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□春を感じるもの
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常に温暖な気候が保たれているふしぎ星のおひさまの国。
しかしそうはいってもふしぎ星を取り巻く『季節』が巡らなければ咲かない花がある。
その最たる例がチェリーグレイスという大きな木に咲くピンクの花で、こちらは春にならないと咲かない木なのだ。
年中春のような気候が保たれているおひさまの国なのにこれまた不思議な話である。

「きっとチェリーグレイスの中に季節の時計があってそれに従って花を咲かせているのかもね」
「私もそうだと思います!」

おひさまの国のチェリーグレイスが沢山咲く国立公園で『お散歩』『デート』をしているブライトとレイン。
ちなみにブライトの中では『お散歩』でレインの中では『デート』だから『お散歩』『デート』なのである。
想い寄せるブライトと美しいチェリーグレイスの花見が出来てレインのテンションは当然のように限界突破していた。

「ウフフ、私とブライト様は同じ考え、同じ感性、同じ気持ち、つまり両想い・・・あ〜ん!どうしましょう〜!」
「レインはチェリーグレイスが咲くと春を感じるのかい?」
「はいそうです!」

レインの暴走に慣れてきたブライトが軽く流しながら質問するとレインはまだ半分浮かれながらも即答した。

「お城のお庭にもチェリーグレイスの木があって、それが咲く度にファインと一緒に春が来たねって笑うんです」
「へぇ、そうなんだ。季節を感じられる植物があるなんて羨ましいなぁ」
「でも宝石の国の庭園にもお花はありますよね?」
「そうだけどそれは宝石の国特有のものじゃないっていうか・・・例えばチューリップはどこの国でも春に咲くだろう?そういう汎用的な物じゃなくてその国ならではっていうのが羨ましいなぁって」
「ああ、そういう?宝石の国はないんですか?」
「残念ながらないね。鉱石や技術の国だし。でも、だからこそ他の国には負けない季節を感じられるものがあるんだ」
「それって何ですか?」
「流行」
「あ!確かに!」

有名なデザイナーが集まり、日々切磋琢磨する宝石の国ではデコールを始め、装飾品や衣装などの流行が常に最先端を行っている。
季節ものの嗜好品を求めるなら宝石の国とはふしぎ星の常識である。
オシャレが大好きなレインも宝石の国で発刊されている季刊誌を取り寄せては胸を躍らせ、場合によってはファインを伴って買い求めに走る事がしばしばある。
このデコールで今度こそブライト様のハートを!と意気込んでは空回っているが敗北は次の糧にして強く生きている。
ちなみに今日も気合を入れて作ったデコールを身に付け、それに気付いたブライトに褒めてもらえたもののハートを掴むには至らなかった。

「私、いつもカタログ取り寄せてるんですけどそういうのを眺めても春だなぁって感じる事があります!」
「僕もだよ。城下の視察やアルテッサと一緒に買い物に行った時にその季節の流行を身に付けてる人々を見かけて『もうそんな季節かぁ』って感じるんだ」
「そういう感じ方も素敵だと思います!」
「ありがとう。それで実は僕も季節の流れに乗ってレインの為に作ったものがあるんだ」
「え?」
「気に入ってもらえると良いんだけど」

照れくさそうに頬を掻きながらブライトは懐から水色の小箱を取り出す。

(もしかして婚約指輪!!?)

いつもながら都合の良い発想をするレイン。
心の準備はいつだって万全だ。
ドキドキと高鳴る胸の鼓動と共に内心ワルツを踊りながらそっと蓋を開ける。
中から顔を出したのは眩いばかりのダイヤモンドの指輪・・・ではなく、慎ましやかで控えめながらも美しい輝きを放つチェリーグレイスの花の形をしたブローチだった。

