オリジナル倉庫

□お預けをくらった5日目
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「ああ、ああ、大丈夫だ。それで?・・・そうか。なら―――」

いつものマンションのヴィンセントの部屋。
今日は部屋で思いっきりイチャつく予定だったのだが、突如としてヴィンセントのスマホに会社から電話かかってきた。
所謂緊急対応という奴だ。
ヴィンセントの膝の上で甘えていたユフィは折角のスイートタイムを邪魔されて少し不満気味。
会話の内容なんて殆ど聞こえてないが、たとえ聞こえたとしても他言はしない、知らないふりをすると約束しているので膝の上にいさせてもらえるだけでも上等なのだがそれにしたって休みだと言うのに電話をかけてくるだなんて会社も客もどうかしている。
貴重なヴィンセントの休みの時間なのだから少しは気を遣って欲しいものだ。
そう思って頰を膨らませていると人差し指で突っつかれて遊ばれた。

「その件に関しては問題ない。既に対応済みだ。それから―――」

会話は尚も続く。
空いているヴィンセントの手に暇潰しの相手をしてもらうが電話に意識が向いている為、あまり思うような楽しい遊びにはならない。

「・・・ああ」

ヴィンセントが一言頷くと動揺をテーマにした眠たそうな音楽が僅かに流れてきた。
どうやら保留ボタンを押されて待たされているようだ。
その間、何を見るわけでもなく壁に向けられていたヴィンセントの視線がユフィに注がれる。
その瞬間が嬉しくて掌に思いっきり頬擦りした。
そしたらぐに〜って頰を引っ張られた。

「!」

やめい、という意を込めてペシッと叩くとヴィンセントから声のない笑い声が漏れた。
しかしその直後に音楽が切れてヴィンセントの視線が壁に戻ってしまう。

「もしもし?ああ・・・それで?・・・ふむ・・・分かった、すぐに確認する。また後でな」

通話を切るとヴィンセントはめんどくさそうに息を吐いた。

「すまない、1時間ほどパソコンを開く事になった」
「えー?まさかの休日業務?」
「そうだ」
「ちぇー。ここでやるの?」
「いや、隣の部屋でする。悪いがしばらく静かにしててくれ」
「んー。分かった。じゃあアタシちょっと外でブラブラしてくんね。コンビニでオヤツ買ってくるけどなんかいる?」
「缶コーヒーを一本頼む」
「はいよー」

肩を落としてユフィは部屋を出て行く。
1時間なんてすぐだが今のユフィにとっては永遠のように感じられる。
ヴィンセントと過ごせる時間はたとえ1秒でも無駄にしたくないのに1時間なんて苦痛以外の何物でもない。
とぼとぼ歩いてエレベーターを降りて文字通り町をブラついた。
でもブラつくのがすぐにつまらなくなって公園に寄った。
大きな公園で、いくつか設置されているベンチの中で噴水前のベンチを選ぶ。
噴水から噴き出す水を眺めていれば時間がすぐに流れるんじゃないかと自分でも訳の分からない考えによるものだ。

「・・・」

いつもなら時間潰しなんてスマホでネットサーフィンやアプリのゲームをやっていれば楽勝で潰せていた。
けれど今はそれすらもやる気になれない。
ただただ無意味に時間が流れるのを待つのみ。
そんな風にしてぼんやりと噴水を眺めるユフィの前に一人の少年が現れる。

「ユフィか?」
「ん〜・・・?あ、クラウドじゃん」

金髪のツンツン頭の少年の名はクラウド。
ユフィの通う高校の一年上の先輩だ。
しかしユフィはティファやエアリス同様、クラウドに対しても先輩というよりも同年代の友達感覚でいる。

「何してんの?」
「散歩だ。お前こそ何してるんだ?」
「暇潰し」
「俺には魂が抜けているようにしか見えなかったぞ」
「うーるーさーいー」

クラウドが隣に座ってくるが気にせず噴水を見つめる。
スマホで時間をチラリと確認したらまだ5分して経ってなくて悔しかった。

「誰かと何か約束でもしてるのか?」
「んー、約束してるって訳じゃないけどまぁ・・・用事の終わり待ち?」
「その用事が終わったら遊びに誘いに行く感じか?」
「そんなとこ。ねークラウドー、時間が早く経過する魔法とかないー?」
「ある訳ないだろ」
「ちぇー。ツンツン頭の癖に使えないなー」
「頭は関係ないだろ」
「んじゃぁ時間潰しになるもの」
「普通にネットサーフィンやアプリゲーやってたらいいだろ」
「やる気になれなーい」
「じゃあ知らないな」
「なんか奢ってー」
「何でそうなるんだ」
「いいじゃんいいじゃん。今度ティファとデートする時のリサーチって事でさ〜」
「だったら店だけ教えろ。俺一人でリサーチしてくる」
「ケチ!」
「ケチで結構」

