クリスタル横丁

□ディナー
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「やったねヴィンセント、窓際だよ!」
「ユフィ、少し静かにしろ」

はしゃぐユフィに苦笑してヴィンセントは自分の口元に人差し指を一つ立てる。
その仕草が、その姿がなんだかとてつもなく艶っぽくて、思わずユフィの胸が高鳴る。
この高鳴りはいつも以上だ。
正装をしているからだろうか?

「ご、ごめん・・・!」

ユフィはヴィンセントの艶っぽさに戸惑って頰を赤く染めて俯くが、ヴィンセントには注意された事への恥ずかしさから顔を赤くして俯いたのだと解釈した。
ほんの少しの間だけ沈黙が走るが、それに耐え切れなかったユフィが先に口を開く。
勿論、今度は声量を抑えて。

「流石アレクサンドリアだね、夜景もすっごく綺麗」
「運良く座れて良かったな」
「ホントだよ、ラッキーだったね。帰ったらセルフィとリュックに自慢しなきゃ」

夜景を眺めながら嬉しそうに笑うユフィに内心ホッとする。
スーツを買った時にパーティーに参加出来ないこと、セルフィたちとドレスを買いに行けないことに酷く落胆していたユフィだったが、今ではそんな姿はどこへやら。
本当に誘って良かったと思う。
誘った時には哀れみの心があったのかもしれない、不憫に思う気持ちがあったのかもしれない。
そんな上から目線な気持ちがあったかもしれないが、どうしてもそのままにする事が出来なかった。
だから誘ったのだろうと思う。
それにパーティーにはあまり参加する気はなかったし、丁度良くユフィを誘えて良かったと思う。

「いらっしゃいませ、本日はご利用ありがとうございます。早速でございますがお飲物のご注文を承ります」

若いウェイターがやってきて丁寧に挨拶をすると、高級感溢れるメニュー表を二人の前に開いてみせた。
美しい文字がメニューを飾っているが、そこでユフィはギクリと固まる。
こういった場ではワインやシャンパンなどといったオシャレなお酒を注文するのが適当だろう。
しかしユフィは未成年。
あと一年で成人になるから誤差の範囲と言いたいところだが、勿論それはヴィンセントが許してくれない。
現に確認の為に目を合わせたら首を横に振られてしまった。
ノンアルコールはないのかと目を走らせてみたものの、驚く事にこの店にはそんなものがなかった。
代わりに度数の低いお酒しか用意してないようである。
観念したユフィは小さな声で「リンゴジュース」と呟いた。

「リンゴジュースでございますね」

(復唱すんな!!)

「私も同じ物を頼む」
「は、えっ?」

予想していなかったヴィンセントの発言にウェイターもユフィも思わずヴィンセントを見返した。
てっきりワインを頼むものだと思っていたのに、ユフィと同じリンゴジュースを頼むだなんて誰が予想出来たらだろうか。

「か、かしこまりました。少々お待ちください」

ウェイターはやや戸惑いながらもメニューを閉じると丁寧にお辞儀をして引き下がった。
そうしてまた二人だけになると、ユフィはパクパクさせていた口にようやっと音を乗せてヴィンセントに尋ねた。

「な・・・なんで、ヴィンセントも・・・リンゴジュース?」
「ダメか?」
「ダメって訳じゃないけど・・・アタシに合わせなくていいんだよ?」
「フッ・・・お前に合わせたのではない、私も丁度飲みたかっただけだ」

涼しそうな顔でそう答えるヴィンセントにユフィの胸は今にも爆発しそうだった。
こんな場所でリンゴジュースだなんて恥もいいところなのにヴィンセントは全く恥ずかしく思うどころか当たり前のように注文をした。
口ではああ言っていたものの、ヴィンセントのこの気遣いにときめかずしてどうしろというのか。
そうやって内心ユフィが慌てていると、程なくしてリンゴジュースが運ばれてきた。
ウェイターが空気を読んだのか、リンゴジュースはワイングラスに注がれていた。

「では、乾杯をしよう」
「う、うん・・・!」

「「乾杯」」

カチン、とグラスとグラスが触れ合う繊細な音が二人の空間に響く。
グラスの中身はジュースだけれど、それでもなんだか雰囲気があった。
なるべく上品に見えるように軽くグラスを傾けてジュースを口に含むユフィだったが、視線の先のヴィンセントを見てしまい、釘付けになる。
ヴィンセントのグラスの傾け方、それは非の打ち所のない完璧な傾け方だった。
美しい角度で傾けられ、彼の口元に運ばれていくジュースは電気の光を受けてキラキラと輝く。
飲み方一つでこんなに違うのか・・・。

「どうかしたか?」
「う、ううん、なんでもナイ!」

緊張していると、スープや前菜を始め、見た目も美しく味も抜群な料理が次々と運ばれてきた。
流石アレクサンドリアの料理、どれもこれも美しく美味しい。
けれど、それ以上に美しいものが今ユフィの眼の前にある。
スープを食べる動作、前菜を食べる動作、全てにおいて無駄がなく、お手本のように繰り広げられるヴィンセントの食事。
今だってメインのお肉をナイフとフォークで綺麗に切り分け、口に運ぼうとしている。
一口サイズに切り分けられた肉はキラリとタレを光らせながらヴィンセントの紅い口の中に消えていく。
その光景が綺麗で、美しくて、なんだか妖艶だ。

「食べないのか?」
「っ!?た、食べるよ?」

声を裏返させて、慌てて手を動かす。
ヴィンセントの真似をして肉を切って食べてみるが、ぎこちなさが自分でも判って返って不格好だった。
無様な自分が上品なヴィンセントに対して申し訳が立たないが、ヴィンセントは気にした様子もなく話を挟んでくれる。

「・・・そういえば、そのドレスは新しく買ったものか?」
「そうだよ。セルフィとリュックと一緒に選んできたんだよ。似合うでしょ?」
「よく・・・似合っている」

ユフィを軽く眺めてからヴィンセントはゆっくりと頷く。
言葉は少なくて短いが、ユフィにはそれだけで十分だった。

「エヘッ、でしょでしょ?この日の為に一生懸命選んだんだからと〜ぜんだよね〜!」

太陽のような笑顔を惜しみなく溢すユフィ。
あの日見せた花が萎れたようなユフィはもういない。
何故だか、胸が満たされるのを感じた。

「デザートのケーキプレートでございます」

「わぁ!美味しそう!」

ユフィは嬉しそうに笑顔を綻ばせると早速フォークで四角い小さなケーキを切り分けて一つ一つ頬張っていった。
その度に浮かべる表情のなんと幸せそうな事か。
なんだか見ているだけでこちらも食べた気になってくる。
それに甘い物は食べれない事はないとはいえ、これだけ沢山出ては少しきついものがある。
だからヴィンセントは自身の元に置かれたケーキプレートをユフィに差し出した。

「私の分も食べるといい」
「え?いいの?」
「甘いのはあまり好きではないのでな」
「そういえばそーだったね。んじゃ、いただきまーす」

ユフィは自分のとヴィンセントの分のケーキプレートを交換すると、先程と同じようにケーキを一口サイズに切り分けて食べ始めた。
年頃の少女らしい幸せに満ちた笑顔は今、ヴィンセントだけが見ている。
それになんだか優越感のようなものを覚える。

(この気持は・・・なんだろうな)

芽生えつつある未知の感情、いや経験のある感情にヴィンセントは胸が痛むのではなく踊るのを感じるのであった。
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