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□会えない時間は・・・
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「はぁ〜〜〜〜〜〜あ〜〜〜〜」

学校の休み時間。
ユフィは自席で盛大に溜息を吐きながら机に突っ伏す。
怠い授業、退屈な先生の話、暑い毎日・・・それらがユフィの溜息の原因の一部であったが最大外の原因は別にあった。
それは・・・

(ヴィンセント不足・・・)

恋人のヴィンセントが海外へ長期出張に出てしまっているのでユフィは慢性的なヴィンセント不足に悩まされていた。
この禁断症状はLINEや通話だけでは治りそうもない。
実際に会って話して思いっきり抱きしめなければ気が済まない。
なんならキスをしてあの指で翻弄してもらって―――

「どうかしましたか、ユフィ」
「ふぇっ!?」

ピンク色の靄がかかりそうになった所で親友のシェルクの声がユフィを現実に戻す。
ユフィは慌てて良からぬ思考を打ち消すとシェルクとの会話に集中した。

「ななな何!?シェルク!!」
「いえ、大きな溜息を吐いていたのでどうしたのかと思いまして」
「あ、あー、うん、別に!授業退屈だな〜ってさ!!」
「そうですか」
「あのセンセーの話、退屈でつまんなくない?要領を得ないしさ〜」
「そうですね。自主勉強した方が捗るのは些かどうかと思います」
「ホントだよね〜。シェルクはテストのこの範囲分かる?」
「ええ」
「じゃあちょっと教えてくんない?ぜ〜んぜん分かんなくてさ〜」
「いいですよ・・・それにしても」
「?」
「ユフィはこの教科は苦手でしたよね?」
「そーだけど?」
「それなのに今までテストで高得点を取っていたと思うのですが」
「ギクッ」

ユフィの肩が飛び跳ねて固まる。
確かにこの教科は苦手だったが今までヴィンセントに教えて貰っていたのだ。
ヴィンセントは教え方が上手で分かりやすくてユフィはいつも教えてもらっていたのだが、今そのヴィンセントは長期出張中である。
しまったと思っても時既に遅し、シェルクの追撃は止まらない。

「塾は通ってないですよね?」
「で、でもつい最近通い始めたんだよ!ホント!!」

これは本当。
ヴィンセントという素晴らしい家庭教師がいない今、大学受験を乗り切る為にもユフィは最近塾に通い始めている。
しかしこれは下手な言い訳であった。

「最近通い始めた事と今までの高得点の説明がつかないと思うのですが」
「こここここ細かい事はどーでもいいじゃん!!今まではまぐれだよ!まぐれ!!」
「は、はぁ・・・」
「それよか今日勉強するよ!ね!?」
「は、はい・・・」

ユフィの剣幕に押されてシェルクは頷く事しか出来ず追及をやめた。
しかしこの誤魔化しは裏を返せば肯定にも取られると思うのだが・・・仕方ない、ここは目を瞑ろう。
空気を読んでシェルクは今回の事をそっと胸にしまった。












そうして放課後。
シェルクを招いてユフィは勉強会を開いていた。
会場はユフィの家のリビング。
どうせ親は仕事に出ているし冷蔵庫だってすぐそこにあるからお茶でもジュースでも取り放題だ。
それに飽きたらテレビを見られる。
今だってほら、勉強を中断して再放送のテレビドラマを見てる。
ちなみに番組のリクエストをしたのはシェルクだ。

「以外だね〜。シェルクってドラマ見るんだ?」
「いえ、この主演の俳優が好きなだけです」
「ふ〜ん。確かに渋いし結構イケてる人だよね」
「この渋いのが好きなんです」

親友の以外な一面をまた一つ知ってユフィは麦茶を煽る。
それにしてもこのドラマ、主人公とヒロインが遠距離恋愛の末に結ばれるというものなのだが、まるで今のユフィとヴィンセントを現しているようだ。
会いたいけれど会えない、それでも遠くにいる彼を思って日々を送るヒロイン。
友人に寂しくないのかと聞かれれば「会えない時間が愛を育てるから」と返して明るく振る舞う。
そんな健気なヒロインにしかしユフィは疑問が浮かぶ。

「会えない時間ってホントに愛を育てんのかね?」
「え?」
「だってさ、寂しくて会いたくて会いたくてたまんな〜いって気持ちが愛情の裏返しって事なんだろーけどさ、
 でもな〜んか誤魔化してる感じしない?寂しさを紛らわせてるっていうかさ」
「しかし人は時には距離を置く事も大切だと思います。
 この会えない時間というものが人を冷静にさせ、愛情を確認させるものでもあるのではないでしょうか?」
「う〜ん、そっか〜」
「しかしユフィの言う事も分かります。
 会えない時間が相手への感情を育てるとは言っても直接会って触れるものに勝るものなどありません」

シェルクは家の事情で長い間、姉にして現在のユフィたちの学校の教師をしているシャルアと離れ離れになって暮らしていた。
今は姉妹で仲良く暮らしているのだが、それもつい最近のこと。
言葉から察するにシェルクはシャルアに会えない間は凄く寂しかったのだろう。
やはり直接会うに越した事はない。

「それでユフィの今一番会いたい相手は誰なんですか?」
「それは・・・っていないいない!!いないよそんなの!!」
「残念です、後ちょっとだったのに」
「危ない危ない・・・油断も隙もないよ」
「ではヒントだけでも下さい」
「えーっとヒントはねー・・・ないよ!!何言わせようとしてんだよ!?」
「惜しい」
「惜しくな〜い!」

その後しばらく、シェルクの巧みな詮索を避けながらユフィは勉強会を終えるのであった。





そうしてその日の夜。
枕を抱きかかえて寝転びながらユフィはヴィンセントにLINEメッセージを送っていた。

『今日は早く寝る』

『明日テストでもあるのか?』

『うーうん。早く寝ればすぐに明日になってヴィンセントが帰ってくる日が早くなるからさ』

会いたい、なんて直接言えない素直じゃない自分が憎らしい。
でもヴィンセントは頭が良い人。

『なるほどな。確かに会える日が早くなるな。ならば私も早く寝るとしよう』

「えっへへ、ヴィンセントもアタシに会いたいと思ってるんだ〜」

嬉しくて一人ニヤつく。
ヴィンセントも自分に会いたいと思ってくれているのだ。
でもやっぱり・・・

『やっぱもう少し話してから寝る』

『そうか』

文面ではそっけないような短い返事をしているが実際には苦笑しているのが目に浮かぶ。
寂しさと愛しさを募らせながらユフィは今日もヴィンセントを思いながら眠るのであった。











END
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