分かっていた事ではあったが素っ気ない態度のクラウドにユフィは唇を尖らせる。
チラリと時計を再び確認した所で針はまだ2分程度しか進んでいなかった。
益々悔しい。

「そんなに早く会いたい相手なのか?」
「超早く会いたい」
「お前がそんな風に言うって事は余程面白い奴なんだな」
「まぁね」

面白いんじゃなくて一緒にいて楽しい・嬉しい相手なのだが恋人と勘付かれる訳にはいかないのでとりあえずそう頷く。
もっとも、クラウドは他人の色恋沙汰に関しては鈍感なので言った所で気付かれる事もないと思うが念には念を。
ただクラウド経由で自分が誰かを待っていたのが伝わってティファやエアリスに問い詰められたら面倒なのだが、まぁそこは上手く躱すしかないだろう。
ユフィは溜息を吐きながら足をブラブラさせる。

「はぁーぁ・・・なーんか面白い事ないかな〜。今限定で」
「今じゃないがお前、今年もティファたちと海に行く計画してるんだろ?例によってコスタか?」
「海と言ったらコスタでしょ!クラウドはザックスと一緒にバーベキューセットと食材の荷物持ち宜しく〜」

ユフィとクラウドたちは中学からの付き合いで、毎年夏になると海に行く計画を立てて夏休みに遊びに行っていた。
そしてそれは今年も同じで、ユフィはティファとエアリスと一緒になって今年はどういう風に過ごすかなどと話し合っている。
ちなみに海に行くとヴィンセントに報告すると若干嫌そうな顔をしてくる。
曰く、見かけはフリーのユフィに対して男たちが声をかけてくるからだとか。
だから多分、今年も渋面をするのだろうと思うと少しおかしかった。
心配しなくても浮気なんてしないのに。

「お前はちゃんとビーチボールとか持ってくるんだぞ」
「分かってるって」
「それから海に行く前にみんなで夏休みの宿題を片付けるぞ」
「うげっ・・・折角忘れようとしてたのに」
「忘れようとしても夏休みが始まるのと同時に先生に突きつけられるぞ」
「めんどくさーい。クラウド、アタシの分もやってー」
「断る」
「ケチ」
「むしろ何で俺が請け負うと思ってるんだ」
「だってクラウド、ここぞって時は頼りになるじゃん」
「頼る瞬間が間違ってるだろ」
「てか、クラウドのここぞって時はティファ限定だったね」
「・・・うるさい」

ふいっと顔を逸らしたのは照れからくるものであると長い付き合いで知っている。
クラウドをからかうにはその恋人であるティファの話を持ち出すのが一番だ。

「ねーねー、ティファと二人でどっかプールに行く予定とかないわけ?」
「お前に言う義理はないだろ。そういうお前こそ誰かと行く予定はないのか」
「ないけど?そういう相手いないし」

本当はいるけど行けない、というのが本音だが。

「3組のユーリ・・・だったか?小学校からの友達とか言ってた奴。アイツは違うのか?」
「んなわけないっしょ。ただの友達でそれ以上でもそれ以下でもないっての。それにアタシのタイプじゃないし」
「お前にもちゃんと好みのタイプがあるんだな」
「シツレーな!ちゃんとあるよ!」
「どんな?」
「そりゃぁ大人ぽくって包容力があって優しくて背が高くて―――!」

そこまで言ってユフィは慌てて口を閉じる。
気付かれる心配はないとはいえ、うっかりヴィンセントの好きな所を挙げ連ねてしまった。
このまま語っていたら間違いなくヴィンセントに繋がるような特徴を言ってしまう所だった。
突然言葉を止めたユフィにクラウドが不思議そうに「どうした?」と首を傾げるとユフィは冷や汗をかきながらぎこちなく笑って誤魔化した。

