クリスタル横丁

□船上のバイオワルツ前編(真面目)
2ページ/3ページ

ボーイの言う通りに廊下を進み、救護室を目指す。
廊下には控えめな音楽が流れており、上品な雰囲気を保っている。
漸く一人になれてホッと一息を吐くセフィロスオーナー。
後はエルオーネの様子を確認するだけだと思って突き当たりの廊下を右に曲がると件の人物が救護室の扉の横の壁に寄りかかってそこにいた。

「・・・何をしている」
「あ、オーナー!抜け出せたんですね」
「私の質問に答えろ。何をしている」
「オーナーがあの取り囲みから抜け出す為の口実を作ったんですよ。なんだか抜け出すのめんどくさそうな顔をしてましたから」
「余計な気を回すな」
「まぁまぁ。抜け出せたのは事実じゃないですか。それより甲板に出てみませんか?星が綺麗みたいだし、何より新鮮な空気を吸いたくないですか?」
「そうだな。鼻の曲がりそうな香水とお前の加齢臭を忘れたいしな」
「えっ」

にこやかなエルオーネの顔から笑顔が消え去り、絶望と焦燥が浮かび上がる。
セフィロスオーナーは上がりそうになる口角をぐっと堪えた。

「わ、わた、私・・・加齢臭、しますか・・・?」
「かなりキツイぞ」
「う、そ・・・」

この世の終わりといった表情で自分の香りを確認するエルオーネにセフィロスオーナーは内心腹を抱えて笑っていた。
加齢臭がするなんてのは勿論真っ赤な嘘。
エルオーネから香るのは精々で自分が分けてやったシャンプーの香りくらいだ。
少し前にシンクと香水を買っていた筈だが、それを着けてこなかったのは今日の自分に配慮してなのか。
いや、きっと着け忘れたのかもしれない。
どちらにせよそんな事はどうでもいい。
これは余計な気を回した事と、後いつもの意地悪なのだ。
もうしばらくこれでからかうとしようか。

「さっさと行くぞ」
「まま、待って下さい!私、そんなに加齢臭キツイですか!?」

エルオーネの慌てる声を無視して手首を引っ張り、甲板へと連れて行く。
流石にしつこくなって来たので甲板に着いた時に嘘だと言ってやった。










場面は戻ってホール。
ダンスを踊っていたトレイとシンクだったが、トレイが足を踏まれる痛みに耐えきれずにギブアップして休憩をしていた所だった。

「流石に足が痛いですよ・・・」
「ごめんね〜。今度練習しとくよ〜。ところでエルオーネの姿が見当たらないね」
「そういえばそうですね。甲板にでも出て外の風に当たっているのではないでしょうか」
「ん〜、だといいんだけど」
「セフィロスオーナーの姿も見当たらないですし、もしかしたら一緒にいるかもしれません。
 それでも探しに行きますか?」
「うん、行く〜」
「では、まずは―――」

「きゃーーーーーーーー!!!ゾンビよぉーーーーーーーーー!!!」

行き先を口にしようとした時、女性の大きな悲鳴がホールいっぱいに響く。
それと同時にホールの入り口を押し破るようにして見るもおぞましいゾンビの大群が押し寄せてきた。

「ぞぞ、ゾンビだー!!」
「バイオだー!ハザードだー!!!」
「今すぐ逃げろー!!!」

悪臭を放ち、虚ろな死の瞳が生者を求めて歩みを進めてくる。
その大群の量に参加者はパニックになってホールのあちらこちらへと逃げようとする。
その中でもボーイやスタッフたちが努めて冷静になりながら落ち着くように呼びかけるが、混乱している参加者たちの耳には届かない。

