ただ一人のための挽歌

□プロローグ
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202✕年12月23日。
クリスマス・イブを前日に控えた此処、東京の魔法界一の歓楽街ーー通り一本だけだがーーは、大いに賑わいを見せていた。
オーナメントやジンジャークッキーが可愛らしく歌い踊るツリーに、ひとりでにクリスマス・ソングを奏でる楽器たち。不気味な生き物の干物や薬草が所狭しと並ぶ薬問屋も、フクロウの鳴き声がひっきりなしに聞こえるペットショップも、最新型の箒がショーウィンドウに飾られたスポーツショップも、目に鮮やかなヤドリギの緑と赤や白のモールで飾り立てられている。買い物袋片手に行き交う人々の顔も楽しげだ。
クリスマス、誰もが心浮き立つ季節。けれど薬問屋の軒先から通りを眺める櫻庭瞬の眼差しは、どこか茫洋としたものだった。

「ねえママ、パパ、あれ買って買って〜」

母親の腕にしがみついてねだる子供を、その両親が駄目だよ、とやさしく諭す。マグル、非魔法使いと何ら変わりない微笑ましい光景だ。
両親ではなく祖父とだが、瞬も幼い頃、クリスマスシーズンにこの通りを訪れたことがある。もう十年近く昔の話なのに、昨日の事のようにはっきりと思い出せる。皺だらけの手の温かさも、穏やかな声も、ずっと自分を見下ろす黒目がちの瞳も、すべて。

ーー私はお前のような子供が欲しがるものなどわからんから、直に聞くことにしよう。瞬、クリスマスには何が欲しい?

そして、あの頃はもう一人。“彼女”もそこにいた。自分と同じく大の甘党だった彼女は、ケーキ屋の前できらきらと目を輝かせていた。

ーー坊っちゃん、クリスマスケーキはどれにします?王道のイチゴと生クリーム、チョコ、ブッシュドノエルにチーズケーキ。うーん、どれもとっても美味しそうで目移りしちゃいますね!

もう二度と帰らない、遠い日の思い出だ。

「おーい、瞬!」

感傷に浸る瞬の肩を、無遠慮な手がばしん、と叩く。

「ったく、何しけたツラしてんだよ」
「痛いぞ、悠理」

じろりと睨みつけても、良い意味でも悪い意味でも図太い再従兄弟はまったく気にした様子を見せない。

「せっかくのクリスマスだぞ、クリスマス。こんなとこでぼけーっと突っ立ってないで、お前ももうちょっと楽しめよ。年に一度のこの空気をよ」
「余計なお世話だ。買いたいもんは全部買った」
「えー、本なんかいつだって買えるだろ。俺なんてほら」
「どうせお前贔屓の“トヨハシ・テング”のクリスマス限定グッズだろ」

悠理は子供の頃から



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