「ま、まぁとにかく完璧な人・・・かな?」
「理想のハードルが高いな」
「低く見積もられて何も期待されずに妥協されるよりはいいでしょ?」
「まぁな。誰だって期待はされたいもんだ」
「そーいうこと!まぁ、どれだけ頑張っても期待に応えられない事もあるけどね・・・例えば乗り物酔いとか」
「それはどうしようもないものだ・・・むしろそればっかりは期待に応えられなくても文句を言われる筋合いはないと断言する」
「クラウドはまだ何とか耐えられるからいいじゃん。アタシは一秒だって無理だよ・・・」
「大丈夫だユフィ、お前は悪くない」

優しくユフィの肩を叩いてクラウドは励ます。
この二人は乗り物酔いという共通の弱点を持っており、時折こうして互いに励まし合ったり乗り物酔いに対する愚痴を吐いたりなどしている。
クラウドは乗り物酔いに対してはなんとか耐えられる方で、ティファに気を遣われながらもカッコ悪い所を見せまいと船などに果敢に挑んで乗ったりしている。
対するユフィはすぐに船酔いを起こしてダウンしてしまう。
その所為でヴィンセントと大きな船に乗って潮風を受けながら愛を語らう・・・なんていうロマンチックな展開が望めないでいる。
乗り物関係ではユフィはヴィンセントに思いっきり気を遣わせてしまっており、時々そんな自分が情けなく思う時もあった。
そんな時はこうして同じ悲しみを共有出来るクラウドにこっそり打ち明けているのだ。

「神様は何でアタシたちの三半規管を弱く作ったんだろうね・・・」
「俺たち、前世できっと悪人だったんだろうな」
「それも乗り物を頻繁に利用した奴ね」
「今生は善行を積んで来世でまた同じ苦しみを味わわないようにしないとな」
「だね。神様に許してもらわなきゃ・・・その手始めとしてアイス奢って」
「その理屈で言うならお前も俺にアイス奢れ」
「え〜?」
「善行積んで来世で三半規管強くしてもらうんだろ」
「でもお互いにアイス奢りあったらなんか意味なくない?普通に自分で買った方が早くない?」
「そりゃぁな」
「あーもーいいや。奢ってくんなくていいからアイス買いに行こうよ」
「いいぞ」

ユフィは立ち上がるとクラウドと共にコンビニを目指した。
そしてコンビニで雑誌を立ち読みし、ヴィンセントの分のアイスとついでにお菓子をいくつか買ってクラウドと別れた。
そうしてヴィンセントの家に着く頃には丁度1時間が経過していた。

(ただいまー)

「ああ、では」

万が一声を聞かれると良くないので心の中でただいまを言うと、ヴィンセントが携帯の通話を切り、パソコンを閉じる所であった。

「帰ったか」
「うん。仕事終わった?」
「ああ、つい今しがたな」
「やりぃ!アイス買ってきたから一緒に食べ―――」

と、突然、ユフィのスマホが軽快な音楽を流し始めた。
ポケットから取り出してみると、ティファからの着信でだった。
ユフィは口元に人差し指を立ててヴィンセントに静かにするようにサインし、ヴィンセントも頷いてそれに従う。
袋からアイスを取り出して渡そうとしたが袋ごと持って行かれて冷凍庫にしまわれた。
これで溶ける心配がなくなり、ユフィはソファの前に座ってティファからの着信に出た。

「もしもしー?ティファ?何か用?・・・うんうん、うんうん、マジで!?それでそれで?」

女性特有の長電話の始まりにヴィンセントはなるべく早く終わってくれと言いたげにユフィに視線を送るが会話に夢中になっているユフィには全く届かず。
会話は続行された。

「そうそう、丁度公園でクラウドに会ってさ!夏の計画話しておいたから!セクシーな水着着て驚かせちゃいなよ〜」

先輩兼友人をからからってニシシと笑うユフィの背後に無理矢理座って後ろから抱きしめる。
一瞬ユフィの体が固まったがすぐに元に戻り、座り心地の良い体勢を見つけてそのまま寄りかかって来た。
ならばと肩口に額を乗せて無言の主張をしてみたが会話が終わる気配はなく。

「そーいえばエアリスと行くって言ってた喫茶店どうだった?良かったんなら今度シェルクと―――」

その後、会話が終わったのは1時間も経過してからの事である。







END
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