クリスタル横丁

□楽しい楽しい町探検
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さて、そうこうしている内に太陽は傾き、時刻は夕方となった。
ヴァイスに振り回されたエースとユフィの二人はややぐったりと疲れた様子だが、ヴァイスはとても満足そうである。

「大満足、という訳ではないが今日はここいらで勘弁してやろう」
「もう二度とくんな・・・」
「そう言うな。なにせお前とは長い付き合いになるのだから」
「今すぐここで縁を切りたいんだけど」
「つれないな。だが、そこが面白い」

不敵に笑いながらヴァイスは自然な動きでユフィをぐっとその腕に抱きしめた。
あまりに急で予想外なその動きにユフィ本人もエースも驚きで時間が止まる。
が、最初にユフィの方が動き出してパクパクとさせていた口に音を乗せて抗議の声を上げた。

「な・・・なななな何だよいきなり!!??」
「親愛と再開を願ってのハグだ」
「それっぽい事言って綺麗な感じに見せんな!離せ!!」
「そう堅いことを言うな」

腕の中でもがくユフィを軽々と押さえつけて細い腰を優しく撫でる。
ぞくぞくと体が震えて抵抗する力が弱まるのが腕から伝わってきて楽しい。
このまま“女”を刺激してやって―――

「・・・ワンタッチでヴィンセントとセフィロスオーナー」

ボソッと呟かれたエースの言葉にヴァイスはハッと振り返る。
見れば、エースはスマホを左手に持ち、右手の人差し指を翳していた。

「おい・・・押したのか?」
「押した」
「・・・ただの冗談だろ、ボディタッチだろ」
「いや、セクハラだ」
「少し教育が必要なようだな」

「その前にお前から教育してやろう」

振り返れば邪悪に微笑む銀の悪魔が佇んでいた。
ヴァイスの磨かれた野生の本能が彼に逃走をするように命令を下し、ヴァイスはそれに従って俊足で逃走を図った。
しかし逃げた獲物を放っとくセフィロスオーナーではなく、正宗片手にすぐさまヴァイスを追いかけた。

少しの間ポカンとしていたユフィだったが、やっと状況把握が出来たのか、大きく息を吐いて肩の力を抜いた。

「ふぅ、助かった・・・ありがとー、エース」
「ユフィが無事で良かった。何か体の具合が悪い事はないか?」
「うーうん、へーき」

「ユフィ、エース」

名前を呼ばれて振り返ってみれば、神妙な面持ちでヴィンセントが二人に駆け寄って来ていた。

「あ、ヴィンセントじゃん」
「緊急コールを発信したのはお前たちか?」
「ああ、そうだ。ヴァイスがユフィにセクハラをしていたからな」
「・・・そうか・・・・・・二人共、怪我はないか?」
「大丈夫だ」
「アタシもへーき」
「・・・セクハラをされたと聞いたが本当に大丈夫なのか?」
「へーきへーき!別に大した事じゃないからね!!」

ユフィはヴァイスに抱きつかれた事は語ろうとしなかった。
それは勿論、抱きつかれた事を話してヴィンセントに変な風に思われたくないからだ。
もしもヴァイスとそういう中だなんて思われでもしたら絶望的なんてもんじゃない。
この淡い気持ちは粉々に砕け散って再起不能となるだろう。
それは絶対に避けねばならない事だ。
なのにヴィンセントはどこか心配しているような寂しがっているような、そんな複雑な表情をユフィに向けてくる。
それがユフィにとってもなんだか複雑だった。

「ならばいいが・・・それより、万一の事を考えて二人を家まで送って行こう」
「お、サンキュ〜!」
「僕は遠慮しておく。ちゃんと一人で帰れるさ」
「大丈夫か?」
「ああ。それよりユフィ」
「ん?」

「ヴィンセントと楽しくな」

ニヤニヤと笑いながら耳元で囁かれた言葉にユフィの顔は瞬時に真っ赤に染まった。
最初はパクパクと動いていた口はすぐに音を取り戻し、エースを罵る。

「なななな何言ってんだよエースのバカ!チビ!おたんこなす!!!」
「それじゃあ僕はこれで。ヴィンセント、後は頼んだ」

ユフィの罵詈雑言などまるで耳に入らないと言いたげにエースは涼しい顔をしてその場から立ち去った。

「全く!エースのやつ!!!」
「エースは何と言っていたんだ?」
「な、なんにも言ってない!!ホラ行こっ!」

赤い顔のままズンズンと歩き出そうとするユフィだが、不意にその動きを止められる。
ユフィの動きを止めたのは他でもない、ユフィの手を掴むヴィンセントの大きな手だった。
ヴィンセントの大きな手はユフィの手をしっかりと握り、前を歩いて引いた。
何も言わず、ただ無言で。

