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□お隣さんとご飯
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今日も今日とてユフィはコンビニに夕飯の弁当を買いに行く。
自炊は出来るは出来るが今日は疲れていてそんな気分ではない。
こんな日は弁当で済ませるに限る。
さて何を買おうかと考えながら玄関の扉を開けると、丁度ユフィの部屋の前を通りがかろうとしていたヴァレン氏とでくわした。

「あ、お隣さんじゃん」
「ユフィか」
「お隣さんもコンビニにご飯買いに行くの?」
「いや、ラーメンを食べに行く所だ」
「ラーメン?」
「小さなラーメン屋が近くにあるのだが・・・行くか?」
「行く行く!ラーメン食べる!」
「あまり洒落た店ではないが」
「いーって!そういうの気にしないから!」

そんな訳でユフィはヴァレンタイン氏と共にラーメン屋に向かうのであった。





案内されたラーメン屋はヴィンセントの説明通り、小さくてお洒落ではない普通の店だった。
けれどユフィはあまり気にしなかったし、むしろその方がラーメン屋っぽくていいとさえ思っていた。
今は二人で座敷席でメニュー表を見ながら何を食べるか選んでいる。

「何にしようかな〜」
「・・・私はチャーシュー麺と半チャーハン」
「アタシは〜・・・とんこつと餃子かな」
「では注文するぞ」
「うん」

ヴァレンタイン氏が店員のおばさんを呼んで注文内容を伝える。
おばさんは「少々お待ちくださいね」と言って厨房に引っ込んだ。

「この店もよく来るの?」
「いや、たまにだな。何となくラーメンが食べたくなった時に来る程度だ」
「ふ〜ん」
「この町にはもう慣れたか?」
「まぁまぁかな〜?ね、ご飯食べ終わったらこの町にある店とか色々教えてよ」
「それは・・・構わないが、しかし・・・」
「ん〜?あ、分かった。彼女に見られたら不味いんだろ?」

歯切れの悪いヴァレンタイン氏にユフィはやや勢いで命がけのカマかけをした。
内心ハラハラドキドキしているが、それを悟られまいと水を飲んで誤魔化す。
そして次にヴァレンタイン氏の口から出てきたのは―――

「いや、そうではない。こんな遅い時間に若い女性を連れ回すのは如何なものかと思ってな」
「・・・はい?」

拍子抜けするような答えが返ってきた。
タンクトップの肩紐がズレ落ちそうにになるくらい。

「いくら隣人とはいえ、暗い時間にあちこち連れ回されるのは不安だろう?」
「アタシは小学生かっ。そんくらいへーきだし、お隣さんが一緒だから大丈夫じゃん。
 それよか彼女さんの方は大丈夫なの?修羅場になっても庇ってやんないしむしろ火に油注ぐけど?」
「元より親密な女性はいない。残念ながら火に油を注ぐ事は出来ないぞ」

そう言ってヴァレンタイン氏は綺麗に薄く笑う。
対するユフィは心の中で小躍りをしていた。
彼女がいないのは少々意外だが嬉しい報せである事に違いはない。

「へ〜意外。お隣さんってモテる外見してるからてっきり付き合ってる人がいるのかと思ってたよ」
「モテる外見とやらはしてないと思うが」
「じゃあさ、逆に好きな人とかはいんの?」
「・・・大学に入学したばかりの頃に好きな女性がいた」
「・・・」
「だが専攻しているものが違っていたし、何より卒業する頃には彼女にも好いている男が出来ていた。
 そして彼女は卒業するとその男と共に同じ企業に就職した」
「・・・・・ふーん。告白しようと思わなかったの?」
「何度かアプローチを試みたが私の事は全く眼中にない様子だったのでな。見えている世界が違ったんだ」
「そっか・・・今でも好きなの?」
「彼女が好きな男と研究室で仲良く実験に取り組んでいた場面を目撃した時点ですべてに諦めが着いたさ」

苦く笑うヴァレンタイン氏の表情は切なく哀しい。
ユフィは自分でもなんでそこまで聞いたのか分からなかった。
今でもその女性が好きなのか確認してチャンスを掴みたかったのか、それともただの興味本位なのか。
どちらにしてもそんな事を聞き出した自分に嫌気が差して溜息を吐きたくなる。
そんな気まずい空気が続く中でラーメンが配膳され、お互い無言のままそれを食べるのであった。



ラーメン屋を出た後も二人の空気はぎこちないままで無言でいた。
しかし自分から話を振ったのだから責任を持たなければとユフィは勇気を出して話を切り出す。

「えっとさ・・・ごめん。辛い事聞いちゃってさ」
「いや、私の方こそ空気が重くなる話をしてしまったな」
「でも聞いたのはアタシだもん。なんかお詫びさせてよ」
「別に詫びるほどの事でもない」
「いいから!じゃないとアタシの気が済まないの!」

