クリスタル横丁

□船上のバイオワルツ前編(真面目)
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「エルオーネ〜!」
「シンク〜!」

夜のクリスタル横丁南の港。
大きな豪華客船が港に停泊しており、船を彩る上品な灯りが静かに船の存在感を物語る。
甲板にはドレスやタキシードといったドレスコードを決めている男女がちらほらと姿を見せており、この船がどの階級の者たちが乗船する船なのかがを知らしめる。
そんな船の前で同じくドレスやタキシードを身に纏ったセフィロスオーナーとエルオーネ、トレイとシンクが合流していた。
トレイとセフィロスオーナーは黒のタキシードで、セフィロスオーナーは銀色の美しい長髪を一つにまとめている。
対するエルオーネは水色のドレスを着て蝶の小さな髪飾りを付けており、シンクはピンク色のドレスに花の髪飾りを付けていた。
二人はお互いに歩み寄ると両手を合わせながらはしゃぐ。

「シンク可愛い!お姫様みたい!」
「エルオーネも可愛いよ〜。妖精さんみた〜い」

きゃっきゃと微笑ましくもはしゃぐ二人をそのままにトレイはセフィロスオーナーの方を向いて会釈するように頭を下げると礼を述べた。

「本日は豪華客船のディナーにお誘い頂き、誠にありがとうございます」
「アレが勝手にお前達を誘っただけだ」
「勿論誘って下さったエルオーネにも感謝していますが、元を辿ればチケットは貴方の物ですから」

今回トレイとシンクが豪華客船に乗れたのは、セフィロスオーナーが会社の繋がりで貰った豪華客船ディナーの招待チケットをエルオーネに渡し、それを使ってエルオーネがトレイとシンクを誘ってくれたからである。
豪華客船のディナーと言っても立食形式のバイキングで、適当に海を回ってから港に戻るというプランなのだが、高い事に間違いはない。
トレイたちもマザーの付き添いでそういうのには何回か乗った事はあるが、それ以外で乗るのはこの間のWRO主催のパーティーを入れて二回目。
なのでトレイはシンクほどはしゃぎはしないのだが、シンクは友達のエルオーネと共にするイベントではしゃいでいるのだ。
そのはしゃぎっぷりがトレイには色んな意味で羨ましかった。
豪華客船でディナーはともかく、あのセフィロスオーナーが同伴なのだ。
常に緊張状態だし、油断も出来ない。
正宗で刺されないように、そして何が何でもシンクだけは守ろうと心に決めながらトレイはセフィロスオーナーに続いて船に乗った。









船の中に入れば香ばしい料理の匂いが四人を出迎えた。
並んでいる何種類もの料理は照明の光の反射を受けてキラキラと輝いており、それはまるで宝石のよう。

「わ〜!美味しそう!」
「どれから食べよっか?」

シンクとエルオーネは瞳を輝かせると早速皿とフォークを手に持って料理の前に移動した。
一方でセフィロスオーナーはと言うと・・・

「セフィロスオーナー!ご無沙汰しております」
「あぁ、セフィロス様とお会い出来て光栄ですわ」
「オーナー、今度私の会社が開くパーティにも参加していただけないかしら?」

入場するや否や沢山の女性に囲まれて身動きが取れないでいた。
こんな事は慣れっこであろうセフィロスオーナーは無表情で女たちの言葉を流しているが、そこからは辟易している、というオーラがダダ漏れであった。
元々こういうのを好む性格でもないし、そういうオーラがダダ漏れになるのも無理はないだろう。
それに少し離れたこの位置でも女性たちの色んな香水の混じった匂いがプンプンしてくる。
一つ一つは良い香りなのかもしれないが全部が混じり合うとただの悪臭でしかない。
そんな悪臭地獄のど真ん中にいるセフィロスオーナーに一つの哀れみを覚えながらトレイも皿とフォークに手を伸ばして料理を楽しむ事にした。

「ケーキいっぱい食べられてシンクちゃん幸せ〜」
「ねぇ、あっちのパンも美味しそうだから食べてみない?」

「こんにちは、美しいお嬢さん方」

デザートを楽しんでいる二人の元に一人の男が近付く。
高級品で全身を固めている如何にも、といった感じの男。
シンクとエルオーネは目をパチクリと瞬きさせるとそらぞれ逆方向に首を傾げて男を見た。

「・・・私たちのこと〜?」
「ええ、そうです。まるで蝶のように美しい貴女たちの事です。パーティは楽しんでおられますかな?」
「ええ、まぁ・・・」
「ホールの中も宜しいですが甲板に出てみませんか?美しい夜景が楽しめますよ」

これはいけない、明らかなナンパだ。
シンクもエルオーネも強い女性なので流される事はないだろうが、それでも守るのが男の務め。
何よりシンクの恋人たる自分が出なくて誰が出るというのか。
トレイはフォークを皿に乗せて近場のテーブルの上に置くと男の隣に立った。

「失礼、二人に何か御用でも?」
「なんだね君は、いきなり現れて」
「これは失礼。私はトレイ。こちらのシンクのフィアンセでございます。そしてこちらのエルオーネはあちらにいるセフィロスオーナーのご友人です」
「セフィロスオーナーの・・・これは大変失礼致しました。私はこれで」