「ヴィ、ヴィンセント・・・?」

名前を呼んでみるも返事はない。
ただヴィンセントは黙々と前を歩き続け、ユフィの家を目指す。
元々静かなのが苦手はユフィはこの微妙な沈黙に耐えかね、空気を盛り上げようと一人喋り出す。

「あ、アタシ、今日一日はヴァイスと一緒にいたけど何もされてないからダイジョーブだよ!エースも一緒にいてくれたし」
「・・・」
「すぐにヴィンセントを呼ぼうとしたんだけどヴァイスが妨害してきてさ〜。
 エースも呼ぼうとしてくれてたんだけど何度もヴァイスがやめろって言うからさ〜。
 それに今回はセフィロスオーナーもついでに呼ばれちゃう感じだったから騒ぎを大きくしないようにしてたんだよね」
「・・・」
「だからエースは責めちゃダメだよ?」
「・・・」
「ねぇ」
「・・・」
「ねぇ!聞いてんの!!?」
「・・・」

どんなに話しかけても返事はない。
でも、代わりに手を握る力が強められた。
ぎゅっと握られたのと同時にユフィの胸もドクン、と強く高鳴る。
強く握られただけなのにどうしようもなく鼓動は早鐘を打ち、顔は熱くなっていく。
一人で盛り上がっているだけのような気がするのに、今度はこの空気を壊す気になれなかった。

(何やってんだアタシ!)

らしくないこの空気と自分に内心慌てるが、体は言う事を聞いてくれない。
そうこうしている内にユフィの住んでいるマンションの、ユフィの部屋の前までやってきた。
やっとこの空気から解放されるという安心感と、物凄い残念な気持ちが同時にユフィを襲う。
ユフィは鍵開けてドアノブに手をかけると、ヴィンセントの方を振り返って言った。

「送ってくれてありがと!やっぱヴィンセントは紳士だね〜」
「・・・」
「また今度エスコートさせてあげるよ!」
「・・・」
「じゃ、また明日―――」
「・・・ユフィ」

ドアを開けて中に入ろうとした時、漸くヴィンセントが口を開いてユフィの名前を呼んだ。
反射的に振り返ってみれば真剣な眼差しの紅がユフィを射抜いた。

「ユフィ・・・またヴァイスが来たらすぐに私を呼べ。ヴァイスではなくとも何か困った事があったらいつでも呼べ。
 私は、必ずお前を助けに行く」

真剣な眼差しで、真剣な表情で、真剣な声色で告げられてユフィの心臓は破裂寸前だった。
嬉しさで叫びたくなりそうになる自分を必死に押さえてユフィは言った。

「あ、あ、あああああありがとっ!?ヴィ、ヴィンセントも困ったら遠慮なくあああた、アタシを呼んでいいからね!!?」

変に高くなったり声が裏返っているユフィを気にする事なくヴィンセントは静かに頷く。
けれど我慢の限界が来たようで、「じゃっ!」とだけ言うとユフィはさっさとドアを開けて鍵を締めるとベッドへ一目散に駆け出した。
バフン!!と下の階にも響きそうなくらい思いっきりベッドに飛び込んで枕に突っ伏すとユフィは唸った。

「ぬぁああああぁぁあああ〜!!!」

(ヴィンセント、ヴィンセント助けてくれるって言ったよね!?絶対助けるって言ったよね!!?
 ど、どーいう意味かな!?やっぱそういう意味なのかな!!?
 いやいやいやいや!!単に仲間として言ったかもしれないじゃん!
 呼ばれなくて頼りないと思われてショックを受けたから、ああ言ったのかもしれないじゃん!?
 無言だったのもきっと怒ってて・・・でもじゃあ何で手を強く握ってきたの!?
 いつものヴィンセントなら煩い、とか黙っててくれ、とか言うじゃん!!!本当にもうなんなのさ〜〜!!)

ユフィの頭の中で何人ものユフィたちが意見を出しては熾烈な議論を繰り広げる。
自分に都合の良いように解釈しようとする度に顔はタコのように茹で上がり、頭の中はパンクしそうになる。
どうする、どうすればいい?
これからどんな顔してヴィンセントに会えばいい?
それよりヴィンセントのあの言葉はどう解釈すればいい!?

「き、キンキュウジタイハッセイ・・・」

ユフィはポケットからスマホを取り出すと着信履歴の一番上にあったセルフィをタッチして呼び出した。
数回のコール音の後、明るい声が電話越しに聞こえてきた。

『まみむめも〜!ユフィどしたん?』
「セルフィ〜ヘルプミ〜!」
『え?』












END





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