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□彼の代わりのハンカチ
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「あ、ユフィ」
「ん〜?」
「それ、男物のハンカチですよね?」
「うっ・・・」

午後の学校の休み時間。
後一時間の授業を終えれば解放される。
最後の戦いを前にユフィとシェルクはお手洗いに来ていた訳だが、そこでシェルクはある物を見た。
それは、控えめな黒の柄が入った真紅のハンカチだった。
どこからど〜みても男物のハンカチである。

「どうしたんですか?」
「べ、別に?親父のと間違えちゃったんだよ!」
「お父さんのと・・・ですか」
「何だよそんな疑わしげな目は!?」
「いえ、別に。ただ、ちょっと疑問が」
「疑問って?」
「失礼ですがユフィのお父さんはあまりセンスがないお人だと聞き及んでいたのですが」
「うぐっ・・・あ、あれだよ・・・最近ちょっとセンスに磨きをかけ始めたんだよ・・・」
「その割にはセンスが良すぎませんか?昨日今日でハイレベルアップしたようには思えないのですが」
「頑張ったんだよ、親父・・・うん、頑張ったんだよ」
「はぁ、頑張ったのですか」
「そ、それより!もうすぐ授業だから戻ろ!」
「ええ」

シェルクの突き刺すような視線から逃げるようにしてユフィはトイレを後にした。

(危ない危ない、やっぱこっそり使うに限るね)

授業中、先生の話を聞くフリをしながらユフィは鞄の中に隠したハンカチを思った。
今日のハンカチはヴィンセントのマンションから持ち出したヴィンセントのハンカチ。
ヴィンセントを身近に感じられる物が欲しくてタンスから取り出して来たのだ。
最初はカバンから教科書を取り出す時に少し見えたら嬉しい気持ちになる程度に留めていたのだが、ふと魔が差して使ってみたくなった。
しかしその結果が先程のアレである。
自分とした事がつい油断をしてしまった。
次から気をつけねば。



しかし翌日・・・



「あ、ユフィ。また男物のハンカチですね」
「うぐっ・・・!」

またもやらかした。
昨日のヴィンセントとの通話が甘く幸せに満ちていたからとつい浮かれて、また人前でヴィンセントのハンカチを使ってしまった。
なんたる失態。

「それもお父さんのハンカチですか?」
「そ、そ〜なんだよ!親父ってばやっぱりワシの気に入る柄じゃな〜いって言って押し付けて来てさ〜!」
「そうですか」

言葉とは裏腹に声や目は明らかに納得が行っていない様子のシェルク。
やはり苦しい言い訳だったか。
自分でもこん苦しい言い訳を聞かされたら変だと思って納得行かない顔をするだろう。
しかしだからと言ってバレる訳にはいかない。
こうなれば力押しだ。

「それよりホラ!アタシの持ってるハンカチなんてどーでもいいから教室戻ろ!」
「いえ、気になるのでもう少しだけ」
「や、やけに食い下がるじゃん・・・授業遅刻するぞ〜?」
「今日は授業をサボる日ではなかったのですか?}
「よ、予定変更!今日はやっぱり授業出るよ!」
「サボる気満々だった私の気持ちを弄んだ謝罪と賠償を要求します」
「悪かったって!アイス奢るから許してよ!」
「足りません。そこにプラスしてそのハンカチの本当の理由を教えて下さい」
「じゃあアイスとゼリー」
「今日はゼリーの気分ではありません」
「じゃあクッキー!」
「クッキーも違いますね」
「チョコ!」
「チョコも微妙に違いますね」
「う〜〜〜〜・・・シュークリーム!」
「もう一声」
「ドーナツ!」
「乗った」
「交渉成立!今日はもうハンカチの事はツッコまないこと!」
「今日でなければいいんですね?」
「うっ・・・きょ、今日も明日も明後日も毎日駄目だっての!!」
「むぅ、禁止令を出されてしまいました」

珍しく可愛らしく膨をらませて負けを認めるシェルクにユフィは心の中で勝利宣言する。
そうだ、こうやって禁止令を出せば良かったんだ。
次も同じ事が起きたらそうするとしよう。
ユフィはまた一つ学ぶのであった。





そしてその日の夜。
今日はヴィンセントが仕事の為の資料作成やらなんやらで忙しくて通話が出来ない。
だから寂しい気持ちを少しで紛らわせる用のハンカチを枕の横に置いた。
これはヴィンセントの代わりだ。
隣で添い寝をしてくれていると自分に言い聞かせて慰める。
効果は微々たるものだがこの際我慢だ。

「せめて夢に出てきてくれたらな〜」

けれどそんな儚い願いは叶う事なく朝を迎えてしまうのであった。





そうして翌日の昼間。
ユフィはシェルクの前でも堂々とヴィンセントのハンカチを使っていた。
禁止令を出したらから追及される事はないし、他の友達にも「親父に無理矢理渡された」と言って誤魔化したので気軽に使えている。
これなら鞄の中を見た時にこっそり喜ぶのではなく、いつでも喜ぶ事が出来る。
なんて素晴らしいのだろうとユフィが心の中で小躍りしようとしたその時―――

「ユフィ」
「ん〜?何〜?」
「ユフィに好きな人が出来たのではないかと噂が流れてますよ」
「えっ」

幸せな気分から一転、焦りと動揺がユフィを支配して震わせる。

「だだだだ誰がそんな根も葉もない噂流してんだよ・・・」
「クラスメイトや他のクラスの女子が噂してましたよ。あとティファ先輩とエアリス先輩」
「げっ」

先輩であるティファとエアリスは他人の恋愛には鋭い。
だからこんな時ばっかりは二人の顔が思い浮かんでも良い気持ちにはならない。
むしろ『面倒くさい』という言葉が浮かぶ。
いくら大好きな二人とはいえ、あれこれ探られたり勘付かれては面倒だ。
名残惜しいが、諦めるしかない。

「そ・・・そんな変な噂流れるならアタシ・・・もう男物のハンカチ持ってこない・・・」
「それが賢明だと思います。ですが遠慮なさらずに持ってきてもいいんですよ?」
「いや・・・遠慮する」

その日からユフィは前と同じ女の子らしいハンカチを持ち、ヴィンセントのハンカチはカバンに忍ばせるに留めるのであった。












END
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