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□お隣さんと見る花火
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日が沈んで行く時間、ヴァレンタイン氏は自分の部屋の外の扉に寄りかかって腕を組み、ユフィを待っていた。
今日は街で夏祭りがあって二人でそれに参加して来るのだ。
誘ってきたのはユフィの方で、自分なんかを誘うよりも友人を誘って行ったらどうかと聞いてみたら、どうも友人は皆都合が合わなくて行けなくなったらしい。
更に・・・

『町を案内してくれるって言ったじゃんか。だから案内してもらうよ!』

という理由で自分に白羽の矢を立てたようである。
『町を案内する』という言葉をこんなにも都合の良いように使われるとは思わなかったヴァレンタイン氏。
しかし友人と祭りに参加出来なくて残念そうにするユフィを放っておく事が出来ず、同行を承諾した。
人混みの多い所はあまり好きではないのだが今日くらいは我慢しよう。
それにしてもユフィはまだだろうか。
そう思っていた矢先の事。

「おっまたせ〜!」

隣の部屋の扉が開いて漸くユフィが姿を現す。
美しい金魚の模様が入った薄い水色の浴衣を着て―――。

「ごめんごめん!ちょっと着付けに手間取ってさ〜!」
「・・・」
「でもバッチリ完了したからいつでもオッケーだよ!」
「・・・」
「ん?どしたの?」
「・・・いや・・・てっきり普段着で来るのかと思っていた」
「あ〜そういう事?何々?もしかしてユフィちゃんの意外な浴衣姿に見惚れちゃった?ま、仕方ないよね!」
「それは違うな」
「速攻で否定すんな!」

頬を膨らませるユフィを連れてヴァレンタイン氏は夏祭りに繰り出すのであった。












「人が沢山いるな」
「沢山いなきゃお祭りじゃないでしょ。さ、屋台巡りするぞ〜!」

人でごった返して賑わう祭の中にユフィは勇み足で踏み込む。
が、「待て」という言葉と共に手を掴まれた。

「はぐれたら互いに探すのが大変だ」
「う、うん・・・?」
「なるべく離れないようにしろ」
「うん・・・」
「ならば行くぞ。最初はどの屋台だ?」
「えっと・・・わたあめ」
「分かった」

ヴァレンタイン氏は一つ頷くとユフィの手を握ったまま近くのわたあめ屋台に向けて歩を進めた。
その横顔は何とも涼しいもののようだが対するユフィの方はとても緊張している。
握られている手が熱い、祭囃子の太鼓の音が心臓の音と重なる。
周りはとても騒がしいのに自分の耳には忙しない心臓の音しか聞こえない。
それはわたあめ屋台を巡ってもたこ焼き屋台を巡ってもかき氷屋台を巡っても鎮まる事はなかった。

「結構食べるな」
「ま、まーね!折角お祭りに来たんだし、いっぱい食べて楽しまないと!」

半分は間が持たなくて心臓の高鳴りを誤魔化す為だが。

「花火は見るのか?」
「見れたら見たいな〜」
「ならばそろそろ移動するぞ」
「うん」

イカ焼きの串をゴミ袋に捨てるとまたヴァレンタイン氏に手を握られた。
折角鎮まっていた心臓がまた大きく高鳴る。

(困ったなぁ)

赤くなっているであろう顔を誰にも見られたくなくて少し俯く。
握られている手も変に意識してしまって上手く握り返す事が出来ない。
今までになく乙女な自分に驚いてやや引き気味になる反面、やはり自分はヴァレンタイン氏に対してそんな気持ちを抱いていたのだと気づく。
いつから好きだったかなんてのはどうでも良くて、それよりもこれからはどうやって接していけばいいのやら。
いきなりこんな気持ちを向けられてヴァレンタイン氏も迷惑だろうに。
だからと言って胸に秘め続けるのも苦しい。
どうしたもんかと悶々と考え込んでいると―――

「わっ、ちょ、ちょっ、あぁ!」

人混みに揉まれ流され、繋いでいたヴァレンタイン氏との手が離れてしまった。
ユフィよりも大きい手は瞬く間に人の波の中に消えていく。

「おーい!お隣さーん!う、うわっ!?」

声を上げて呼んでみるが祭囃子と喧騒に紛れてユフィの声はかき消される。
加えて人に押されてユフィ自身、流れから押し出されてしまう。
現在地は金魚すくい屋台と亀すくい屋台の間。
探しに行こうか。
しかし行き違いになったら面倒だ。
絶え間なく流れる人の波を前にユフィは途方に暮れてポツリと呟く。

「見つけてくれるかなぁ」
「見つけた」
「うひゃぁっ!?」

背後から思わぬ声が降ってきてユフィは驚いて小さく飛び上がる。
振り向けばユフィの思考を独占していたヴァレンタイン氏がややホッとしたような表情でユフィを見下ろしていた。

「お、お隣さん!?いつの間に!?ていうかどうやって!!?」
「お前と離れた事に気づいて屋台の後ろを通って探していた」
「あ〜屋台の裏か〜」
「それでどうするんだ?この先の花火鑑賞地は尋常じゃないくらい人が密集しているが」
「ん〜やめよっか。別にそこまでして見たい訳じゃないし」
「なら屋台の後ろを通って帰るぞ」
「うん」
「それから―――」

喧騒に紛れて耳元でひっそりと囁かれる。

「えっ!?」

周りは煩くてお互いの会話ですら大声でないと成立しないのに。
先程のヴァレンタイン氏の囁き声だけはハッキリ大きく聞こえて、逆に周りの音が小さく遠ざかったような感覚に陥った。
くすぐったさと恥ずかしさで咄嗟に囁かされた方の耳を抑えながらヴァレンタイン氏を見上げる。
ヴァレンタイン氏は―――微笑んでいた。

「やっと伝えられたな」
「・・・!」
「行くぞ」
「・・・・・・うん・・・」

また手を握られて歩き出す。
今度は迷わずしっかりと握り返す事が出来た。











花火は帰り道の途中で上がったがどうでも良かった。
振り返る事も立ち止まる事もせず、花火に背中を照らされて影を伸ばされながら二人でただ黙って帰路を辿っていた。
フィナーレの花火が打ち上げられたのは二人がアパートに到着して部屋の扉の前に立った時である。

「・・・あのさ、今日は付き合ってくれてありがと。疲れたでしょ?」
「いや、それなりに楽しめた」
「そっか・・・」

お休みの言葉を言いたくなかった。
言ってしまえばこの手を離さなくてはならなくなる。
離してしまえばヴァレンタイン氏はもう手を繋いでくれなくなるかもしれない。
今のこの状況にヴァレンタイン氏を困らせていると内心分かっていながらもユフィは手を離さず恐る恐るヴァレンタイン氏を見上げた。
どんな表情をしているのか知るのが怖かったがヴァレンタイン氏は困った表情でも呆れた表情でもなく―――ただ目を細めて優しい表情を浮かべていた。
その表情はユフィの内心を見透かしているようで、けれども心配はいらないと言い聞かせているようでもあり、ユフィは安心して笑顔を返した。

「じゃぁまた明日。お休み―――“ヴィンセント”」
「ああ、お休み、ユフィ」

名残惜しそうに手を離しながらそれぞれの部屋に入って行く。
ユフィの方は部屋に入ってすぐに玄関の鍵を閉めて寄りかかると、握られていた方の手をもう片方の手で包むように胸に押し当てると愛おしそうに呟いた。

「・・・ヴィンセント・・・」

それは今日の祭りの時に教えてもらったお隣さんの名前だった。











END
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