オリジナル倉庫

□会いたかった1日目
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飛行機を降りて黒のキャリーケースを回収し、手続きを済ませて出口へ。
夕日が差し込む空港のホールをある人物を探して見回す。
すると―――

「おーい!ヴィンセンとー!」

ホール全体に響き渡るような明るく大きな声がヴィンセントの名を呼んだ。
その声にヴィンセントは弾かれたように振り向くと、画面越しに見ていた、けれどもずっと直接会いたくて仕方なかった恋人―――ユフィが旅行カバンを携えてこちらに向かって手を振っていた。
その存在を捉えるとヴィンセントは口元に薄く笑みを浮かべながらユフィの方へ歩み寄った。
それに対してユフィも小走りで駆け寄ってヴィンセントとの距離を詰める。

「よっ!元気だった?」
「昨日会話したばかりだろう」
「それでも!直接会って話して色々確かめたいじゃん」
「なるほど、同意見だ。ならばゆっくり確かめ合う為にも帰るとしよう」
「そうこなくっちゃ!」

小さく飛び跳ねるユフィを可愛らしく思いながらユフィの分の荷物を持ってやり、二人並んでヴィンセントが住むマンションへと向かった。













電車やバスを乗り継ぎ到着したマンションの自室。
電気を点ければ綺麗に掃除された我が家がヴィンセントを迎えてくれた。
部屋の合鍵をユフィに渡している為、わざわざこうやって掃除をしに来てくれているのだろう。
隣のユフィの頭を撫でながら礼を述べる。

「掃除をしてくれたんだな、ありがとう」
「これくらいと〜ぜ〜ん!それに他の用もあったしね」
「他の用とは?」
「色々あんの!それより早く上がろ―――」
「待て」

逃げようとする手首を掴んで腕の中に閉じ込める。
目を白黒にして驚く表情を内心面白がりながら鼻先が触れ合うくらいの距離まで顔を近づけて尋問を始めた。

「私の部屋で他に何をしていたんだ?」
「それは・・・その・・・」
「何かやましい事でもしていたのか?」
「んなっ、そんな訳ないじゃん!!タンスの引き出し開けてハンカチとかワイシャツを拝借してただけだよ!」
「他には?」
「・・・ソファでゴロゴロした」
「まだあるんじゃないか?」
「・・・ヴィンセントの服、ちょっと着た」
「それだけか?」
「・・・・・・ヴィンセントの服着てベッドで寝てました!これで全部だよ!!満足か!?」

とうとう怒り出したユフィに堪え切れずに噴き出す。
どうやら予想通り我が恋人は可愛らしい事をしていたようだ。
そしてそんな可愛らしい事をする程に自分の事を恋しく思ってくれていたのだと思うだけで愛しさが募って仕方ない。
ヴィンセントはその愛しさの一部を表現すべく、ユフィの額に静かに口付けを落とした。

「十分だ」
「・・・アタシは全然十分じゃなかった」
「益々寂しくなっただけか?」
「うん・・・ヴィンセントの物はあってもヴィンセントはいないんだもん・・・足りないよ・・・」
「心配せずとも今日から帰る日までずっと傍にいる。好きなだけ甘えるといい」
「元からそのつもりだっての!ほら、さっさと上がってご飯食べて風呂入るよ!」
「ああ、そうだな」

いよいよ恥ずかしくなってきたユフィが胸をバンバンと叩いてきたので仕方なく解放してやる。
一時的に、だが。





「すぐにユフィちゃん特製の肉じゃがを作るから大人しく待ってろよ〜?」
「ああ。怪我をしないようにな」
「・・・そうやって心配してくれるのは嬉しいんだけどちょっと離れてくんない?」

エプロンを着用したユフィの後ろからヴィンセントがしっかりと腕を回してくる。
動きづらいやら恥ずかしいやらで離れて欲しくて軽く腕を叩くも応じる気はなさそうで。
むしろ抱きしめる腕に力を込められてしまった。