「チェリーグレイスの・・・ブローチ?」
「今日に合わせて作ってみたんだ。気に入ってくれたら嬉しいのだけど」

ほんの少しの沈黙。
やはり気に入ってもらえなかったか。
恐る恐るレインの様子を窺うと―――レインは呆然としながらもブローチに魅入っていた。

「・・・あの・・・私、とっても・・・とっても嬉しいです・・・!本当になんて言えばいいか・・・でも本当に嬉しいです。ありがとうございます、ブライト様」

月並みでシンプルな言葉ではあったが、それでもそれがレインの精一杯の本心を表す言葉だった。
レインはオシャレだったり華美だったり綺麗なデコールが好きで、そういうのを見る度に胸を躍らせている。
けれど今回ブライトがプレゼントしてくれたブローチは特別だった。
胸を打たれた、その言葉が一番しっくりくる表現だろう。
控え目なデザインなのに確かな存在感と輝きを放っているそれに目が離せない。
頬を染めて愛おしそうにブローチを見つめるレインを見てブライトも柔らかく微笑みを浮かべる。

「喜んでもらえたようで嬉しいよ。それはレインだけに用意した物だからファインには秘密だよ?」
「はい!」

春風に撫でられながら咲き誇るチェリーグレイスが如くレインは笑顔でブローチを大切に胸に抱くのだった。










「ん〜!チェリーグレイスを見ながらのお団子は最高だね〜!」
「チェリーグレイスがなくても絶対に最高って言ってただろお前は」

呆れ半分、苦笑交じりにシェイドが鋭いツッコミを入れる。
レインとブライトが『お散歩』『デート』している公園内にあるベンチで二人はまったりお花見をしていた。
お花は好きだけどそれでもやっぱり食べ物には勝てない、食べ物しか勝たないファインはキャメロットに作ってもらった大量のお団子をパクパクと食べていた。
三本食べて概ね満足したシェイドに対してファインはまだまだ食べ足りないといった感じで、相変わらずの食欲魔人である。

「そんな事ないよ。チェリーグレイスを見ながらって事に意味があるんだから」
「どうだかな」
「本当だもーん。チェリーグレイスが咲いたらお団子を食べながら眺めるって決めてるんだから」
「食べるのは決定事項なんだな」
「だって綺麗なお花を見ながら美味しい物を食べるって最高でしょ?」
「お前は食べ物しかずっと見ていない気がするんだが気の所為か?」
「気の所為だよ!・・・多分」
「自分でも自信を無くすな」

ツッコミを入れてまた苦笑を零す。
口でこうは言うものの、シェイドとしては不満なんてものはなかった。
むしろファイン相手なら王子らしく振舞う必要もないので気が楽で良い。
シェイドにとってファインと過ごす時間は数少ない息抜きの時間だった。

「でも咲いたチェリーグレイスを見ながらお団子を食べてると春を実感するんだ。シェイドは春を実感する瞬間ってある?」
「そうだな・・・月の国は年中白夜だし、基本砂漠だから植物で春を感じる事はあまりないしな・・・イベントでならあるな」
「イベント?」
「少しだけまだ先だがエッグフェスティバルという卵を主体とした祭がある。みんなで模造品の卵に絵を描いたりゲームをして遊ぶんだ」
「面白そう〜!ねぇねぇ、遊びに行ってもいい?」
「駄目って言っても来るだろ」
「えへへ、まーね!」
「どんな風に気球が墜落するかミルキーと予想しながら待ってるぞ」
「そんな予想しなくていいよ・・・」

否定出来ずに凹んだように言い放ったのはアクロバティック飛行をしないと言い切れなかったからである。
悲しいかな、また何かが原因で気球が墜落する未来がファインには視えていた。
経験則から視える未来であるが、嫌な経験則である。
モグモグと食べる速度が落ちているファインを横目に小さく笑いながらシェイドはチェリーグレイスを眺める。
風に乗って宙を舞うピンク色の花びらは美しく幻想的だ。
その光景にしばし見惚れていたシェイドだったが、ある事を思い出して「そういえば」と言葉を漏らす。

