。


ーー…静菜!!イヤだ、行くな…!!


脳裏に次々と大切な人達の姿がよぎった。
大好きな両親、一心同体の相棒、家族同然の仲間達、敬愛する二人の師匠、この町で出会った沢山の人々ーー。
右も左もわからない異世界に突然放り出され、そして始まった濃密すぎる日々。人を傷つけ、傷つけられた事もあった。汚いものも沢山見た。それでも、それ以上に多くの素晴らしいものを、自分はこの世界で見つけた。

「(ああ…きっとこれを、走馬灯って言うんだわ)」

最期に浮かんだのは、おさまりの悪い銀髪に柘榴色の瞳をした、一人の男性の姿。お酒とギャンブルが好きで、真っ昼間からダラダラとジャンプを読むどうしようもない人。…そして、誰よりも強く、真っ直ぐな、この国で最高の侍。目に映る誰にでも手をさしのべて、あらゆる人の心を奪う、眩しい銀色の光。
あの人が好きだった。その強さも、弱さも、何もかもを。だからずっと笑っていてほしかった。幸せでいてほしかった。なのに自分は、あんな顔をさせてしまった。優しいあの人は、俺のせいであいつを死なせてしまったと、ずっと己を責め続けるだろう。
それでも自分は、あの人を死なせたくなかった。ただ、生きていてほしかったのだ。
愚かだとわかってはいても、もし時間を巻き戻せたとしても、自分はきっと、同じ選択をするだろう。

「(…ごめんなさい、銀時さん。…イーヴ、今からあなたのところに行くわ。せっかくあなたにもらった命なのに、こんなに早く…)」

イヴリン。かつてこの腕の中ですりすりと鼻面を擦り寄せていた、甘えん坊の可愛い仔ドラゴン。自分を庇い、敵の刃に倒れた…。
静菜のけぶるような灰褐色の瞳から、涙が溢れる。後悔も、心残りも多かった。けれどもう、どうしようもないのだ。ーー自分は、ここで死んでしまう。

「(でも…きっと、大丈夫)」

彼とーー銀時と皆ならば。きっとあの恐ろしい敵を倒して、仲間達と共にこの国を、この世界を、この地球を救ってくれる。
だからきっと、これで良かったのだ。

「(…さようなら)」

静菜の意識と身体は、底のない深い闇の中へと沈んでいった。
そして何もわからなくなった。


それからどれ程の時間が経っただろう。一秒か、一時間か、一日か。もっと長かったようにも、短かったようにも思える。
カチリ、と耳元で音がした。これはーー。自分がいつも首に下げている、懐中時計の音に似ている。

「ーーブラボー!!君は想像以上によくやってくれた。ここで終わらせるには惜しい。どうせならもうひと頑張りしてもらおうか。どうか楽しい“物語”を紡いでおくれ」

聞き覚えのある、楽しげな笑い声。いったい誰のものだろう。思い出せない。
カチリ、と再び音が響く。次の瞬間、見えない手で力一杯鷲掴みにされたかのような衝撃が、静菜を襲った。

「…っ!!?」

悲鳴を上げる暇さえなかった。浮上しかけていた意識が再び遠退く。目の前が一瞬白くなったかと思ったら、再び緞帳でも下ろしたかのように真っ暗になった。

「…な、何て事だ!君、しっかり!目を開けてくれ!」

意識を失う寸前。誰かの切羽詰まった叫びが聞こえて気がしたが、それに反応する余力もなく、静菜の意識は再び深い闇に沈んだ。


→to be continued
 

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