青薔薇は焔に散る

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シュガー・スイート

(連載番外/本編開始前)



女の子って何で出来てるの?
女の子って何で出来てるの?
お砂糖にスパイスに、
そして素敵なものすべて
そういうものでできてるよ


調子っぱずれな節回しで、ヒカゲとヒナタが何やら歌っている。童謡にしても聞き覚えのない詩だ。

「あれはマザーグースですわ」

縁側で茶をすすっていると、視界の端で金色が揺れた。
春の曙光で染め上げたような、目映い黄金色の髪。冬空色の瞳に雪を欺く白肌。卵形の輪郭におさまった繊細な顔立ちは整いすぎて、いっそ人形じみてさえ見える。
憎っくき皇国の象徴。皇王ラフルス三世の孫娘、エイレーネ・フレイアは、断りもなく紅丸の隣に腰かけた。ふわり、と白いドレスのスカートが広がる。風に揺れる花弁のようだと思ったが、死んでも口に出すつもりはない。

「まざぁぐぅす?」
「イギリスに古くから伝わっていた童謡や民謡のことですわ。…イギリスはご存じ?」
「昔あったって国の名前だろ。…とうの昔に滅んだ」

二百数十年前の大災害により、世界中に存在した数多の国家はことごとく滅んだ。繁栄を謳歌していた人類の大半もまた、成す術なく業火に包まれ、灰塵と帰した。
ヒカゲとヒナタのように童謡を歌いながらはしゃいでいた、遠い異国の子供たちも。多くが炎の中で、苦しみ抜いて亡くなったのだろう。歌い手がいなくなり、永遠に喪われた歌だってあるに違いない。

「面白い本が欲しいとのことでしたので、わたくしが幼い頃読んでいた全集をお譲りしたんですの。そうしたら、お二人とも気に入られたようで」

言いながら、エイレーネは紅丸に洋菓子の皿を差し出した。ふわりと甘い香りが漂う。なんでもリンゴをバターと砂糖で炒めタルト生地に敷き詰めた、タルト・タタンとかいう菓子であるらしい。

「たまには新門大隊長も、こういったものを召し上がってみてはいかが?ふふ、案外食わず嫌いかもしれませんわよ」
「冗談じゃねェ、香りだけで歯茎が痙攣しそうだろうが。ヒカとヒナにくれてやりゃいいだろ」

菓子だって嫌々食べられるより、喜ぶ人間に食べられる方がいいに決まっている。だが。

「お二人はもう召し上がりましたのよ。二切れずつ」

この見るからに甘ったるい砂糖の塊みたいな菓子を、二切れ。菓子に罪はないし、エイレーネの家のぱてぃしえとかいう菓子職人を悪くいう訳ではないが、ぞっとする。

「ヒカゲさんとヒナタさんはどんなお菓子でも喜んでくださるので、わたくしも贈り甲斐がありますわ」
「すっかり餌付けしやがって。抜け目ねェ女だ」

当初は皇国人、それも皇族の娘を警戒していたヒカゲとヒナタだったが。エイレーネが第七を訪問する度に多種多様な洋菓子をお土産として贈られ、甘やかされ、今ではすっかりなついてしまっている。浅草の町人も同様だ。この外面だけはいい女狐にすっかりたぶらかされてしまっている。

「大体なんだってんだ、タルト…タタンだと?タンならタン塩でも持ってきやがれ」
「ふふ、今度のお土産はお肉にしましょうか。殿方は食べ出のあるものの方がよろしいですものね」

自身の皿のひと切れにフォークを入れつつ、エイレーネは詩を口ずさんだ。耳慣れない異国語の詩を。


What are little girls made of, made of?
What are little girls made of?
Sugar and spice
And all things nice,
That's what little girls are made of…


ころころと転がる毬のような、あるいは滴る雨垂れのような。不思議な響きは言葉の意味もわからなかったが、それでも不思議と、耳に馴染んだ。

「さっきヒカとヒナが歌ってた詩か。にしても女が砂糖で出来てるたァ…。ハッ、この詩を作った奴はよっぽど夢見がちか、女日照りだったに違ェねェ」

紅丸とて成人した男だ。それなりの経験はある。その立場から言わせてもらうと、女というのはすべからくしたたかな生き物だ。ふわふわと甘くて柔らかいだけの、砂糖菓子のような女など、この世にいるはずがない。

「だからこそ、“お砂糖、スパイス”なのでしょう。ただ甘いだけが女の子ではないと」
「テメェは砂糖と唐辛子が混ざってるっつぅよりも、唐辛子の塊を薄い飴でくるんで菓子に見せかけてるだけだろうよ」
「まあ、新門大隊長ったら。ぴりりと山椒が効いたお言葉ですわね」

絹手袋に包まれた手を口元に当て、エイレーネはころころと笑う。

「わたくしは構いませんけれど、好い方にはそのような言い様をしてはいけませんわよ。傷つけてしまいました」
「余計な世話だ。んなもん影も形もねェよ」
「あら。あなたほどの殿方であれば、思いを寄せる女性はもちろん。是非とも婿がねに、という話が引きも切らないでしょうに」
「…今はまだ、色恋沙汰にかまけてられるような時じゃねェだろ。紺炉の体調だってようやく落ち着いてきたばかりだ」

紅丸の未熟さゆえに、紺炉は灰病を発症してしまった。抑制剤のおかげで現在は小康状態を保ってはいるが、何しろいまだ完治の例がない難病だ。何を切っ掛けに悪化するか、わかったものではない。
そんな紺炉をよそに、彼に苦労を強いてしまった紅丸がやれ恋人だ、結婚だとどうして浮かれられようか。

「だいたい長幼の序ってモンがあるだろ。あいつこそとっくに嫁さん貰って餓鬼の二、三人こしらえていい歳だ。紺炉が身を固めるまでは、俺自身がどうこうするつもりはねェよ」

浅草の火消しの先代は、血の繋がらない紅丸を後継者に迎えた。紅丸だって、別に必ずしも結婚して子供を作らなければいけないというわけではない。
浅草の次世代には、生意気だが将来有望なヒカゲとヒナタがいる。もし彼女たちとは別に新門の名を背負う跡継ぎが必要になったとしても、先代がしたように養子を取ればいいだけだ。
そんな紅丸の本心など、エイレーネはお見通しなのだろう。「新門大隊長は本当に、相模屋中隊長のことを想っていらっsたるのですね」と笑う。

「…ですが、あなたのそのようなお気遣いを。相模屋中隊長はいかが思されるのでしょう」

容赦のない指摘に、紅丸は顔を歪ませる。
紅丸が灰病のことを、あの日のことを口にするたび。紺炉は「若のせいじゃねェ」と繰り返した。



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