クリスタル横丁

□秘密のお料理教室
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ある日の昼下がり。
ちょっとした買い出しを終えたティファは帰路を辿っていた。
今日は店は休みなのだが、午後からちょっとした用事が家であるのでその準備も兼ねて早く帰らねばならない。
が、謎の気配がティファの背後から漂っていた。
殺気にも似た、纏わりつくような気配。
ストーカーか?はたまた殺人鬼か?
どちらにせよ、このまま放っておく訳にはいかない。

(あそこの角で・・・)

ティファは早足で角を曲がって気配を誘い出した。
すると謎の気配も後を追うようにして同じく早足でティファを追いかけてくるのが石畳を叩く靴の音で分かった。
買い物袋を地面に置き、グローブをしっかりと嵌めて構える。

「はぁっ!」
「わっ!?ちょっ、待った待った!!」

聞き慣れた女の子の声が静止の声を上げる。
よくみればサイスが慌ててティファの拳を止めようとしているではないか。
ティファはすぐに拳を下ろすと同じく驚いたようにサイスを見た。

「サイス!?どうして・・・っていうか、ずっと後をつけて来てたのってサイスだったの?」
「あぁ、まぁな」
「人の後をつけて来るなんてサイスらしくないわね。変な人が付いてきてるのかと思ってびっくりしたじゃない」
「悪かったよ。その・・・まぁ、なんだ、言いにくい事だったからさ・・・」
「?」

サイスにしては珍しく歯切れが悪い。
ティファが顔を傾けて訝しがっているとサイスは周りを気にしながら言った。

「そ、それよりさ!これからアンタの家に行ってもいいか?」
「私の家に?」
「そうだ。それで頼みがあるんだ・・・」

そこでサイスはチラリと自分の肩に下げていた大きなカバンを見た。
やや膨らみがあり、どこか重そうでもあるそれには色々な物が入っているように見える。
中身は何であれ、何か相談事かもしれない。
そう思ったら放ってはおけず、ティファは快くサイスの申し出を承諾した。

「いいわよ、私の家でよければいらっしゃい」
「・・・!ああ、悪いな」

嬉しそうにパァッと笑ったサイスの笑顔は普段の戦士としての顔とは違った、女の子らしい花のような笑顔だった。








そんな訳で場面は変わってティファの家。
フワフワのラグの上でサイスにコーヒーを出しつつティファは事情を聞いていた。

「それで?頼みってなーに?」
「まぁ、なんだ・・・その・・・わ、笑わないで聞いてくれるか?」
「勿論、約束するわ」

しっかり真面目な顔で、でもちょっとリラックスしてもらう為に小さく微笑む。
サイスは何度か瞳を泳がせて散々迷った挙げ句、意を決したように声を大きくして言い放った。

「あ・・・あ、あ、アタシにお菓子の作り方を教えてくれ!!」

バッと勢い良く頭を下げて頼み込むサイス。
そんなサイスの姿にティファは半ばぽかんと呆気に取られる。
半分予想通りで半分予想外だった。
カバンに何か物を入れている事から料理か裁縫系の事ではないだろうかと検討をつけていたのだが、まさかお菓子だったとは。
となるとカバンの中に入っているのはお菓子作り用の道具や何かだろう。
呆気に取られて沈黙しているティファの様子を否と捉えたのか、サイスはしょげたような、捨てられた子犬のような目でティファを見る。

「・・・やっぱり・・・駄目、か?」
「う、ううん!そんな事ないよ!全然OK!ただ・・・」
「ただ?」
「サイスって確かお料理得意よね?だったら私に習わなくても大丈夫なんじゃない?」
「でも料理とお菓子作りって全然違うだろ?料理は大雑把でもなんとかなるけどお菓子はそうもいかねぇ」
「確かにね。でもだったらドクターに教えてもらったら?お母さんに甘える口実になっていいじゃない」
「いや、マザーは忙しいからさ・・・アタシのお菓子作りの練習なんかに付き合わせたら悪いよ」
「そんな事ないよ。サイスからのお願いだったら絶対に喜んで聞いてくれるよ。だってサイスたちの大好きなお母さんでしょ?」
「ま、まぁ、そうだけどさ・・・でも他のみんなも混ざってきて習うどころじゃなくなるし、
 そうなると最終的にマザーが殆どやっちゃうから結局は分からず仕舞いなんだ」
「色々事情があるのね」
「それに!それにアタシはマザーをあっ!と驚かせたいんだ!美味しいお菓子を作ってさ!だから協力してくれないか!?」

必死に訴えるサイスのその表情は親を驚かせようと一生懸命に頑張ろうとする子供のそれと同じでティファは母性を擽られた。
こんな風にお願いされては断る事なんて絶対に出来ない。
むしろ全力で教えて応援してあげたい。
ティファはサイスの手を強く握るとしっかりと頷いて応えてみせいた。

「勿論協力するわ!頑張ってお菓子作りをマスターしてサイスたちのお母さんを驚かせてあげよう?」
「ティファ・・・!悪い、本当に感謝する!恩に着るよ!!」
「フフ、いいのよ」
「それからこの事はくれぐれも内密に―――」
「え?」
「いやほら、アタシにも体裁があるっていうかさ・・・あんまり知られたくないっていうか・・・」
「別に変な事じゃないじゃない」
「それでもアタシが嫌なんだよ!家で練習しないのもナイン辺りが笑ってきそうで腹立つからだ。
 キッチンを血塗れにして余計な仕事増やしたくねーし」
「何もそこまでしなくても・・・」
「それに普通の料理だったらたとえ失敗してもなんとか誤魔化せるし、最悪ナインに全部押し付けりゃなんとかなるんだよ」
「ナインに押し付けてるの!?」
「アイツ舌も馬鹿だから上手い事言って騙くらかせば何でも食べるんだよ」
「ナイン・・・」
「でもお菓子だと流石にそうもいかないだろ?明らかに失敗したってのが分かっちまう。
 だから何としてでも失敗は包み隠して成功した物だけをマザーやみんなの前に出したいんだ!」
「気持ちは分からないでもないけど・・・でもどうしよう、そうなるとは今日は・・・」

何かを言おうとしたティファの言葉を遮るようにして「ピンポーン♪」という軽快なインターホンが部屋に鳴り響く。
それに返事をするようにして「はーい」と応えるとティファは立ち上がって玄関へ向かった。
残されたサイスは一人玄関の方を向きながらティファを待つ。
すると―――

「おハロ〜」
「いらっしゃい、リノア」

「マジか・・・」

サイスの秘密は早くもティファ以外の人間によって知られる事になってしまうのであった。
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