「うわっ!うわぁああああああああ!!!」

躓いて逃げ遅れた男に一匹のゾンビが覆いかぶさり、頭と肩を固定して首に噛み付こうとする。
死の恐怖に泣き叫ぶ男であったが、一本の矢がゾンビの頭を貫き、男を救う。

「もう大丈夫です!さぁ、早く立ち上がって逃げて下さい!」
「あ、ありがとうございます!」
「皆さん聞いて下さい!私達はWPOの者です!
 このゾンビたちは私達が抑えておきますので皆さんは慌てず落ち着いてこの船から脱出して下さい!
 船のスタッフの皆さんもどうか慌てず、お客様を誘導して下さい!」

トレイの的確でしっかりとした指示に参加者たちはいくらか落ち着きを取り戻し、スタッフたちの呼びかけに従って速やかに非常出口から避難して行った。
他に逃げ遅れた者がいないかトレイはホールの隅々までを確認すると、ゾンビたちが入ってきた入り口の方を振り返った。
入り口付近ではシンクがメイスを振り回してゾンビたちを吹き飛ばしており、勇ましく戦っている。
メイスを勢いよく振り下ろした時の風圧でピンクのドレスの裾がひらひらと舞い踊って花や蝶を彷彿とさせる。
我が恋人は普通のパーティーでも戦闘でもその可憐さは変わらないと感心しながらトレイはその隣に立った。

「ホールの一般人の避難誘導、完了しました」
「ありがと〜。流石トレイだね〜」
「このままゾンビを退けつつ他の部屋にいるであろう逃げ遅れた人たちを助けましょう」
「りょ〜か〜い!セフィロスオーナーはともかく、エルオーネは大丈夫かな〜」
「勿論、エルオーネも探しますよ。その為にも速やかにこの船を攻略しますよ」
「うん!」

シンクは頷くとしっかりとメイスを握って「やぁ〜〜!」と、彼女らしい無邪気な声を上げてゾンビの中に突っ込んで行った。
その後ろをトレイが魔法や弓矢で支援する。
大切な友人であるエルオーネの身を案じて内心焦っているであろうシンクは、それでも表面上は冷静さを装ってトレイの指示に従い、戦う。
まさにそこはプロの戦士と言えよう。
しかしそうは言ってもいずれ焦りが抑えきれなくなり、何かしらのミスを発生させてしまうのは想像に難くない。
それにトレイもエルオーネの事が心配なので迅速且つ無駄のないルートや戦闘を頭の中でシミュレートしながらシンクをサポートする。
そうやって二人は船の中を駆け抜けて行くのであった。








一方その頃、甲板では・・・。

「もう、加齢臭がするだなんて嘘つくなんて酷いじゃないですか!」
「単純なお前が悪い」
「あーあ、折角の感動を返して欲しいですよ」
「お前にそんな上等な経験があったのか?」
「ありますよーだ。だって私、口実を作る為とはいえ、スタッフの人には『救護室にいます』しか伝えてないのにオーナーは私の様子を見に来てくれたじゃないですか。
 その気になれば放っておいてどこか他の所に行けたんですよ?」
「お前がどんな酷い顔をしてるのか拝みに行ってやろうと思っただけだ」
「フフ、素直じゃないんですから」
「本当の事を言ったまでだ」
「またまたぁ。ところでオーナー、今度の休日なんですけど―――」

ドォオンッ!!という扉を破壊する音が響いてエルオーネは驚いて振り返る。
するとそこには、ゾンビが群れを成してゆっくりと死の行進をしようとしているところであった。
その光景に感情よりも早く体が動いてエルオーネはセフィロスオーナーにしがみつき、セフィロスオーナーはエルオーネを守るようにして右腕で抱き寄せた。

「ぞ、ゾンビ!?何で!!?」
「どうやらサプライズ企画もあったようだな」

言いながらセフィロスオーナーはゾンビどもをブリザガで凍らせ、クエイガで粉々に砕いた。
ゾンビの群れは一掃されたものの、破壊された扉の向こうからは人々の悲鳴や戸惑いの声が聞こえてくる。

「何が起きてるんだろう・・・シンクたち大丈夫かな」
「行くぞ」
「はい」

セフィロスオーナーに手首を引っ張られ、エルオーネは死者が蔓延する船の中を歩き始めるのだった。











END




→後書き
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