オリジナル倉庫

□困った時はお互い様
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ユフィは震える腕で自分の体を抱いた。
足も震えて崩折れそうになるが、本能が決して腰を抜かすなと叱咤してくる。
カチカチと歯の根が合わない音が止まらない。
恐怖と困惑と悲しみで訳が分からなくなってそれら全てが言葉として一つの叫び声を上げさせた。

「ぎゃぁあああああああああああああ!!!!」

壁の薄いアパートではユフィの叫び声などは容易く隣の部屋に響き、隣の住人を驚かせる。
そうして数分もしない内にインターホンが鳴らされた。
けれども恐怖で声が出ないユフィは答えることが出来ない。
すると今度は二回鳴らされてドアをドンドンと叩かれた。

「おい、何かあったのか」
「あ、あああ開いてるよ!開いてるから助けて!!」

すがるように叫ぶとバンッ!と乱暴に扉が開け放たれて隣人―――ヴァレンタイン氏が部屋の中に入ってきた。

「大丈夫か?怪我は?」
「あれ!あれあれあれ!!」

部屋の隅で縮こまるユフィが指さす先を素早く振り返って警戒するヴァレンタイン氏。
しかし彼の目には何の変哲もなスッキリと片付けられたキッチンだけが目に飛び込んでくるだけだった。

「・・・何もないが?」
「床!床の上!!!」

言われて視線を床に落とし、ユフィが恐れるものを探すと―――黒光りのあの虫がそこにいた。

「・・・ゴキブリ?」
「潰せ今すぐ潰せ早く!!」

命令口調だがガタガタと震える姿を見るに未だに頭の中はパニックなのだろう。
ヴァレンタイン氏は軽く溜息を吐くと「借りるぞ」と言って雑誌を丸めると慎重にゴキブリに近づき、スパァンッ!と素早く叩いて仕留めた。
そしてスーパーの袋に始末したゴキブリと雑誌を入れて口を固く締めるとユフィの方を見て言った。

「始末した」
「あぁ、ありがと・・・」
「私の方でゴミに出しておく」
「う、うん・・・あ、騒いでごめん」
「・・・ホウ酸団子を置くと効果があるぞ」
「へ?」

ヴァレンタイン氏の口から出てきた単語にユフィは呆気に取られるがそんなものは気にせずヴァレンタイン氏は袋を持ったまま出て行った。
それからたっぷり数分置いてユフィは一言。

「・・・ホウ酸団子・・・使ってるんだ・・・」

お隣さんの意外な一面を知った気分になった。












あれから数日。
その日は土砂降りの雨で強い雨が酷くアパートの窓を打ち付けた。
古いアパートであるのも相まって屋根からもその激しさが伝わってくる。
雨の日が嫌いなユフィは、今日は講義がないので大人しく部屋で過ごす事にした。
引っ越しだ入学だで疲れていた体を休めるには丁度良い。
そう思って枕に頭を沈めながら目を閉じる。
そこで、びちょん、ぴちょん、と水の滴る音が僅かに聞こえてきた。
まさかと思って目を開けて天井を確認するが雨漏りしてる様子はない。
ならばあの音はどこから?と思ってもう一度気を集中させて音の源を辿ると・・・お隣から聞こえてくる音だと分かった。

(お隣雨漏りしてんだ)

しかも複数の音が聞こえてくる辺り、かなり雨漏りが激しいようである。

ガチャン

(あ、部屋出た。大家さんに相談しに行くのかな?)

しかしそのままお隣が部屋に戻ってくる事はなかった。
どうやら出掛けたようである。
きっと酷い雨漏りの光景に耐えられなくて出掛けたのだろう。
そんな事をうつらうつらと考えながらユフィは微睡むのであった。


それから夜になり、ユフィはまったりと夕飯の片付けをしていた。
外は昼間ほどではないにしろ、未だに雨が降り続いている。
貴重な何もない一日の大半を寝て過ごしてしまった事を悔やみながらも、こんな日も悪くないかと思いつつゴキブリ対策にカップ麺を丁寧に洗ってゴミ箱に捨てる。
その時だった。

ピンポーン

突然、インターホンが押されて呼び出される。
こんな時間に誰だと警戒しながら覗き穴を覗くと―――お隣のヴァレンタイン氏が佇んでいた。
ユフィはすぐに扉を開けると驚いたように尋ねた。

「どしたの?」
「夜遅くにすまない。バケツを貸してくれないか?」
「バケツ?」
「部屋が雨漏りが増えてしまい、受け皿が足りなくて困っている」
「あー雨漏りね。別にいいけど大家さんには言った?」
「ああ。明日にでも業者を呼んでくれるそうだ」
「ふーん」
「つい最近も雨漏りで修理をしてもらったばかりなのだがな」
「それ大丈夫なの?修理するフリして雨漏りするように細工してんじゃない?」
「それは・・・ありそうだな」

ユフィの冗談にヴァレンタイン氏は小さく苦笑した。
ここ数日の考察で分かったのはこの男は基本、無表情であるということ。
だからあまり感情豊かな男ではないので笑う所は珍しいし、何より笑ったら女の自分でもそう思うくらい綺麗だった。
これだけの男だ、周りは放っておかないだろう。
なんなら彼女はもういるかもしれない。
ユフィは自分でも気付かないくらい小さく落胆しながらキッチンの下段の棚を探るとバケツを手渡した。

「ほい、バケツ。返すのはいつでもいいから」
「分かった。感謝する」
「んじゃ、おやすみー」
「おやすみ」

バタンと扉を締めて鍵をかける。
そして、はぁ、と音を出さずに息を吐いて窓際に腰を下ろした。
外は相変わらずの雨。
天気予報では明日は晴れるらしい。
そしたらお隣のヴァレンタイン氏はバケツを返しに来るだろう。

(何話そうかなぁ)

ヴァレンタイン氏の事が何となく気になりつつあるユフィであった。









END
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