★オルギスの盾と片恋の王

□Prologue:祈りの光
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(Prologue:祈りの光)
最強の盾に守られた美しい国。
世界を分断する谷が眼下に広がる場所にあるオルギス王国は、城に併設された白い石造りの塔が目立つ。半円の屋根と数本の柱にのみ支えられたその塔の先端では、毎晩白い天使のような人影が目撃されていた。


「何度試そうと同じこと。」


塔の上からでなくても容易に見えることだろう。
星がひしめく空に突然、紫色のベールが歪みを見せて現れる。


「テゲルホルムの侵略は、オルギス王国には届かない。」


紫色のベールは、外部からの侵略の証。町を破壊する砲弾はもちろんのこと、鋭利な刃物も、害を成す者も、悪意を叫ぶ者もすべて、祈りによって守られた境界線の内側へは決して入れない。
それを可能にしているのは最強の盾。それはオルギス王国の姫にのみ伝わる不思議な力だった。


「今夜も人々の平和と安心のために。」


雪のように白い髪がはたはたと風に吹かれてなびいていくが、下界を見下ろすその声に迷いはない。ただ一度だけ、ラゼットは城に併設された高い塔の上から、ある一点を見つめて、悲しそうにその瞳を曇らせた。


「……おばあさま。」


夜闇の中でも点々と赤く燃え盛る炎がともされていて、イヤでもその場所は目に入ってくる。
忘れ去られた友好。
過去、数千年にわたり祈りがささげられてきたその場所は、十五年前から憎き幻獣魔族の支配下にある。


「必ず守ってみせます。」


そういうと、ラゼットは塔の頂上付近に設けられた祈りの間に膝をついて両手を組み、目を閉じる。
窓のない柱だけで取り囲まれた円柱の塔の頂上は、激しく風が吹き荒れ、ラゼットの髪をまた強くはためかせた。


「大地に宿る精霊たちよ。」


ポゥッとラゼットの額に淡い紫色の紋章が浮かび上がる。


「われの祈りを届けたまへ。」


そのまま両手を差し出すように前に向けたラゼットの全身から、温かく淡い光があふれだしていた。その光は夜の中で儚くも強く光り、ラゼットが祈りを捧げる円柱の塔は大地の中にたつ灯台ようにその存在を強めていく。


「……ラゼット様。」


祈りを捧げ始めたラゼットを確認した金色の瞳が、どこか苦しそうにその様子を見守っていた。


「俺は無力だ。」


ラゼットの邪魔にならないように柱の隙間に佇んでいるが、傍目にみれば随分とわかりやすい。
屈強な見た目に反して随分と心配性なのだろう。温かな眼差しでラゼットを見つめておきながら何もできない自分が歯がゆいのか、そのこぶしは強く握りしめられていた。
そのとき、彼の背後から「アキーム」と、どこか苦笑した声がかかる。


「アキーム、またラゼット様が心配なさいますよ。」

「フランか。」


金色の双眸を向けたその場所には、アキームの名前を呼んだ人物がいた。銀灰の髪に深碧の瞳。ぱっと見は物腰柔らかな名執事だが、その腰に差された剣にアキームの瞳がふっと笑う。


「きさまもな。」


淡い紫の中に照らされたその顔に、両者は顔を見合わせてクスリと笑いあった。
どうやらお互いに、同じ目にあったようだ。


「王へ直談判に言ったが、門前払いをくらってしまった。」

「奇遇ですね。わたしもですよ。」


そうしてまた、両者は苦笑の息をもらす。


「いよいよ明日か。」


光の中心にいるラゼットに聞こえないように、アキームは声を潜めて溜息をつく。腕を組んで壁にもたれるその姿に、彼が一晩中その定位置で過ごすつもりなのだということは一目瞭然だった。


「明日ですね。」


はぁっと、フランもアキーム同様にその隣に並んで小さく息をこぼす。
冷淡に見えがちなその端正な面持ちも数時間前に見かけた時よりも老けた気がする。
アキームは直感は時にあたるものだとでも言いたげに、苦虫をかみつぶしたような顔で想像に難くない出来事をフランに問いかけた。


「準備はいいのか?」


その気遣わしい声に反応して、フランは肩の力をゆるめる。


「ええ、ご心配には及びません。」


腰の剣に手を当てながら、フランはアキームからラゼットの方へその視線をゆっくりと動かした。
闇の中にあっても絶対の光。月のない夜は特に、ラゼットの捧げる祈りの光だけが人々の心の平安を保ってくれている。七年間。それは変わらずに毎日続けられてきた儀式のような行為だった。


「結婚式を控えた時くらい休ませてやらんのか。」


普段は無口なアキームが今日に限ってよくしゃべる。
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