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□引っ越し先のお隣さん
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高校を卒業して大学へ進学したユフィはウータイから都会のエッジへと上京を果たした。
今日は引っ越しの日でユフィは引っ越し先のアパートの自室にいた。
家賃は三万、風呂は無し、六畳一間の薄い壁、築15年の木造建てアパート。
如何にもな物件だが、大学に近いとなるとここしか空いている物件はなかったのだ。
幸い銭湯やスーパーやコンビニなどは近くにあるのでそれを考えたら我慢出来ない事もない。
それになんお言っても安い家賃が魅力的だ。
ある程度の荷解きを終えたユフィは粗品のタオルを手に持つと意を決したような表情で一人強く頷く。

「よしっ、挨拶に行くとしますか」

あまり関わりを持たないとはいえ、一応挨拶は大切だ。
ユフィはサンダルを履くと早速隣の部屋を訪問した。
こんな古いアパートでもインターホンはしっかり備え付けられており、ユフィはそれを一度押すと部屋の主が出てくるのを待った。

「はい」

扉が開くと共に顔を出してきたのは顔立ちの整った青年。
一つにまとめられた黒く長い髪、宝石のように真っ赤な瞳、ユフィの頭一つ分以上はある長身、低い声。
世で言う所の『美形』に当てはまる男を前にユフィは軽く驚く。
本当にこんな絵に描いたような人間が存在するのだと。

「・・・何か?」
「え?ああごめん!えっと、隣に引っ越してきたキサラギです。これどーぞ」
「ああ、わざわざすまない。私はヴァレンタインだ。宜しく」
「宜しく〜」

お互いそれだけ言葉を交わすと男の方は「それでは」と言って静かに扉を閉めた。
ほんの少しとは言え、話した感じでは悪い男ではなさそうである。
ただし人は見かけによらないという言葉があるので注意は必要だ。

(ヴァレンタインか。かっこいい外見にキレーな苗字だね〜)

それなのにこんなアパートに住んでいるのは何だか不釣り合いに見える。
ああいった感じの男性は綺麗なマンションでブランド物の家具などに囲まれながら優雅な独り暮らしをしているイメージだ。
とは言え、あちらも自分と同じであまりお金がないのだろう。
自分は実家から仕送りしてもらうものの勿論バイトをしないと苦しい。
お互い頑張ろう、などと心の中で応援しながらユフィは自分の部屋に戻った。


戻った部屋は少し埃っぽかったのでガラガラと窓を開けて空気の入れ替えをした。
ベランダのない、小さな手すりが窓枠についている程度の窓だがこれはこれで悪くない。

「今日からここが家か〜」

なんとなしにぼやいて外を眺める。
と言っても二階の部屋だ、そんなに遠くは見渡せない。
住宅やらマンションやらに阻まれて見えるのはせいぜいで目の前の通りくらいだ。
今はおばさんが茶色の犬を散歩させている。
ぼんやりしながら、ふと隣の部屋の方に顔を向けたら洗濯物が目に入った。
青の小さな洗濯ピンチにタオルや靴下が干されている。

(あれ・・・アイランドビレッジの靴下じゃん・・・)

引っ越してくる前、タオルなどを買いにアイランドビレッジに行ってその時に偶然、同じ靴下を見かけた。

「・・・ぷっ・・・くくく・・・!」

こみ上げてくる笑いを必死に堪えながらユフィは顔を伏せる。
何となく住む世界の違う人間のように感じていたが急に親近感が湧いてきた。
すると―――

ガンっ!

「つっ・・・!」

隣で何かにぶつかる音と痛がる声が壁越しから窓から聞こえてきた。
そんな普通でベタなハプニングにこのアパートとヴァレンタインがユフィの中でぴったり合ってきて、ユフィは声を殺しながら笑い転げる。


このお隣とは仲良くやっていけそうだと感じた瞬間だった。












END
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