「邪魔はしない」
「いやそりゃ当たり前でしょ。てか逆に動きづらくて危ないと思うんだけど」
「もう少し下の方で抱きしめる」
「いやそういう問題じゃ・・・まぁいっか。そ〜んなにユフィちゃんにくっついていたいのか〜?」
「画面越しに顔を見て会話は出来てもこうやって触れる事は出来なかったからな。その分を取り戻したい」
「そ・・・そーいう事をさらっと言うなよな・・・」

真正面からストレートに言われてユフィは顔を赤くしながら包丁で野菜を切り始めた。
何か話題を振ってこの照れ臭い空気を吹き飛ばそうとも思ったが回された腕や背中から伝わる熱の所為でどうにも上手く思考が働かない。
そうこうしている内に沈黙が空気を支配し、話題を振るどころではなくなった。
そのままユフィが右に動こうとすればヴィンセントも右に動き、ユフィが左に動けばヴィンセントも左に動いてついてくる。
離れる気配は一向にしない。

「・・・疲れてるでしょ?座ってていいんだよ?」
「飛行機の中で十分過ぎる程座った」

やっと絞り出した会話のネタもあっさりと打ち切られる。
こうなればさっさと支度を済ませて引き離すしかない。
でなければこちらの心臓がもたない。

「これでよしっと!後は出来るのを待つだけ!さ、ソファにでも―――」

座ろうか、と口にしようとした言葉は唇ごとヴィンセントに呑まれてしまった。
驚きで大きく見開かれる黒の瞳と鋭く細められる紅の瞳。
瞬く間に舌を絡め取られ、深く深く口付けられる。
息が苦しくなって指先に僅かに残った力を込めて逞しい胸板を押し返すもそれよりも倍の力で抱きしめられて更に深く口付けられた。
ねっとりと絡んでくる熱い舌、零す事も許されず流し込まれる唾液、苦しくなるほどキツく抱きしめられる体。
とっくに体から力なんて抜けていて倒れそうな体は意外にも逞しい腕に支えられている。
視界は潤んでいてヴィンセントの輪郭はもうぼんやりとしか見えない。

「ん・・・っ・・・ぁ・・・」

蚊の鳴くような音で漏れる喘ぎは僅かな慈悲だ。
苦しそうだから敢えて喘ぎ声を漏らさせてやっているという風なのだ。
長く長く続けられる口付けは、突然けたたましく鳴り響いたキッチンタイマーによって終了するかと思われたがそうはならず。
ヴィンセントによってキッチンタイマーは手荒く口止めをされ、コンロの火もすぐに消された。
それから再開だと言わんばかりに後頭部に手を回されて固定され、そのまま三十分くらいはずっと口付けられたままだった。

「ぷはっ・・・ぁ・・・」

漸く解放されたユフィの瞳は蕩けきっていてヴィンセントの支え無しでは立つ事さえままならない程だった。
そんなユフィの髪を愛おしそうに数回撫でてから優しく抱き上げると、ソファに寝かせてヴィンセントはユフィの代わりに夕飯の準備に取り掛かった。

(・・・もっとしたいな・・・)

鈍く働く頭の中にそんな言葉がぼんやりと浮かぶ。
しかし蕩けきったこの体ではお返しに行く事すらままならない。
このままヴィンセントにまた抱き上げられて椅子に座らされてご飯を食べて、またソファへ一人雪崩れ込むのがオチだろう。
ずっとキスをしていたらお腹が空いていた事なんてどうでもよくなって、それよりももっとキスをしていたい、なんて言ったらヴィンセントを困らせてしまうのは分かっているがユフィは自分の欲望にはとても忠実だった。

「・・・ヴィンセント・・・」
「どうした?」
「・・・もっと・・・・・・しよ?」
「・・・フッ」

鍋の蓋を開けようとした手を止めてヴィンセントが傍まで歩み寄ってユフィの上に覆い被さってくる。
紅の瞳は先程と変わらず艶めいた色を称えていた。

「ヴィンセントがお腹空いたって言ってもアタシが許可出すまでは解放してやんないから」
「望む所だ」

挑戦的に微笑んでやれば同じような笑みを返される。
試合開始のゴングをユフィは口にした。

「おかえり、ヴィンセント」











END
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