頑としてユフィは譲らずに詫びさせろと言い放つ。
それが詫びを入れようとする者の態度だろうかと聞きたくなるが、ヴァレンタイン氏は律儀にも考えを巡らせる。
どうしようかと視線を軽く彷徨わせていると、ある看板が目に入ってヴァレンタイン氏は口元を緩めた。

「ならばあそこのコンビニで缶コーヒーでも奢ってもらおうか」
「へ?」

ヴァレンタイン氏が指さす方向を振り返れば、ファンタジーマートの看板が少し離れた所にあった。
本人がそう言うならと店で缶コーヒーと自分用の紙パックジュースを買うとユフィは店の外で待っていたヴァレンタイン氏にそれを渡した。

「ホントにこれで良かったの?」
「この程度で済む詫びだという事だ。気にしなくて良い」
「そう・・・?」
「それより町を案内してほしいのだろう?どこがいい」
「ん〜、なんか面白い所とか美味しいお店がいいな〜。後オシャレな店とか」
「オシャレな店とやらは電車に乗って隣町に行けばある筈だ。面白い所はゲームセンターとかなら近場にあるが」
「ゲームセンターあんの!?じゃあ今すぐ連れてってよ!そんでプリクラ撮ろ!」
「私は遠慮―――」
「ほらほら、連れてくって言ったのお隣さんでしょ!?早く行くよ!」

言うんじゃなかったと若干後悔するヴァレンタイン氏であった。










「よー色男。ガールフレンドか、と」
「・・・そういう関係ではない」

ゲームセンターに着くと、外壁に寄りかかってスマホをいじっていた赤髪の若い男が聞いてきたのでヴァレンタイン氏はやや溜息を吐きながらそう答えた。

「なら俺に紹介してくれや。ルードのやつが電車に引っかかってて暇なんだぞ、と」
「スマホに慰めてもらえ」
「つれねーな、と。ま、デートの邪魔しちゃ悪いもんな」
「だからそうではないと言っている」

盛大に溜息を吐くヴァレンタイン氏に対して赤毛の男は悪魔のようにニヤニヤと笑いながら「ごゆっくりな〜と」と言葉を残した。
一連の流れを呆然と見ていたユフィは、ヴァレンタイン氏に手を引かれながら赤毛の男について尋ねる。

「誰あの人?知り合い?」
「ただの腐れ縁だ。不良だが・・・まぁ悪い奴ではない」
「ふーん」
「だが夜になるとああいう輩が多い。だから一人でここに近寄ったりするな」
「分かってるよ。それよかプリクラ発見!ほらほら入るよ!!」

今度はユフィにやや強引に手を引かれてヴァレンタイン氏はプリクラ台の中に入って行く。
何故女性という生き物はこうもプリクラ台に入りたがるのか。
ヴァレンタイン氏にはあまり理解出来なかった。

「ほらほら、撮るよ!ポーズして!」

何やら設定を終えたユフィがヴァレンタイン氏の隣に並んでいろんなポーズを取る。
そして―――

「オイコラ!ポーズ取らない上に無表情ってどーいう事だよ!」
「こういうのはあまり慣れていないのでな」
「だからって変顔の一つや二つはしろよなー」

唇を尖らせながらユフィはプリクラのデコを一人で始める。
興味のないヴァレンタイン氏はあまり人の邪魔にならない位置に立ってそれを数分の間見守った。
やがてデコを終えたユフィがプリクラ台から出てきて、ハサミを使ってそれを半分に分けて差し出してきた。

「はい、お隣さんの分」
「私は・・・」
「やっぱいらない?」

少し残念そうに眉を寄せるユフィの表情にヴァレンタイン氏の胸が少し締め付けられる。
別にやましい事がある訳でもないし、受け取ってもいいか。

「・・・受け取ろう」
「んじゃ、これ!」

太陽を思わせるような満面の笑みでプリクラを渡される。
ちなみにプリクラを手にしたのは生まれて初めてだったり。
『お隣さんとアタシ!』やら『初プリクラ!』などと色々な文字や絵が挿入されていて、とことなくユフィの人柄が読み取れる。
グラサンやら鼻眼鏡の画像を人の顔に被せて遊ぶ悪戯っ子であるという事も・・・。

「ねーねー、次はどこ連れてってくれんの?」
「今日はここまでだ」
「はぁ!?まだゲーセンしか来てないよ!?」
「レポートがあるのを思い出した。だから私は帰らねばならない。お前はないのか?」
「まだないよ」
「なら帰って勉強するんだな」
「勉強は受験の時に一生分やったからもういいっての!」

「つまんないな〜もう!」なんて捨て台詞を吐きながらユフィは渋々とヴァレンタイン氏と共にゲーセンを出て帰路を辿る。

(私の顔に鼻眼鏡を被せたお返しだ)

ちょっと意地悪をしたヴァレンタイン氏なのであった。











END
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