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□遠くから祝う記念日
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ダボダボの長いワイシャツに袖を通し、慣れないボタン配置に四苦八苦しながらなんとか全部閉める。
袖のボタンは・・・面倒だからいいや。
次に動画を見ながら薄い赤の線が入ったネクタイを締めてみる。
これもかなり苦戦したが、めげずに何回かやり直してなんとかそれっぽくした。
鏡を見て整えてちょっとカッコつけながら上着を着る。
それで最後にまた鏡で全身を眺める。

「うんうん、完璧!どっからどー見てもカッコいいビジネスマンだね!」

一人頷いてスマホで自撮りし、写真を確認。
可愛い可愛い美少女がバッチリ写っているので完璧だ。
これをLINEであの男に送りつけるとしよう。
少女―――ユフィは上機嫌にベッドにダイブするとLINEでトーク画面を開いた。
トーク画面の上部には『ヴィンセント』と表示されている。

「送信・・・っと!」

先程撮影した写真をアップして一人クスクスと笑う。
果たしてこの恋人はどんな反応を返して来るのか。
堅物で真面目だからノリの良い返事はあまり期待していないが、それでも気になる所。
今は夜だからきっと仕事は終わっているだろうから返事は返ってくる筈。
何時だろうかと時間を確認しようとした所でスマホがLINEの通知を知らせた。

『ボタンを掛け間違えているぞ』

「え?マジで?」

自分のワイシャツを見下ろすと、確かにボタンを掛け間違えていた。
鏡を見て確認したというのに不覚。

『男物で慣れないんだもん。しょーがないでしょ』

『そもそも何故私のスーツを着ている?』

『今日は記念日だからそのお祝いだよ』

『記念日?』

『そ。アタシとヴィンセントが付き合い始めた記念日だよ!』

自分で打ち込んで送信した『付き合い始めた記念日』という言葉にユフィは嬉しさから一人微笑む。


花も恥じらう女子高生のユフィにはたった一人の恋人がいた。
恋人の名前はヴィンセント=ヴァレンタイン。
若手のビジネスマンで能力も高い事から仕事で忙しい毎日を送っている。
ひょんな事から出会った二人は時間をかけてお互いに心を通わせ、交際をする事となった。
勿論これはお互いの親も認めてくれていている。
が、流石に世間にはおおっぴらに公表出来ないので秘密の恋を育んでいる状態だ。
それがまたワクワクするものでユフィは嫌いではない。
ちなみに現在はヴィンセントが海外に長期出張しているのでLINEやLINE通話などで会話をしている。
ちょっとだけ寂しくてもどかしい遠距離恋愛。
早く帰ってこないかとユフィは待ち遠しい日々を送っている。

『ヴィンセントがいないからヴィンセントのスーツ着てヴィンセントの代わりのお祝いしてるんだよ。
 ついでにヴィンセントの部屋の掃除もしといたから』

ヴィンセントはマンションに住んでおり、ユフィは何回か行った事があるし鍵も貰っている。
ので、今回もヴィンセントの住んでるマンションを訪れて調達してきた次第である。

『感謝する。何か変わりはなかったか?』

『特に大きな事はないかな〜。郵便物もそんな大した物は届いてないよ』

『そうか』

『でもここにヴィンセントがいたら泊まってったのにな〜』

『泊めるだけだからな』

『分かってるよ』

前述した通り、ユフィは何回かヴィンセントのマンションに行った事があるが、その内の何回かは泊まっている。
その時に偶然お互いの裸を見る事もあれば、ほんの少しだけヴィンセントがユフィの性を刺激する事もあった。
勿論、本番までに至った事などないが、ユフィがそれを望んでいる事をヴィンセントは知っている。
しかし高校生であるユフィに手を出すのは早すぎるし、何よりユフィの将来を考えたらそんな軽率な行動は出来ない。
であるからしてヴィンセントはユフィが二十歳を過ぎるか或いは大学を卒業してからと決めており、絶対に本番に移る事はしなかった。
人の性を少しだけ刺激しておきながら何を今更と思うが、現在の焦らされてる感じも悪くないのでユフィは我慢していた。
ちなみに、キス及びディープキスは最早当たり前となっていたりする。

『そろそろ寝る時間だから今日はここまでだ』

『んーおやすみー』

『お休み』

ヴィンセントのメッセージを最後にユフィの本日の至福のひとときは終わりを告げた。

「はぁ〜あ、早く帰ってこいよヴィンセント〜」

携帯をサイドテーブルの上に置いてフカフカの枕に突っ伏す。
早く帰ってこい、なんてボヤいても帰国するのは半年くらい先。
LINEや通話で声を聴けるとはいえ、やっぱり実物に会った方が何倍も嬉しい。
今日のこの記念日だって会えない事に対する気の紛らわしみたいなものだ。
ヴィンセントがいたらこんな記念日なんてやんないでいつものようにヴィンセントの部屋に泊まって甘えていたのに。

「ヴィンセントのぶぁーか」

恋人へ理不尽な罵倒をして机の上に視線を向ける。
机の上にはヴィンセントと一緒に撮った写真が飾ってあった。
写真の中の彼は一見無表情に見えるが、よくよく見れば小さく微笑んでいる。
それがまるでユフィを見守っているように見えてユフィは照れくさい気持ちになる。

「・・・・・・・・・全く・・・なんでアンタを好きになったかなー・・・」

近くにいたら釘付け、遠くにいたら思考を独占される、そんな逃げ場のない甘美な束縛にユフィは酔いしれる。
ヴィンセント・ヴァレンタインという男を好きになってしまったこの日を呪いながらユフィは幸せに微睡むのであった。











END
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