男は残念そうに会釈すると二人から離れて他のターゲットを探しに人混みに紛れていった。
口程にもない。

「トレイありがと〜」
「今のカッコ良かったよ」
「いえ、当然の事をしたまでです」
「トレイが来なかったらズドーンってぶっ飛ばしてたかもしんないな〜」
「・・・冗談でもおやめなさい、シンク」
「えへへ〜でもフィアンセか〜良い響きだね〜」

頬を赤らめて『フィアンセ』という単語に胸を踊らせるシンクにトレイは少しばかり照れ臭い気持ちになる。
我ながらクサイ台詞を吐いたと思う。
無難に『恋人』と言っておけばと少し後悔しつつも、シンクが喜んでいるので、まぁいいかと思って気にしない事にした。



それからしばしの時間が流れ、賑わっていたホールに静かな音楽が流れ始める。
ホールの突き当たりにはオーケストラ団が楽器を構えており、そこから優雅な音色を奏でていたのだ。
その音楽を耳にした人々はお喋りをやめ、男女ペアになると音楽に合わせて踊り始めた。
所謂社交ダンスというものだ。
リズムに合わせてステップを踏む姿は美しく、女性のドレスの裾がヒラヒラと舞う姿はまるで花が咲いているようだと錯覚する。
そうやってトレイがダンスを眺めているとシンクがちょこんと隣にやってきて覗き込むようにトレイを見ながら口を開いた。

「ねぇ、トレイ」
「どうしましたか?」
「私も踊ってみたいな〜」

なんとも可愛いお強請り。
トレイに拒否するという選択肢は存在しなかった。

「いいですよ。でもシンクは社交ダンスはあまり踊った事はないですよね?」
「うん!全然」
「では少し目立たない所で踊りましょう。足を踏まれている所を見られたら恥ずかしいですからね」
「そうだね〜。トレイが私の足を踏んでる所なんて見せられないもんね〜」
「いや、足を踏むのはどう考えても貴女ですから」

しかしトレイのツッコミなんか無視してシンクは「早く踊ろ〜」と言ってトレイの手を引っ張ってダンスの輪の中に入って行った。

「若いっていいわね」

シンクたちの後ろ姿を見送りながらエルオーネは小さく微笑む。
いつか自分も素敵な男性とダンスを踊ってみたいな、なんて思いながら次なるデザートを求めてターゲットを捕捉する。
が、その時にふと、女性の揉める声が聞こえた。
何事かと思って声のした方を見やればセフィロスオーナーを囲んでいる女性たちが眉間に皺を寄せながら揉めていたのだ。
大方ダンスの申し出について揉めているのだろう。
ボーイなどが静かにするようにとやんわり注意しても噛み付いて追い返す始末。
当のセフィロスオーナーは無表情でなにか他の事を考えている目をしていた。
女性の輪から抜け出す事を考えるのが面倒にでもなっているのだろう。
ならば、ここは助け舟を出してあげるとしよう。
パーティのチケットをくれたお礼だ

「すいません、ちょっといいですか」









飛び交う金切り声、鼻が曲がりそうな数多の香水の香り。
耳障りな甘ったるい声。
他の企業の社長や重役に挨拶回りをしてもこの軍勢が引く事はなかった。
そのしつこさにセフィロスオーナーは嫌気が差し、何を言われても無視を決め込んで他の事に気を集中した。
目障りなものを視界に入れないようにしながらホールの奥を見渡す。
見ればいつの間にやらトレイとシンクがダンスに加わっており、それでも端っこの方で練習するように踊っていた。
シンクが足を踏んでるいるのか、何度もトレイが痛がるように顔を顰める。
それに対してシンクは謝罪の言葉を述べているようだが、その表情からは悪びれた様子は一切ない。
しかしそんな二人よりも一つ気になるものがあった。

(アレはどこに行った)

ダンスが始まる前まではシンクと一緒にデザートを頬張っていたエルオーネの姿がホールのどこにもなかった。
ダンスで誰かと踊っている姿も一人静かにご飯を食べている姿も何もない。
そうなると誰かに連れて行かれた可能性が浮上してくる。
エルオーネは他人の過去に接続出来る特殊な能力から多くの人間に狙われている。
それだけでなく、養女とはいえ大国エスタの大統領・ラグナの娘という肩書きのオマケ付きだ。

(チッ)

内心舌打ちをして、乗船する時に見かけた船内の地図を頭に思い浮かべる。
宿泊用の部屋やスタッフのみ入室可能の部屋がいくつもあって面倒だが、可能性のある部屋をひたすら見て回るしかないだろう。
それにこの輪を抜け出す丁度良い口実が出来た。
早速ホールを出ようと踵を返そうとしたその時、女の輪を掻き分けて一人のヒゲがダンディなボーイがセフィロスオーナーの前に躍り出た。
ボーイは軽く身形を整えると「失礼致します、セフィロス様」と言って丁寧なお辞儀をした。

「セフィロス様のお連れのエルオーネ様という女性の方から伝言を授かっております」
「なんだ」
「体調が優れないので救護室に居ます、との事でございます」
「・・・そうか。救護室はどこだ」
「ホールを出て突き当たりまで進みましたら右にお曲がり下さい。そのまま歩きますと左手側に『救護室』と書かれたプレートがございますので」
「そうか」

ルートを覚えてそのまま無言で輪を強引に抜け出す。

「あぁんセフィロス様!」
「何処へ行かれますの?」
「私達もご一緒して宜しいですか?」

追い縋る女達に無言でホールのドアを閉めるのがセフィロスオーナーの返事だった。
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