オリジナル倉庫

□お互いの部屋を行き来する仲
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「だいじょーぶ?」
「あぁ・・・ただの風邪だ・・・」

とある日、隣人のヴィンセントが風邪を引いて寝込んだ。
毎週金曜は同じ時間に大学へ行く為、今日も同じように部屋の外に出て待っていたユフィだったがフラつきながら部屋から出てきたヴィンセントが風邪を引いたと報告してきたので講義を終えてすぐに看病しに来たのである。
ヴィンセントの事を意識し始めてからそう長い時間は経っていないのだが、まさかこうも早く彼の部屋に上がる機会が訪れようとは。
看病する傍らユフィの心臓は早まっていた。
部屋の中はアパートという事もあり、ユフィの部屋と大差ない上にやや殺風景に感じる。
それなのに不思議な空間に迷い込んだ心地がしてついあちこち見回してしまいそうになる。

「私の事はあまり構わなくていい。風邪が移るぞ」
「ユフィちゃんは健康体そのものだから風邪なんか引きませ〜ん」
「・・・」
「オイコラ、今失礼な事考えただろ」
「・・・いや、お前は本当に健康体そのものだと思っただけだ」
「嘘つけ!」

乱雑に冷たいタオルを額に乗せてやったらヴィンセントはそれを苦笑いしながらちゃんとした位置に整えた。
最近ヴィンセントはこんな風に意地悪を言う事が増えてきた。
これはひょっとして心を開かれている証拠なのでは?
と、思ってもすぐにその考えを振り払う。
こういうのは自分の都合の良い方に考えると後で手痛い目に合うのが定番だ。
だからユフィは冷静を保とうと周りに視線を走らせた。
しかし目に入るのは綺麗に片付けられた部屋と読みかけの本だけ。

「ヴィ、ヴィンセントの趣味って読書だけなの?」

まだ名前を言い慣れなくて少し吃ってしまうがヴィンセントは気にしていないようで。

「いや、他にもある。押入れの下の段を見てみろ」

言われるがままに押入れを開けて下段を覗く。
そこにあったのは様々な種類の銃の箱であった。
それらを前にユフィはワザと震えあがりながらヴィンセントの方を振り返ってワザと青い表情をして口を戦慄かせる。

「まさか反社会的過激派組織の・・・」
「そんな訳があるか。サバゲ―で使っているモデルガンだ」
「ああ、サバゲ―ね〜。ただのガンマニアって訳じゃないんだ。でもなんか意外。完全インドア派だと思ってた」
「高校の時からの友人に誘われて一緒にこの世界に入ったんだ。その後は自分でも驚くくらいの速さでハマっていった」
「その友達って同じ大学にいる?」
「いや、別の大学に行ったが今でも親交はあるしサバゲ―も一緒に行っている」
「へ〜仲良いんだね」
「・・・ちなみにお前が仲良くしているセルフィに片想いをしている」
「えっマジで!?セルフィって色んな男の子に言い寄られても鈍感で気付かないから玉砕する奴が後を絶たないんだよ?」
「私の友人も何度かアプローチしては通じずに撃沈しているが諦めない鋼の心を持っている」
「へ〜凄いね〜。今度連れてきなよ。アタシとリュックがサポートするからさ」
「遊ぼうとするな」
「遊びませ〜ん。応援するだけです〜」
「・・・」
「なんだよその疑いの目は〜?信用ないな〜もう!」

ユフィはぷくっと頬を膨らませるとモデルガンの山の方を振り返って自分でも使えそうな物を探した。
細かい部品を組み立てなければなさそうな物はうっかり壊してしまう可能性が高いので、それを避けて他を探す。
そうした中でユフィはショットガンに目をつけた。

「これ開けてもへーき?」
「ああ、構わない」

許可を得て箱を開け、慎重に手に取る。
思ってたより重量があって外見も本物のような質感でユフィは珍しそうに色んな角度からそれを眺める。
これを持ってサバゲ―に参加しているヴィンセントを想像するとなんだか可愛らしくもあり、かっこよくも思えた。
きっとスマートに戦うのだろう。
いや、意外にも勇猛果敢に突撃して次々と相手を倒してしまうのかもしれない。
色々なヴィンセントを想像している内に顔が熱くなってきて、ユフィはそれを振り払うようにして色んなポーズでショットガンを構え始めた。

「こーかな?それともこう?」
「いや、こうだ」

突然後ろから声が降ってきて上から手を添えられる。
不意打ちの接近にユフィは声にならない悲鳴を上げてショットガンを落としそうになる。
ヴィンセントが後ろから手を添えてくれているお陰で落とす事はなかったがそれでもどんどん手から力が抜けていくのが分かる。

「脇は締めて、しっかり持て」
「は、ぃ・・・っ」

耳元で囁かれる低音に背中がゾクゾクと粟立つ。
体が熱いのは熱を出しているヴィンセントの体温が伝わってきている所為だけではないだろう。

「そう、この感じだ。これが正しい構え方だ」
「そ、そっか・・・こ、これって弾入ってるの?」
「ちゃんと抜いてある」
「ふーん。入ってたら面白かったのに」
「シドにどやされるから勘弁してくれ」

苦笑交じりに吐かれる息ですら心臓を跳ね上がらせるには十分過ぎる程の効果を持っている。
弾が入っていたらなんて冗談を言ったが胸の早鐘を紛らわせる為に言ったもの。
けれども耳元で息を吐かれるというとんでもない返り討ちを受けてしまった。
ユフィの頭の中はもうパニック状態で白一色だ。
しかしそんなユフィの内心など知ってか知らずかヴィンセントはぐったりとユフィの肩にもたれかかり、怠そうに大きく息を吐く。

「ホラ、病人なんだから大人しく寝てろよ」
「お前の構え方が気になってつい、な・・・」
「ついじゃないっての。プロの血が騒いでんじゃないっつの」

ヴィンセントに肩を貸して布団に転がす。
横になった事で少し楽になったのか、少し安心したような表情を浮かべている。

「さっさと風邪治してアタシのレポート手伝え!」
「風邪がぶり返しそうだから断らせてもらおう」
「なんだとー!?」
「それより夜になったらまたお粥を作ってくれないか?お前が作る卵粥は美味い」
「・・・ま、まぁ・・・別に作ってやってもいいけど?仕方ないから作ってやるよっ!」

ストレートに褒められて照れ臭くなり、ユフィはふいっと顔を逸らして頬を掻きながら承諾する。
その様子を微笑ましく眺めながらヴィンセントは「助かる」とだけ言うと目を瞑って静かに眠り始めた。
規則正しい寝息と女顔負けの綺麗な寝顔は様になっていて、これだけで一つの絵が出来上がるとユフィは思った。
これならいつまでも見ていられる自信がある。

「って!何を言ってんだアタシは!変態か!!」
「・・・・・・静かにしてくれないか」
「ご、ごめん・・・夜になってお腹空いたらラインとかで連絡して。それか壁叩いてよ」
「分かった」

再び眠り始めたヴィンセントに今度は見惚れまいとユフィは逃げるようにして部屋から出て行くのであった。
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