「月の国に限った話ではないが春の時期になるとあるジンクスが話題になるな」
「ジンクス?」
「チェリーグレイスの花びらを拾ったら幸せになれる・願いが叶うっていうジンクスだ」
「チェリーグレイスの花びらを?おひさまの国に来ればいくらでも拾えるよ?」
「だからって全員が来られる訳じゃないだろ?それにおひさまの国以外で拾う事に意味があるんだ」
「んー、言われてみればそっか。でも知らなかったなぁ、そんなジンクスがあるなんて」
「おひさまの国ではチェリーグレイスは普通にあるからな、無理もない」
「シェイドは拾った事あるの?」
「あるがミルキーに譲った。一緒に散歩してる時に見つけてな」
「そうなんだ?シェイドは相変わらず優しいお兄ちゃんだね」

そんな優しいシェイドが好き、とうい言葉は心の中で呟く。
まだそんな事が言える程の仲でもないし、そうであったとしても言える度胸がファインにはなかった。
それでもある事を思いついてファインはすぐにシェイドに提案する。

「そうだ!今度おひさまの国以外でチェリーグレイスの花びらを探しに行かない?次はシェイドが幸せになれるようにって!」
「そんな途方もない探し物なんか出来る訳ないだろ。そもそも風に乗っておひさまの国の外に出て行く花びらの数が少ない上にどの国のどの辺に落ちるかも分からないんだぞ」
「あ〜そっかぁ・・・」

残念そうに肩を落とすファインに、けれどもシェイドは小さく笑みを浮かべる。

「だが、俺の幸せを考えてくれたのは嬉しく思っている。ありがとうな」
「・・・えへへ、どういたしまして!」

しょんぼりとした表情から花が咲いたような表情へ。
コロコロ変わる顔は見ていて飽きない。
自分から言っておいてなんだがシェイドはジンクスなんてものは信じていない。
それにそんなものを見つけなくてもシェイドはもう十分幸せだった。

(ファインと今この瞬間、こうしていられる事が幸せ・・・なんて俺らしくないな)

ブライトの恥ずかしい部分が感染ったか?なんて冗談半分に考えながらシェイドは懐からある物を握ってそれを取り出す。

「ファイン、手を出せ」
「ん?」

首を傾げながらファインは素直に掌を出す。
その上にシェイドは卵の絵が描かれた金色のコインを落とした。
卵の真ん中にはイニシャルの『F』が刻まれている。

「卵の・・・コイン?」
「月の国では五年ごとにエッグフェスティバルの記念コインが鋳造されるんだ。イニシャルは・・・ちょっと我儘を言った」
「え?じゃあこれって―――」
「少し早い招待状みたいなもんだ。正式なのは今度出す。失くすなよ」

早口に言葉を並び立てる。
所謂照れ隠しだ。
僅かに視線をファインに流すとファインはほんの少しだけ呆然とした後、頬を淡く染めながらふわりと微笑んだ。

「うん!ありがとう、シェイド!」
「・・・お前だけにしか用意してないからレインには内緒だぞ」
「はーい!」

幸せな気持ちで胸がいっぱいに満たされてファインの手がそれ以降団子に伸びる事はないのであった。







そしてその日の夜。
自室の机の上でレインはブローチを、ファインはコインを眺めてニコニコと笑っていた。
お互いに貰ったプレゼントを隠しもしないでそのまま出しているのは一緒に住んでいる以上はいずれバレるから。
それにずっと一緒に過ごしてきたからそのプレゼントがどういうもので、でも聞くのは野暮だから聞かないというものをお互いに分かっているから堂々と出したり見せたりしても平気なのだ。
そんな幸せオーラ全開の二人を後ろから嬉しそうに眺めながらプーモは敢えて質問をする。

「お二人共、何だかとても嬉しそうでプモね。ブライト様とシェイド様とのお散歩で何か良い事があったでプモか?」
「まーねぇ」
「ウフフ〜」

幸せで緩みきった声にこちらまで幸せになる。
プーモは同じようにニコニコと笑顔を浮かべるとそれぞれの傍に浮遊して続けて質問をする。

「レイン様、そのブローチはどうしたでプモ?」
「内緒〜」
「そうでプモか。では、ファイン様はそのコインはどうしたでプモ?」
「内緒〜」
「そうでプモか。内緒なら仕方ないでプモね」

ファインとレインの幸せはプーモの幸せ。
そんな幸せ日和の二人と一匹なのであった。








END
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